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姫とキラ星さんシリーズ

梅雨の空に架かった虹の下で

作者: 日下部良介

 梅雨空の下、神田明神へと続く登り坂。傘をさして歩く。隣には君が居る。肩を寄せ合ってゆっくり歩く。

「ここなんだろう?」

 君がふと立ち止まる。

「覗いてみる?」

 そこは日本酒の利き酒が出来るお店だった。

「いいね!」

「うん。いいね!」

 二人で顔を見合わせて頷き合う。

「飲まれますか?」

 お店の人が声を掛ける。

「あとで来ようか?」

「うん! 来たい」

 子供みたいに目を輝かせて君は答えた。

「それでは、明神様にお参りしてからまた来ます」

「はい、お持ちしております」

 そう言ってお店の人は微笑んだ。


 明神様に着くと、ちょうど夏越大祓式が行われていた。茅の輪をくぐって本殿へ。雨だというのに参拝客が長い列を作っている。

「お参りする?」

「どっちでもいいよ」

「じゃあ、やめようか。それより、あそこに行ってみよう」

「うん」

 参拝は見送って、昨年末にオープンしたばかりの文化交流館へ。1階にはみやげ小路といなせ茶屋。みやげ小路には様々なお守りや神具をモチーフにした土産物が売られている。君は気になるものを手に取っては品定めするように眺めている。

「気に入った? 買ってあげようか?」

「あっ、そこまでではないので」

 そう言ってにっこり笑う。

 売り場の奥にあるいなせ茶屋。ソフトクリームの看板が目を引く。

「食べる?」

「大丈夫。おなか減ってない」

 そう言えば、ここへ来る前に昼食を済ませて来た。

 出入口付近にはお守り売り場。色んな種類のお守りがいろんな形で売られている。

「面白いね」

「うん。ほら、こんなのもあるよ」

 小さなランドセルの形をしたお守り。子供の交通安全と学業成就のお守り。

「可愛い…」

「本当だね。欲しいものがあったら買ってあげるよ」

「あなたはそうやって何でも買ってあげる人なのね」

「うーん、そうかな」

「だから前の彼女に貢がされちゃったのよ」

「かもね」

 そんなことを話しながら境内を歩く。雨はいつの間にか止んでいた。

「あら、こんなところにポニーが」

 それはここで飼育されている神馬のあかりちゃん。葦毛のポニー。

「小さいね」

「ポニーだからね。さて、そろそろ行こうか?」

「はい」

 明神様を出て、先ほど見つけたお店へ向かう。


 お店の人に窓際のカウンター席を案内された。気に入ったお酒を選んで持ってくればそれを飲ませてもらえるのだという。

「行こうか?」

「うん。行きましょう」

 説明を受けて早速お酒を選びに行く。

「どれがいいかしら?」

「お店の人に聞いたらいいよ」

「うん。そうする」

 先に選び終えた僕が待っていると、ようやく選び終えた君も席に戻って来た。お店の人がグラスに注いでくれたお酒を僕が飲もうとした時、バッグをごそごそ探り始めた君はカメラを手にしてお店の人に訪ねた。

「写真を撮ってもいいですか?」

「どうぞ」

 君は三本のお酒をきれいに並べて写真に収めた。

「さあ、いただきましょう」

 一つずつ確かめるように口にする。

「あっ、美味しい。あなたも飲んでみて」

 口にしたグラスを君が差し出す。僕も一口飲んでみる。

「あっ! これは悪いヤツだ」

「そうね。悪いヤツね。飲み過ぎちゃう」

 お互いに飲み比べをしながら至福のひと時を過ごす。

「いいお店を見つけたね」

「そうだね」

「また来ましょう」

「また来よう」

 二人はお店の人にお礼を言ってそこを後にした。


 また少し雨が降ってきた。僕が傘をさす。君は僕に身を寄せる。僕の腕に小柄な君の肩が触れる。女性らしい柔らかい肩がかすかに触れる。それがとても心地いい。

「こっちに昔の万世橋駅の高架を利用して作られたエキュートがあるよ。行ってみる?」

「行きたい! 万世橋駅って?」

「昔、そういう駅がここにあったんだよ」

「ふーん…。そうなのね」

 神田川に架かる橋を渡る。

「わあ、きれい」

「うん。きれいだね。テレビのロケでよくこの辺りの景色が出て来るよ」

 マーチエキュート神田万世橋。その中には不思議なお店がいくつも並んでいた。

「ねえ、これキレイ」

 君が興味を示したのは綺麗なガラス瓶。

「なんだろう?」

「ジンだって。試飲できるって」

「無理! そんなの飲めない」

 顔をしかめて首を振る君。

「あなたはどう? ちょっと試してみる?」

「うん。試してみる」

 試飲用のカップに君がジンを注ぐ。僕は香りを確かめてから一気に飲み干した。

「どう?」

「うん、ジンだ」

「どんな味? 辛い?」

「飲んでみれば?」

「じゃあ、少しだけ」

 ほんの数滴入れたカップを君は口にする。その瞬間、目を見開いて首を振る。

「ダメ、ダメ! これはダメよ。あなた、よく平気だったわね」

「ん? まあね」

 それから2階のテラスへ上がった。

「あら、何かお店があるわ」

「あるね。行ってみようか?」

「うん。行ってみる」

 そこは両側を中央線の電車が走る線路の真ん中にあるカフェテラスだった。

「すごいね」

「うん。すごい」

 席に着いてメニューを開く。

「いっぱいあるよ」

「いっぱいあるね。どれにする?」

「あなたは?」

「僕はこれ。日本酒のカクテル」

「じゃあ、私はこっちの」

 お互いに違う種類の日本酒のカクテルをオーダー。例によって二人が頼んだものを互いに飲み比べてみる。

「美味しいね」

「うん。美味しいね」

 そして見つめ合ってにっこり笑う。

「あっ、電車が来た」

「うん。こっちからも来たよ」

 上下の電車が同時に来やって来た。オレンジ色の電車に挟まれてカクテルが煌めく。

「素敵ね」

「うん。君も素敵だよ」

「まあ! あなたったら」

 恥ずかしそうに目をそむける君。そんな君の仕草がたまらなく愛おしい。

 二杯ずつのカクテル、三種のチーズのおつまみ。今日はいいお店を二つ見つけた。

 雨上がりの空に虹が架かっていた。その虹のアーチの下をまた電車が通り抜ける…。




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― 新着の感想 ―
[一言] 二人は恋人同士ではないような..これから距離を縮める二人なのでしょうか。どんなふうに二人が進んでいくのか(離れていくのか)そっと見ていたい気がしました。日本酒を一緒に楽しめるっていいですね。…
[一言] 大人のデートですねー。 自分も酒好きですが、意外とこんなことはしたことないかもしれません。 飲み歩き?ですか。 楽しいかもしれないですね。
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