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第3話 小さな姉妹


 人の日常は一定の円だったり四角だったり、あるいは三角だったりする。もしかすると、学校と家、職場と家の往復で線のみという人もいるかもしれない。

 僕の日常は、大学と雑貨屋とアパートの三角だった。だったというのは、五月に入って心地よい季節に、近くの公園でスケッチをすることが増えたからだ。


 木漏れ日の下、優しい風に吹かれながら鉛筆を走らせていると自分が陽だまりの猫になったような気がしてくる。何もなくとも、何もないが故に幸福であると。

 風景に合わせて、公園を駆け回る子供たちの姿も書き込んでいく。よく見かける小学生くらいの姉妹が喧嘩をして、下の子を泣かせた上の子は決まり悪そうに、でも謝ってなんかやるものかという顔をしていた。


 二人ともまだ小学校低学年くらいで、そのうち母親か父親か、誰かが連れに来るだろうと思って見ていたけれど、一向に誰も来ない。

 下の子は頑固に泣き続けるし、上の子は口をへの字に結んで小さな手を握りしめて。僕はスケッチブックをめくって、喧嘩するまでは仲良く遊んでいた姿を思い出しながら、ラフな絵を描いて小さな姉妹に声をかけた。


 警戒するような逃げ出そうとするような姉と、少し泣き声を落としてこちらを見る妹と、その姉妹にスケッチブックから破りとった絵を渡すと、二人で肩を寄せて覗き込んでくれた。


「これ、あたしだ!」


「お姉ちゃん、マキは?」


「あんたはこれ」


「わぁ、ジャンプしてるぅ」


 嬉しそうな声が弾んで、まるで今日の天気のように晴れ晴れとしていた。自分のことをマキという下の子の涙は、もう乾いていた。いま泣いたカラスがもう笑う、まさにそんな感じだ。くるくると変わる表情は本当に愛らしい。


「マキちゃん、どうして泣いてたの?」


「んー? なんでだっけ……」


 口に手をあてて考え込むようにしながら、姉の方を見て目で問いかける。しかし、問われた方は、


「知らない!」


と応じて、ぷいと横を向いてしまった。その様子を見て、マキちゃんは楽しそうに笑う。


「へへぇ、忘れたぁ」


「そう。お姉ちゃんと仲良くね。その絵はあげるよ」


「わぁ、やったぁ!」


 小さな両手で絵を持ち上げて嬉しそうな妹の方を見ながら、上の子が口を尖らせた。


「知らない人に物をもらっちゃダメなんだから。ママに叱られても知らないからね」


「そっか。いいお母さんだね」


 僕はマキちゃんから絵を返してもらうと、そこにシュウと書き込んだ。それを上の子に渡しながら、


「僕の名前はシュウ。きみは?」


「……ユナ」


 ふともものあたりでギュッと握りしめた両手に迷いを滲ませながら、上の子が名前を教えてくれた。


「ユナちゃんとマキちゃんだね。これで知らない人じゃないかな」


「……うーん、わかんない」


 首を傾げる仕草が愛らしく、どこかで見たことがあるような気がした。


「ユナちゃん、その絵はあげるからママにも見せてあげてね」


 こくんと頷くと筒状に丸めて手に持ってくれた。大事な賞状か何かのように。それを持たせてくれとマキちゃんがせがみ、結局、握り潰されることになったけれど。


 駆け去っていく小さな姉妹の背中にバイバイと告げながら、


「マキちゃん、お姉ちゃんのこと好き?」


と声をかけてみた。一瞬立ち止まって、マキちゃんは、


「すきー!」


と大声で言って握りしめた絵を振り回した。


「なんでケンカしたの?」


「んー、わかんない! マキ、バカだから」


 くるりと背を向けて姉の後を追って駆け去っていく。僕の頭の中には、マキちゃんの言葉がぐるぐると響いていた。いつかどこかで聞いたようなその言葉が。


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