風待ち月のさざめき
風待ち月のさざめき
本堂の扉をあけて、無人販売の鯉の餌をひと包み購入した。もう六月だというのに山から吹き下ろす風は冷たかったが、そんな冷涼な北海道の気候にもうすっかり慣れていた。今思えば、住宅が密集した大阪の市街地よりも、のびのびと暮らせるここ北海道の暮らしのほうが合っていたのかもしれない。結婚した旦那の転勤でこの地に来てから既に三十年の月日が過ぎていた。
叔子の生まれは大阪市街地の中の、海面よりも土地が低い、いわゆるゼロメートル地帯と呼ばれる場所であったから、大型台風の時などには淀川と神崎川が氾濫してあたりが洪水になったこともあった。浸水したために二階の窓から出入りしたことも子供の頃の現実の思い出でもある。周囲の住宅は密集して建てられていたが、生まれた時から見慣れていたので、どこでもそんなものだと思っていた。
女子高を卒業した後で、地元の大手の電機会社の事務職として入社した。戦後の高度経済成長期の頃であったから会社の業績は右上がりに上昇し、大企業であったので待遇や福利厚生の点では恵まれていたし、社内の慰安旅行や様々なレクリェーションに参加できる楽しみは多かった。しかし絵にかいたような男社会であり、他のことを犠牲にして仕事に打ち込んだところで、若い女性にとっては出世の機会はあまり望めそうにもなかったから、叔子は通常の勤務が終わると駅前にあるデパートなどを見て歩くことを日々の楽しみにしていた。旦那と知り合ったのもこの頃だった。
最近は、子供の頃から若い独身時代をすごした大阪のことを思い返すことも多かった。そのきっかけは、ふと思い立って二人への子供への遺言代わりに自分のエンディングノートを作り始めたことからだった。現在の勤務先の敷地内で見かけた桜の古木の見事な咲き方と散り方を見ているうちに、そろそろ自分の行く末も見極めておいた方が良いような気持ちになった。自分が元気で動けるうちに自分自身の人生の整理をつけておきたかった。
自分の人生をどうやって綺麗に片づけるのかを思う時、今更旦那と同じ墓に入りたいとは思わなかった。特別仲が悪いということではなかったが、死んだ後くらいは一人で自由にできるという選択肢があってもいいような気はする。世間の仲の良い夫婦からみれば、かわいそうな人と思われるのかもしれなかったが、所詮は自分の人生なのだから、自分のやりたいようにしたかった。これから作るであろうエンディングノートには、自分の遺骨は墓には入れずに、生まれ故郷の大阪に近い南紀の綺麗な海に散骨して欲しいと書き込もうと思っていた。さすがに工業地帯に近い大阪湾の海は遠慮したかったのだ。
叔子が本堂横にあるそれ程大きくはない池の飛び石の上に姿を見せると、一斉に大きな鯉の群れが集まって来た。何匹かは紅と白のものもいたが、ほとんどは黒っぽい色をしていたから、鯉が住むには程よく濁っている暗い水中では保護色になって、どれほどの数の鯉がいるのかは分からなかった。大きな口をいっぱいに開いていて叔子に餌を求める姿には何の警戒心も感じられなかった。このお寺の住職の人柄がそうさせたのか、あるいは自分と同じように鯉の餌をまきに来る人がいるからなのだろうと叔子は思った。
そればかりか、警戒心が強くて人になつきそうもないと思っていた亀までもが何匹も一斉に水面上に顔を出している。祭りの縁日で小さいのを売っているミドリガメだが、ここにいるミドリガメは縁日のものの五倍くらいの大きさがあった。大きくなりすぎて飼えなくなったものを誰かがここに放したのかもしれなかった。
亀達にとっては、この場所が生誕地ではないことと、自分の意思でこの場所へ来たのではないことは間違いなさそうだった。よく肥えた大きな鯉と巨大亀が餌を求めて密集している様子は、水墨画の題材になりそうであり、大阪中心部の人込みを思い起こさせた。
誰もいない池の前で力強い生命の活動に見入っていると、水面には鯉と亀が起こすのとは異なる丸い波紋が目立ちだした。いつしか雨が落ちだしたのだ。
叔子は本堂の中へと移動した。自分の車に戻っても良かったのだが、誰も人のいない静かな寺の建物の中で、もう少しご本尊様と向き合っていたいような気分だった。関西にある長い年月を経て来た由緒あるお寺のような重厚さはなかったが、叔子の意識の中では、この場所も神聖な場所であることにかわりはなかった。
二人の子供は随分前に独立して家を離れていたし、長年連れ添った旦那は定年を迎えていつも家にいるようになっていた。現役で会社勤務をしていた頃には毎日仕事に行っていて家にはいなかったし、単身赴任の時期も何度かあったりして、その分適度にお互いの距離感が保てたような気もする。最近では家で一緒にいる時にも会話らしい会話もなかった。
辺りには、自分以外には生物の気配はなかったから、物音ひとつしない静けさがあった。叔子にとっては誰にも邪魔されないそんな静けさが、とても贅沢な時間にも感じられた。窓から見える池の水面が静かになっていた。通り雨だったらしかった。叔子の姿が見えなくなったので鯉も亀も普段の何事もないかのような日常に戻ったらしかった。
叔子は再び外に出た。本堂の裏側の広場には列を作って、御影石に彫られた高さ1メートルに満たないくらいの地蔵が並んでいる。よくある五百羅漢像と同じように、そこに並ぶ地蔵もそれぞれ個性があって同じものはなかった。決まった金額の寄付をすることによって、そこに自分だけの地蔵を建てることができるのだった。
叔子は自分が信心深い人間だとは思ってはいなかったが、自分の人生を振り返るようになってからは、自分が生きた証のような物を何らかの形で残しておきたいものだと思い始めていた。そんな矢先に、新聞の広告でこの地蔵のことを知った。そして地蔵の足元の台座には自分の下の名前を彫り込んでもらった。旦那の苗字を今更入れはるつもりはなかったし、さりとてあえて旧姓を入れることはためらわれた。地蔵は三十体ほどが整然と並んでいた。自分と同じような思いを持った人がこの小さな地方都市の中にもこれだけいるということは、ある意味新鮮な発見のような気もした。
「いらっしゃいませ」
行きつけの市民交流センターの少し反応の遅くなった古い自動ドアを入ると、ボランティアスッタフさんが笑顔で迎えてくれる。仕事に就いている都合で、ここへは毎日来るわけではなかったが、市民が自由に出入りしておしゃべりなどができる場所であったから、叔子は休日にはよく訪れた。
エンディングノート作りを依頼している優美は既に来ていた。会うのは今回で二度目だった。年齢は三十五歳だと言っていたから、六十を過ぎた叔子よりも二回りほど若かった。一方的に話を進めていくこともなく、叔子の話に耳を傾けてくれる様子が見られたので、またこの場所で会って二人で構想を練る約束をしてあった。
「まだお元気なのに、ご自分のエンディングノートを作ろうと考えるなんてすごいですよね」
優美は心からそう思っている様子だった。叔子にとっては、自分で思い立ったことなのだから、何もすごいことだとは思っていなかった。自分だっていつ何があるかわからないのだから、その時に備えてあらかじめ準備だけはしておきたいという思いからだったのだ。
「そう言えば、お葬式はしないんでしたよね」
「ええ、北海道には親戚もいないし、子供達は本州で暮らしている。今更葬式をしたところで誰が来るかもわからないしね」
「旦那さんのお墓には入らないんですか?」
「もういいわ、随分と長い間一緒に暮らしてきたのだから、そろそろ一人で自由にしたいのよ」
叔子が笑ってそう答えると優美は不思議そうな顔を見せた。独身の優美には結婚三十年に到った夫婦間の心の葛藤は理解できないのだろうと叔子は想像した。
「ご希望は散骨でしたね」
「そう、火葬したあとの灰は和歌山の海に流して欲しいの。南の方のね」
「分かりました。そのように記述しておきますね」
そのあたりの内容については、優美としても依頼主である叔子の言葉をそのまま受け止めてまとめていくつもりであった。今はこうして元気な姿を見せているが、この記述が実際に誰かの目に触れる時には、叔子の身体はもうこの世には存在せずに、どこかの海に溶け込んでいることなのだろう。そう思う時には、叔子の言葉に何らかの修正や加筆をする必要などないのだ。叔子の最後の言葉としてそのままを記録することが自分の仕事なのだと、優美は常にそう自戒していた。
「他に特別記載しておきたい内容はありますか?」
「そうね、今は思いつかないわ」
打ち合わせが終わって優美が帰っていくと叔子は気が抜けたような気分になった。優美と向き合って質問をされるとついつい真剣に考えて集中してしまうのだ。自分がこの世からいなくなった後に子供達に見てもらうことになるのだと思うと、やはり適当にというわけにはいかなかった。夫には何かを残さなくてもいいのか、という自問はいつもされていたが、その点については迷いはなかった。
時間と共に人の心が変わるものなのだとしたら、自分はまさにその典型なのだろうと叔子は思った。結婚を決めたのは確かに自分の気持ちからではあったが、それは三十年前の自分なのだ。まだ世間のことも知らず、男性というものの内面もよく理解しないまま結婚生活が始まったのかもしれなかった。ただ、周囲の同じ年代の女性達も表面的には自分と同じような暮らし向きに見えていたから、自分自身の選択が間違っていたと思うわけでもなく、毎日繰り返される日常もまた当たり前のこととしてここまで過ごしてきた。
では、いつから自分の気持ちが変わったのだろうか。多分二人の子供達が就職して家を離れた頃からなのだろう。そして、そんな話もまた叔子の周囲ではありがちな出来事にすぎなかったから、結局自分は、周囲の多くの女性達とほとんど変わらない平凡と言われるような年月をこの三十年間送ってきたことに最近気が付いて、軽い後悔にも似た気持ちに陥ったこともあった。自分の人生とは何だったのだろうかという重い自問とともに。
辺りのにぎやかな話し声で叔子は我に返った。常連の中高年の女性達が集まり出したのだ。その喧騒の中に自分を溶け込ませるために、叔子はそこまでの思考を打ち切って周囲の会話に流されようと務めた。
自宅に戻った叔子は、優美から依頼された作業を始めた。家にある昔の写真を整理して欲しいというものだった。改めてそう言われても果たして昔のアルバムが存在しているのか、あったとしてもどこにあるのかさえ記憶があいまいだった。この度自分のエンディングノートを作ろうと思うまでは、昔の写真のことを思い出すことも、また思い出す必要もない日常だったのだから。
叔子が感じている優美の印象としては、良く動く綺麗な瞳を持った穏やかな女性と思うのだが、向き合って話している時には、どことなく生気というものが薄いような気がしていた。三十代の若さがありながら、人生の辛苦を一身に背負ってきたかのような重苦しさがあった。どこか無理をして自分を取り繕っているというほころびも、長い人生経験を経て来た叔子の目には見えていた。しかしそんな気配は感じていたとしても、その理由を優美に尋ねてみようというような興味本位な思いは全くなかった。何故なら、優美の心の内の重苦しさの理由を知ったところで、自分に何かできるわけではないということは、叔子自身がよく分かっているのだから。
優美に渡すための原稿書きにも時間を要した。結婚してからでさえ既に三十年という年月が過ぎていた。優美からはそれよりもずっと昔の父母や祖父母のことやら、叔子自身の子供の頃の思い出を書いて欲しいと言われていたが、どこかの引き出しから引っ張り出すかのようにそんなに簡単に思い出せるはずもなかった。
家事を終えた夜の時間には、ようやく見つけ出した古い写真を順番に眺めた。それぞれの写真からその写真にまつわる記憶が思い出されると、他の写真との関連性も少しづつ思い浮かんできた。それは、叔子自身が今まで生きて来た過程のフラッシュバックを見ていると言っても良い時間に思われた。自分では随分と長い時間を生きて来たように思っていたが、思い出をたどりながら振り返っていくときには、自分が感じているよりもずっと早く時間が過ぎ去ったような気もしてきた。そして今は最後の時のためのエンディングノート作りを始めているのだから、どこか高いところから自分の人生全体を眺めているかのような気分になった
「私の人生ってこれだけだったの」
不意にそんな虚しさを伴った思いが叔子の心を覆った。
また、交流センターで優美と会う約束の日が来た。前回会った時からの二週間の間に、自分なりに原稿らしきものもまとめてみたし、子供の頃の古い写真をアルバムからはがしたりという準備をしてきた。白黒写真の中の子供の自分を破らないように注意深くはがすのだが、もしこの一枚しかない写真を棄損した時には、子供の自分は永久にこの地上からその姿を消すことになってしまうという気分を感じながらの作業となった。
市民交流センターに着くと優美はいつものように先にそこに来ていた。そんな真面目さが優美に依頼しようと思ったきっかけだった。もしも相手が優美ではなかったなら、今回の作業もまたなかったことだろうと叔子は思うのだ。自分の生きてきた人生の中身については、簡単に誰にでも披歴できるものではないのだから。
「何だか妙な気分になってね、本当に自分の人生がこれで終わるようなそんなちょっと暗い気分にね」
「叔子さんの人生は、まだまだこれからじゃないですか。エンディングノートは入院とかした時の準備のためですから」
久しぶりで会った優美はそんなありきたりな慰め事を言った。目の前の歳若い優美に還暦を過ぎた今の自分の心境を理解して欲しいとも思っていなかったから、そんな優美の様子もまた気にはならなかった。
「叔子さんは大阪の生まれなんですね。関西弁じゃないからわかりませんでした」
北海道の玄関口千歳空港の近くにあるE市で生まれた優美にとっての大阪は、その感性の面では北海道とはまるで異質で特異な地域という思いもあって、興味を惹かれる土地柄であった。
「夫の転勤で北海道中のあちこち行っているうちに関西なまりは抜けてしまったわ。その土地で生きていこうと思ったら、その土地に溶け込まなければならなかったから」
「そんなものなんですね」
優美は叔子の処世術に感心している風だった。若い子からそういう目で見られることも悪い気はしないと叔子は感じた。
「改めて原稿を拝見していて思ったんですけれど、叔子さんは、世間一般からみても結構幸せな人生を歩いてこられたように思ったのですけれど」
「どういうところが?」
嬉しそうに話す優美の真意が測りかねた。
「お嬢様のような学校を卒業して、福利厚生の充実している大きな会社に就職して、旦那さんに望まれて結婚をして、転勤であちこちに住むことができて、お子さんも無事に社会人になられて、その後はご自分の趣味も持つこともできて、何だか羨ましいような生き方です」
優美がそのように思ってくれているのなら、悪い気もしなかったが、今振り返ってみる時には、人生の途中途中では別の選択肢があったはずなのに自分はこの生き方を選択してきたが、本当にこれで良かったのだろうかと思うことがあるのだ。
優美に向かってそんなことを言ったところで何かが変わるわけではなかった。決して自分で思い描いたような人生ではなかったにしろ、大きな病気や取り返しのつかない不幸に見舞われたわけでもなく、その意味では優美が言っていることもはずれてはいないような気もしてきていた。そして、そんな取り立てて目立つこともなかったような自分の人生を評して、良い人生だと思う優美の人生とは、どのようなものなのかという思いにも至った。
「まあね、いい人生だったのかもしれないわね」
叔子は作り笑顔で無難な答えを返した。優美に対して、これ以上結婚生活について幻滅させることはお互いにとって不幸なことのように思えたのだ。
叔子が持ってきていた中には叔子が子供の頃の写真が何枚か交じっていた。当たり前のことなのだが、今は六十代になっている叔子にもこんな若い時代や小さな子供の頃があったことを実感として感じることは、優美にとっては新鮮な感じがした。写真の中の夢見るような少女がいつしか成人して会社勤めを始め、やがて結婚。自分の意思によらずに人生の流れの中でこの北海道のE市に住むようになり、六十代になって過ぎし自分の人生を振り返っている姿は、まさに人生の縮図であり、人生の教科書のようにも思えた。
「印画紙の写真だったら、年月とともにいつしか朽ちてゆくのでしょうけれど、この度、優美さんにデジタル化してもらったなら、子供の頃の私も、高校生の私もこの先ずっと記録として残っていくのかしらね」
「そういうことになりますね。本当に便利な時代になったと思います。綺麗なままの叔子さんがずっと残ると思います」
優美の勝手な想像として、もしも叔子が今の旦那さんと結婚することなく別の人生を選んでいたらどうなっていたのかという思いも浮かんだが、他人事として冷静に客観的に考える時には、現実として、多分そういうことにはならなかったのだろうとも思うのだ。きっと多くの場合、運命という言葉でかたずけられる必然の流れの中で今の状況になっているように思えるのだから。
「やっぱり面影がありますね」
叔子が差し出した子供の頃の写真を見た優美は嬉しそうに笑った。
「そりゃそうよ、本人なんですもの」
叔子にとってみれば、子供の頃の自分だって、あれから数十年を経た今の自分だって、どちらも自分自身であることには何ら変わりはないのだ。自分としての意識は途切れることなく続いているのだから。
「これが人生なのですね」
叔子の子供の頃の写真から最近写した写真までの二十枚ほどをテーブルの上に順番に並べて、優美はしみじみとそう言った。
「気が付いたら、いつしか長い時間を生きてきてしまった、ただそれだけのことよ。私の人生なんて何にもなかったもの」
叔子は自嘲気味にそう言った。頭の中では生真面目で面白味の無い旦那の顔を思い浮かべていた。もしも他の男と一緒になっていたなら、もっと刺激的で変化にとんだ人生をおくれたのかもしれないと思ったことも何度かあった。今となっては、どういういきさつで今の旦那と結婚するに至ったのかということさえ、遠い記憶のかなたなのである。それは、軽い後悔の念なのかもしれなかった。
「でも、旦那さんは一流企業にお勤めだったのでしょう、何だか羨ましい結婚です。私にとっては」
優美がそう言うように、旦那は名の通った大企業一筋に勤めてきたからこそ、叔子も子供達もとりあえず、日々の暮らしに困ることはないままここまでこれたものだった。
「確かに他人から見たら恵まれていたところもあったのかもしれないわね」
叔子もまたそう認めざるをないような気持ちに変わってきていた。そして、自分が長年連れ添った旦那の何に対して不満を感じているのかということにも思いが至った。
「優美さんには好きな人はいないの?」
突然の問いかけに対して、優美は即答できなかった。何をもって好きというのかという概念が定まらなかったのだ。
「友人ならいますけれど、今、結婚を考えるような相手はいません」
少しの間を置いてから優美は答えた。
「そうなのね、やっぱり。好きな人と結婚するのが自然なのね」
「私はずっとそう思っています」
そう答えながらも、優美には問いかけて来た叔子の本心をはかりかねた。
「叔子さんも旦那さんのことが好きで結婚したんですよね」
そう問いかけても良いものかというためらいが、少しばかり優美の声を小さくさせた。
「私達の場合は、本当に好き同士ではなかったのかもしれないわ」
「それでも結婚できたんですね」
その後に、「明治時代でもないのに」
と続けたかったくらいだったが、優美はそれは言わなかった。
叔子さん達は最初の段階でボタンを掛け違えたんだ。そしてそのまま日を過ごして来てしまった。優美は素直にそう感じた。
ふと二人の間の会話は途切れていた。叔子の表情はいたって冷静で落ち着いて見えた。自分のおくって来た人生に対する充実感と自信が表れているように優美には見えた。ボタンを掛け違えただけの不幸な人生を送って来た女性には見えなかった。すぐにその理由を優美は考え始めていた。
結婚して子供を育てる日々は、おそらくは自分自身のことを顧みる余裕もないような忙しさだったのであろうことだけは想像がついたが、その間の三十年という年月を共に生きて来たはずの旦那さんとの間に、どのような心の葛藤があったのかということについては、全く知る由はなかった。ひとつだけ確かなことは、目の前にいる叔子は、この三十年の月日の間に、まだ自分には備わってはいない人生経験という心の深みを、時間をかけて育てて来たのだろうということだった。
そんな時間の積み重ねによって、叔子という一人の女性の魅力が磨かれてきたのだとしたら、それ程に幸せだったと感じられないかもしれない結婚生活という年月も、叔子という人を語る上では不可欠なものなのかもしれないと優美は思った。
ほとんどが叔子自身や親せきと思われる人達を写した写真の中に、一枚だけ真っ白い石膏のような石作りに見える仏像の写真があった。叔子の人生とは何ら関係のなさそうな仏像のように見えたから、叔子が間違えて入れたのだろうと優美は思った。
「一枚間違って入ってますね」
優美は白い仏像が映った写真だけを叔子に返そうとした。
「これも間違いではないのよ」
叔子は笑って答えた後、更に続けた。
「まだ文章にはしていなかったけれど、この仏像の裏側に、私だけのお地蔵さんがあるのよ」
叔子は真顔でそう言ったが、優美には冗談を言っているようにさえ思えた。
「そうね、そのお地蔵さんの写真もあったほうが良かったわよね。これから案内しようかしらね」
本州のような本格的な梅雨空模様ではなくとも、北海道の空も不安定な雲行きだった。天気予報もその日の天気の悪さを朝から伝えている。交通量の多い幹線道路から農道のような通行車両の少ない道に入って山林の中をしばらく行くと、緑色に視界が開けた平坦地に出た。広いパークゴルフ場だった。雑木林を抜けると小高い丘が見えて来た。そんなのどかな風景に心を奪われている優美の視野を小さな看板がよぎった。叔子はそこで車を止めた。
目の前の丘のような高台のふもとには、普通の北海道らしいトタン屋根の建物が二棟建っているだけだった。道路端に舗装されていない駐車場があり、細い水路にかけられた小さな石の橋を渡ると中心的な建物の前に到達した。水路と石橋は、俗世間と神聖な場所を隔てる結界の役割を持っているのだろう。先ほどから雨の降り方が強くなってきていた。車を降りて傘を開くまでの間にも背中が濡れるくらいだ。雨音にかき消されてか他の音は耳に届かなかった。もしかしたらここでは雨以外の物音はしていないのかもしれないと優美は感じた。
「何だか寒いくらいね。さすがは北海道よね」
「やっぱり大阪とは気候が違いますか?」
建物へ向かう途中の雨音はなお激しくなり、互いの声は自然と大きくなった。
「私が子供の頃、六月のことを風待ち月と言うのを聞いたことがあるのよ」
「風待ちですか」
優美にはその意味が分からなかったし、風待ちといえば港を思うばかりで、風待ち月という言葉自体初めて聞くものだった。
「そうよ、旧暦の六月といえば、夏の暑い頃をさすから、風が吹くのが待ち遠しいという意味なのよ。でも北海道はまだ涼しい風が吹くから、逆に早く暑くなって欲しいというところかしら」
叔子の言葉通り、六月にしては冷たい風が吹き抜けていき、季節が随分と逆戻りしたような気配だった。六月といえば幸せなジューンブライドしか思い浮かばなかった優美にとっては、新しい感性として心に染みた。
建物の入り口にかけられた看板からその建物が寺の本堂であることがかろうじて知れたが、周囲には寺らしい瓦葺の重厚な門や塀など何もなかった。本堂の扉は戸締りはされていなかった。思ったよりも奥行きの広い本堂の中には、人の姿も気配も全くなかった。玄関スペースにはお参り用の鈴がつるされており、さい銭箱も供えられていて、そこは寺らしい様相だった。おみくじや沢山の種類のお守りやお札が整然と並べられていたが、やはり寺の誰かが姿を現わす気配さえも感じられなかった。ここでは全てが無人で完結されるのだ。叔子は慣れた様子で代金をそこにある器に入れると、乾燥した緑色の固形物が取り分けられて並べられている紙コップを二つ手に取ると、一つを優美に渡した。
叔子について向かった本堂の横にある小さな池の水面には、風と強い雨が大きな波紋を次々と作っていた。濡れた飛び石に乗って水面に近づいてのぞき込むと雨粒の波紋以外にも、何かが動くことによって起きる波立ちが沢山確認できた。波立つ水面下を赤と白に彩られた大きな鯉が移動していく。
「自分と叔子の他にも生きているものがここにもいた」
瞬間的に優美はそう思った。優美が飛び石の上にいるのに気づいた鯉達が集まり出した。足元の水面には大きなうねりが起き始めていた。やがて無数の口が閉じたり開いたりを繰り返している。さしていた傘を肩にかけて左手に持った紙コップから右手のひらに餌を数粒移すと、近くの水面に投げ入れてみた。波立っていた水面は大きなうねりに変わり一気に嵐の海の様相を見せ始めた。そこら中に力強い生命力がみなぎっていた。そして対照的に、そんな生命力は今の自分にはないのだと優美は思い知らされるような気がした。
「すごいでしょう。最近は、ここへ来ると何だか生きていく元気がもらえそうな気がするのよ」
振り返った叔子は笑顔を見せた。
優美は緑色をした乾燥したパンのような小さなかたまりを更に数個池の中央へと投げ入れてみた。途端にそのあたりに大きなうねりが起き出して池全体に津波のように波紋を広げるとともに、水しぶきが上がって足元で跳ねた。
改めて辺りの様子を見回すと、自分の後ろ側には、雨のしずく以外には波立たせるものがない穏やかな水面の一帯があった。そこには、優美の両の手のひらを合わせたくらいの大きさの亀が、目と鼻先だけを水面から出して、立ち泳ぎをしているような姿で漂っていた。首に赤い縦線が入ったミドリガメらしかったが、縁日で売っているものとは大きさがまるで違っていた。数匹の大きな亀達が何だか自分の方を見ているような気がして、優美は手に持っていた鯉の餌を、浮かんでいる亀の鼻先へと投げ入れてみた。それが食べ物であることに気付いたらしい一匹の亀が、鯉とは違う小さな口を開けて緑の餌の一つを吸い込んだ。
「あなた達も食べるのね」
優美は、これでこの亀達も生き延びていけるのだろうと思うと何だか嬉しくなった。亀達にやるつもりでさらに数粒を投げ入れたところ、急に大きなうねりが起き始めた。自分が今渡って来た小さな石橋の下は水路になっていて、大小両方の池は繋がっているらしく、つい今しがた反対側の水面で餌に群がっていた大小の鯉達がこちら側に移動してきた様子だった。水面に口を出しては潜る動作を繰り返す無数の鯉に押さえつけられて亀の姿は水面から消えた。
数秒後にはまた亀が水面に小さな顔を見せた。優美にとっては水中に姿を消した亀達の安否が心配な情景であったが、当の亀達にとっては、日常の慣れた出来事なのかもしれなかった。更に言えば、人の手でこの池に連れて来られて、この先もずっとこの場所で生きていかなければならない以上、自分達よりもずっと数が多い鯉達との折り合いをうまくつけていかなければならないのだろうと優美は悟った。
そして、そんな思い通りにはいかない境遇を耐え忍んでいる様子の亀達の姿は、これまでの自分の人生と重なって見えた。自分の上に覆いかぶさって来る世の中の様々なうねりと重みに耐えかねて、どこか静かな場所へ避難したつもりが、どこへ行ってもいつの間にかまた大きなうねりの中にのみ込まれてもがくばかりで、どうすることもできなかった自分の姿と。
叔子の写真に写っていた白い仏像は優美の想像以上に大きくて、見上げるほどのものだった。そして叔子の話していた通り、その仏像の裏側の広場には、高さ五十センチほどの花こう岩で彫られたお地蔵さんが整然と並んでいた。
お地蔵さんが並んでいる場所は幹線道路からは見えない場所であり、更にはお地蔵さん達の列は道路に背を向ける格好で建っていたから、その存在はほとんど知られることはない構図だった。俗世間に愛想を尽かせたお地蔵さん達の姿のように優美の目には写った。確かに叔子が言うように、自分の墓の代わりとするのならば、ひっそりと静かに休める良い場所に違いなかった。
叔子の名前を台座に刻んだお地蔵さんは列の中央付近にあった。台座には確かに「としこちゃん地蔵」と刻まれていた。
「でも、どうしてここへお地蔵さんを建てようと思ったのですか」
そんな優美の問いかけに、叔子は少し間を置いてから答えた。
「結婚して大阪から出てきて、そのあとは旦那の転勤について北海道のあちこちで暮らしてきて、今はE市を定住の地と思っているわ。子供達は独立してそれぞれに本州の他の場所で暮らしているから、私に何かあったら、もう私が北海道で暮らしたという痕跡が何もなくなってしまうような気がするから、せめて一つだけでも私がここで生きていた証を残しておきたかったのよ」
優美は、いつか叔子が旦那とは同じ墓に入るつもりはなく、散骨するのだと言っていたことを思い出した。
「お墓には入らないのですものね」
「そう、ここが私のお墓の代わりなのよ」
そう言う叔子の表情には、寂しさも悲しさも表れてはいないと優美は思った。お地蔵さん達の至って穏やかな表情と似ていた。
数日後、優美は一人でまた、池のあるあの寺へ向かった。叔子のエンディングノートを完成させるにあたって、もう一度自分の目で叔子の想いの詰まった「としこちゃん地蔵」に会いたくなったからだ。そして、自分自身の気持ちの整理のためには、あの池の亀達にも会いたかった。
前回、叔子に案内されて来た時とはうって変わって、青空が広がる良い天気だった。途中のパークゴルフ場には大勢の高齢者の姿があり、楽しそうな声が聞こえている。雨の時にはうら寂しいような感じがしていた周囲の様子も一変して見えた。木々の緑も陽の光を浴びて輝いて見えた。寺の前のさほど広くはない土の駐車場に他の車が一台も止まっていないことと、寺の境内に人気がない様子は前回来た時と同じだった。
優美は本堂の扉を開いたが中は静まり返っていた。さい銭箱へお札を一枚入れると奥のご本尊に向かって手を合わせた。目を閉じていると妙に気分が落ち着いてきて、時間を忘れてそのままその場にたたずんでいたいような心地良さを感じた。
しばらくして、優美は無人販売の鯉の餌を購入して本堂の横の池へと向かった。池のほとりに近づいていくにつれて、それまで静かだった水面が波立ち始めている。大きな飛び石の上に立つとほとんど黒と灰色の鯉の群れが一斉に足元めがけて集まり出している。水面の波立ちは大きなうねりに変わった。ひしめき合う鯉の姿は、力強い生命力を全身で表現している。入れ代わりで優美の足元に身を寄せては大きな口をいっぱいに開いて餌を要求している。こんな自分でも慕われているような気がして悪い気はしなかった。とりあえず一掴みの餌を足元にまくと、たちまちしぶきが跳ね上がって靴を濡らした。
優美は亀達の姿を探した。足元の水路の反対側には、予想通りに鯉がいなくて静かな水面から鼻先だけを出して浮かんでいる亀の姿が何匹も見えた。優美は鯉が沢山いる大きい方の池にもう一度餌をまいた後で、亀達しかいない静かな小さな池のほうにも、亀の鼻先へと餌を投げ入れた。泳ぎながら近づくと一個ずつゆっくりとではあったが、亀達は水面に浮いている四角い固形物を食べ始めた。この池の中にあっては、数の上では鯉達から随分と劣っている少数派である亀達が、こうして無事に生き残ってくれていたことが優美に嬉しかった。
もう一度大きな池のほうに目を移すと、池の中に点在する大き目の石の上に登って甲羅干しをしている亀の姿が何匹も目に入った。その姿は実に悠々として見えた。そうなのだ、亀達は自分だけの時間を見つけるすべも知っていたのだ。そこには絶対に鯉が上ってくることはなかった。天気の良い日には暖かい岩の上をいつまでも居場所にすることができることだろう。飽きたらまた水にもどって、時々姿を見せる人間がまいてくれる餌を口にすれば、それはそれで楽しい毎日と言えないこともないような気がした。
前回来た時に雨の中で見かけた、嵐のように波立つ水面で鯉達に押さえつけられた悲しげな様子とは違って、したたかに生き抜いている亀達の一面を見ることができて優美は安堵した。
厳しい環境をも自分の生きる場所として受け止めて、淡々と時間を過ごしているようにも見える亀達の姿を見る時には、何だか理由の分からない勇気が心の中から湧いてくるような思いがあった。
「誰にも邪魔されない静かな居場所があって良かったね」
優美は亀達に向かって話しかけてみたが、聞こえていないのか亀達はじっとしたまま身動きしなかった。
優美自身は物心ついた時から児童養護施設の中にいた。両親の顔さえも覚えてはいなかった。自分の名前を付けてくれたのが誰なのかも未だに分からないままだった。学校へ通っている間中、親のいない子供ということで周囲からは特殊な目で見られていたことは事実であり、優美にとっては中学も高校も楽しい思い出など何もなく、どちらかと言えば苦痛な時間であった。
友達を自分の家に招くこともできず、友達の家に誘われると、親のことを尋ねられることも多くて、その度に気づまりだった。学校が終わる時間になっても、施設の中ではまた複雑な人間関係が待っていたから、どこにも自分の居場所はないような気分で過ごしていた。
高校卒業までは施設にいることができたが、卒業後は施設にいることはできない決まりになっていたから、そのあとはどうにか就職先も見つけて、一人でアパート暮らしをしながらなんとかここまで生き抜いて来れたように思う。
そんな時でも、世に言う玉の輿まではいかなくとも、収入のいいパートナーと結婚できたならば、これから先の暮らしもきっと少しは幸せを感じられるのではないかと考えたことも何度となくあった。そんな思いから、高額な費用を払って結婚紹介サービスに会員登録もした。しかし、現実には何事もないまま三十代の半ばを過ぎようとしているのだ。
優美は自分が養護施設で育ったことを隠すつもりはなかった。なぜなら、それが優美自身の経歴であるのだから、そこを自分で否定することは自分の人格まで否定することになりそうな気がするからだった。
しかし、優美が考えていた以上に優美のその経歴は、結婚相手を探す上では大きな障がいとなるのだということを思い知ることとなった。
最近ではこのまま一生結婚などできないのではないかと思うことも多くなってきた。自分の力ではどうすることもできないことが原因で、自分の望むような生き方さえもできないのかと思うと、やりきれない気持ちになることもあった。
しかし、今回、叔子の生きて来た軌跡を知ることができたことによって、結婚だけが人生の最良の選択肢ではないことも、人生という長い年月の間には人の心も変わるものなどいうことも理解できたような気がしている。叔子の人生を自分と重ね合わせてみることで、何だか二人分の人生を経験できたような思いもあるのだ。叔子と出会ったおかげで自分の視野が少し広くなったことは事実だった。過去はどうであれ、これから自分が前を向いて歩いて行きさえすれば、きっと進むべき道は見えてくるような気がし始めていた。
そして、したたかに生き抜こうとしている亀達からは新しい勇気をもらった。あの亀達から見たら、今の自分の境遇はどれほど恵まれていることかと思うのだから。
確かに、叔子が持ってきた子供の頃の写真を見た時や、子供の頃の思い出の手記を読む時には、両親との思い出というものが存在しない自分の心がさざめくのを感じていた。でも、叔子が言っていたように、風待ちの心持ちというものがあるのだとしたら、自分もまた、何らかの風が吹いてくるのを待たなければならないような思いにも至った。
餌をまき終えると、優美はお地蔵さんが並んでいる方へと歩いた。列の中ほどに叔子の名前を刻んだ小さなお地蔵さんが微笑んでいる。
死後には、墓に入らずに散骨という選択をしながらも、自分がこの場所に生きていたという痕跡を残そうとしている叔子の重い気持ちが伝わって来るような気がした。そして、まだこの世にあるうちから自分の魂のよりどころを決めている叔子のことを、本当の意味で強い人なのだと思った。
「あなたはどうするの?」
と誰かに問いかけられたなら、優美は「ゆみちゃん地蔵」を建てるのはもう少し先にしようと思うと答えるつもりだった。
立ち止まってこの場所で亀達とゆっくり昔の思い出話をするのは、もう少し頑張って走り続けてからにしようとも思った。きっと寿命の長い亀達のことだから、その時が来るまでこの場所で、時々は悠々と日向ぼっこをしながら待ち続けていてくれるに違いないのだから。




