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2話

 怪しまれてはいないだろうか。

 時刻は既に深夜2時。

 そんな夜中に派手な着物を身にまとう15歳か16歳くらいの美少女を連れた三十路目前の男。

 俺ならまず通報するわ。

 タクシーの運ちゃんにも漏れなくあれこれ聞かれたし。

 しかしまぁ、腹が減っているのなら仕方がない。

 俺もわりかし空腹だ。

 それに生憎金はある。

 

「いらっしゃいま……せ」


 あー。

 怪しまれてますよこれは。

 勢いよく挨拶を開始した店員だが、俺が背負った少女を見るなり語尾から脱力感がハッキリと伝わってきた。


「あの、二人なんですけど空いてます?」

「え、あ、は、はい! よろこんでー!」


 喜ばれてしまった。

 それ言う店じゃなかろうに。

 何はともあれ、席には案内してもらえた。

 俺だったらまず間違いなく人目の付く席に通したいところだが、この店は全席個室故、4人用の個室席に通された。


「ご注文がお決まりになりましたらボタンでお呼びください」

「あ、はい」


 眠ったままの少女を椅子にそっと座らせ、その対面に腰掛ける。

 スヤスヤ眠る姿は人間のようにしか見えない。

 しかし、俺は間違いなく目撃している。

 彼女が天から舞い降りる姿を。


「なんなんだよ、お前」


 普通に意味不明である。

 彼女は女神か天女か、はたまた宇宙人なのか。

 服装や姿を考慮するならば、宇宙人の線より天女や女神の方がしっくりくる。

 まぁ、考えても仕方ないし取り敢えず、なんか注文するか。相当腹ペコのようだから、ある程度肉を焼いてから起こすとしよう。

 メニューを開いて店員を呼び、高そうな肉から適当に注文した。店員は終始落ち着かない様子だったが、まぁ仕方ない。


「それにしても、凄いタイミングで来たもんだよな、お前」


 まるで俺の遊覧飛行を邪魔する為に落下してきたかのようだ。

 本当に。

 まさかまさかの話であるが、天使的なものがまだその時ではないと止めに来たのだろうか?

 だとすれば、小さな親切大きなお世話というやつだ。

 全くもって的外れ。

 いいのに。わざわざ。ご足労おかけいたしましたよ。

 どうなったところで、なにがあったとしても、結局遅かれ早かれそうなるのだから、だったら俺は早めに飛びたい。

 それだけなのに。


「お待たせいたしました。こちら……ご利用ください」


 あからさまに怪訝な態度で肉と紙エプロンを持ってきた店員に軽く会釈し、トングで網の上に肉を並べていく。

 焼肉……うーん。ミステイクだったか。

 正直俺が食いたかったから選んだのだが、色々跳ねるだろうし、臭いも染み付くし……。

 いや、それくらい許してくれよ。タダ飯食わせるってんだから。

  カルビとハラミを適当に焼いて、皿の上に盛り付ける。おっと、タレを忘れるところだった。


「よし」


 こんなものだろう。


「おーい起きろ。飯だぞ」

「うぅ……ペコペコォ……」

「だから起きろって」


 テーブルに身を乗り出し体を揺さぶると、彼女は寝ぼけ眼をうっすら開いた。


「はて……ここは……? あなや! なんぞこれ〜!?」


 寝ぼけ眼を擦ったと思えば、今度は目を見開き、目の前に敷き詰められた肉を凝視する。


「なにって、焼肉だよ。カルビとハラミ」

「やきにく……にく! これが噂に聞きし生類の死肉にありけり!?」

「死肉って言うな」


 間違ってはいないが食欲失せるでしょうが。


「食べても良き!?」

「あぁ、いいぞ」

「わぁ! 死肉ぅ〜!」


 彼女は目の前に置かれた箸を上手に持つと、死肉……もとい焼肉を一つつまみ上げた。

 普段から箸を使っているのか、手慣れた様子だ。


「いただきます!」


 きちんと食前の挨拶をし、肉を頬張った。

 モゴモゴとしばらく咀嚼し、ゴクリとそれを飲み込む。


「う、うまし〜!」


 どうやらお気に召されたようで、次々と皿に盛った肉を平らげていく。

 俺も負けじと食らうとしよう。


「……うん、美味いな」


 焼肉か。

 そういえば久しぶりだ。


「な、なくなりけりぃ……」

「注文するから安心しろよ。いくらでも食っていいぞ」

「まことなりか〜!?」

「ほら、好きなの選べよ」

「やんごとなき〜!」


 それに、誰かと飯を食うなんていつ振りだろう。

 少なくともここ1年くらいの記憶ではずっと一人飯だ。


「ならばぁ〜。これとぉ〜これとぉ〜」

「わかったわかった。でもその前に何個か質問していいか?」

「……おあずけにそうろう?」

「いや、そんなに時間とらせないから」

「うむぅ……良きに計らえ」


 しおらしい態度の割に言葉遣いが偉そうである。

 気になっていたが、こいつの日本語……というか古語? あまりにもガバガバなり。

 まぁいいや。腹ペコみたいだし手短に行こう。


「まず……お前、名前は?」

「パプリナリュマリュリュラニルンパと申す」

「…………」


 なぜ、呪文の詠唱をしているのだこいつは。

 

「……ぱぷりな?」

「リュマリュリュラニルンパ」

「……随分変わった名前だな」

「はて? 十人あらば一人ははべり」


 よくわからんけど、オーソドックスな名前なのだろうか。


「長いからパプリナって呼ぶけどいいか?」

「よろし〜」


 許可は下りた。どちらにしてもヘンテコな名前だが。パプリカみたいだ。


「じゃあ、パプリナ。お前どっから来たんだ?」

「月の都なり」

「月の都? じゃあお前」

「?」


 そんな出で立ちで、がっつり宇宙人ってことなんですね。

 なんの躊躇もなくカミングアウトする辺りがまたすごい。


「いや、でもおかしいぞ。月だろ? 月に人が住めるような街とかないだろ? そんなの見つかってたら今頃大騒ぎだろうし」

「外から見てもおぼめかし。都は月の内にあり」

「それはつまり、月の地底ってことか?」

「然り〜」


 なるほど……と、納得していいのかどうか。

 確かに地底なら俺たちの目に見えるはずもない。

 ともかく、天使でも女神でもなく、完全に宇宙人ということなのだろう。そういうことにしておこう。


「じゃあ、えっと、お前は月の人間なのに、なんで日本が喋れるんだ? 俺の言葉もわかるみたいだし」

「プラリルあらば、いとたやすきことなり」

「プラリル?」

「これなり〜」


 そう言って、パプリナは首飾りをつまみ上げた。


「そんなのが翻訳機の代わりになってるのか?」

「然り〜。よろずのことに使いけり〜」

「ふーん。ちょっと見せて」

「よきよき〜」

「良いんだ……」


 ダメ元で言ってみたのだが、何の迷いもなく彼女はそれを外し、案外簡単に、消しゴムを貸すようなテンションでそれを差し出した。

 うーん、どうにも機械っぽくない。

 綺麗な球体がいくつも連なっていて、数珠かもしくは……黒真珠のネックレスに近いか。


「……ほんとにこれが万の事に使いけりな便利アイテムなのか?」

「パペ――プラピ! パラパラピラリ!」

「え?」


 ――ピシッ。

 と、軽い音が響いた。

 テーブルに視線を落とすと、そこに置かれた空の皿が目に入るのだが、その中央が少し凹んでいる。

 これ、最初からこうだったか?

 それとも、この首飾りの力なのか?

 試してみないとわからんな。


「えい」


 さっき触っていたところをもう一度触ってみる。


「パラピッパー!」

「……うわぁ」


 端的に言えば、レーザーが出た。

 凹みの横にもう一つ凹みが生まれてしまった。


「引くわぁ……」

 

 これには流石にドン引きである。

 なに平然と兵器を所持しているんですかね。

 ちょっとやだ〜。この宇宙人地球侵略する気満々じゃないですか〜。


「プラッピ!」


 返せと言わんばかりに手のひらを突き出されてしまったので、取り敢えず返却する。

 よくよく考えれば侵略兵器と思しきものを持たせてていいのかどうか微妙なところだが、まぁ借りたものだし。


「愚か! いと愚か!」

「あ、すみません」


 普通に怒られてしまった。

 そんなにプリプリしなさんな。


「あーっと。まだ腹減ってるだろ? 待たせて悪かったな。よっしゃ。取り敢えず追加の死肉でも注文するか」

「死肉! やりし〜!」


 うわ喜んでるよ。チョロいな宇宙人。可愛いものだ。

 ともかく店員を呼び、この子が食べたがっていたものと、自分が食いたいものを適当に注文する。


「ありがたや〜」

「どういたしまして。まぁ、俺も腹ペコだからな」

「はて? ペコペコにあり?」

「ん? あぁまぁ。晩飯食ってなかったし」

「はてはて?」


 何故そうも不思議そうな顔をするのか。

 俺が空腹でなにがおかしい。

 

「不死の身にありながら、ペコペコになりけり?」

「不死? 誰が?」

「そなたが」

「俺が?」

「然り〜」


 彼女はコクリと頷いた。

 ちょっと待って。いつから俺にそんな設定が追加されてたの?


「姫に不死の薬を授けられし帝にあらば、その身は不死にあり」

「はい?」


 いやいや、待て待て。

 帝? 姫に不死の薬を授けられし?

 誰だそいつは。


「えっと、人違いですよ?」

「……はて?」

「俺帝じゃないし。普通に人違いですよ?」

「あなや!」

「店内だからあんまり大声出さないの」


 完全に人違いである。

 他人の空似どころの騒ぎではない。てか誰だよ不死身の帝って。


「姫ってのは月の姫なのか?」

「然り……」

「いや、落ち込むなって」


 どうしたものか。

 期待外れも甚だしいだろう。

 こんな凡人と、そんなスーパーマンを取り違えたのだから、それはもう月とスッポンを間違えたようなものだ。


「しからば、困ることになりけり……」

「困ること?」

「然り……」

「なにが困るんだ?」


 ばつが悪そうに地球侵略用首飾りを弄り、次の瞬間、彼女はとんでもないことを口にした。


「我らが姫――この世の名で輝夜姫が、この地上を消し去るなり」


 ……はい?

 流石にそれは……なんだって?


「輝夜姫が地上を消し去る?」

「然り……」

「輝夜姫って、竹から生まれた輝夜姫?」

「然り……」

「なんで?」

「……然り」

「然りじゃわかんないだろ? なんでそんなことになるのか、理由を聞かせて欲しいんだ」


 なんだ輝夜姫って、SFからファンタジーに急ハンドルかよ。

 理解が追いつかないっての。

 しかもそれが地上を消し去るって、そんな続編誰も求めてない。

 

「……姫は病にありけり」

「病気か。なんだよ、死にかけてんのか?」

「…………」


 彼女は黙って首を振る。


「姫は既に不死の身にあり」

「あー話が掴めないんだけど。なんであっても病気だからって地上を破壊する理由には――」

「……心の病なり」


 遮るように呟くように、消えるような言葉に思わず黙り込んだ。


「思い悩んで悔やんで病んで、姫は壊れてしまわれた」


 心の病だなんて、そんな言葉は聞きたくなかった。

 もう二度と、関わりたくなんかなかった。

 もうすっかり、忘れた気になっていた。


「姫は適正量を遥かに超える不死の薬を呷りけり。そなたが帝にあらずんば、この世は儚く散り去り失せる」


 そういえば、店員遅いな。

 そういえば、この子の名前なんだっけ?

 混乱する頭の中で、そんなどうでもいいことだけがつらつらと、思い浮かんで離れなかった。


 だからというわけではないが、俺はつい、口走ってしまった。


「……俺だよ」


 無責任にも、答えてしまったのだった。


「――帝だ」

「お待たせ致し……!?」


 タイミング悪くやってきた店員にヤバめな発言を聞かれてしまい、ついつい絶句されてしまったが仕方がない。

 ここまで来たら、押し通さざるを得ない。


「俺が帝だ」


 あなや!

 そう叫んだのが彼女なのか店員なのか、それはどうにも分からない。

 ただ目の前の女の子が心底嬉しそうに微笑んだから、俺もなんだか嬉しくなった。

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