闇に堕ちた彼 2
この世はいつだって理不尽だ。
幼いながらに、俺はそう思った。
霊柩車に運ばれていく自分の両親の遺骨。 ただただ涙を流すしかなかったあの頃の俺は、これからどうやって生きていくのかなんて、考えもしてなかった。
泣いている自分の後ろで、顔も知らなかった親戚がヒソヒソと話す。
「おい、どうするんだ。 あの子を引き取るだなんて冗談じゃないぞ」
「浅緑色の髪……。 父親と同じ魔力保持者よ。 厄介者を招くのはごめんだわ」
厄介者。
兄弟はいなかった。 両親が交通事故で亡くなって、本当に一人になってしまった。
引き取られるのならば、ここではないどこかへ。 孤児院に預けられたとしても、この街で生きていくことはできない。
頭の中に幼馴染の顔が浮かんだ。 いつもニコニコ笑っていて、隣にいるだけで優しい気持ちになれて、勇気をもらえる。
彼女にはもう会えなくなるのだろうか。
喪失の中、ただ親の形見を握りしめた俺の目の前に、会ったこともない男が立っていた。
「初めまして、白石 蓮くんやな? 」
顔を上げると、灰色の髪の男だった。 タレ目で、着物を着ていた。
「俺は詠斬っち言うんや。 キミの父さんの同僚やった。 な、蓮くん。 行くとこないなら俺んとこおいでや」
男は手を差し伸べた。 そして周りに聞こえないように、小さく呟く。
「これ以上、大切なものを失いたくないやろ?
俺と一緒に来たら、最後のお前の大切なものを失わずに済むんやで。」
その男が言っている意味がわかった。
俺にとって、最後の大切なもの。 大切な人。
いつもニコニコしていて、優しくてちょっぴり泣き虫な幼馴染。
祭星。
俺は男の手を握った。 それはほぼ無意識だった。
詠斬は満足気に微笑んでいた。
この世は理不尽だ。 いつだって弱いものが淘汰される運命で、本当のことはいつも隠されたまま。
だから、まずは俺自身が強くならなければいけないと思った。
詠斬は魔法使いだった。 俺に色んなことを教えてくれた。
相手を意のままに操る魔法。 眠らせる魔法。
そして、相手を自分のモノにする方法。
誰かを守るためには、自分のモノにすればいいと、そう言われた。
……でもそれは、相手の感情を、気持ちを無視したやり方ではないのかと。 そう俺は反論した。
彼は、こう言った。
「守るために彼女が傷つくのと、守らなかったために彼女が死ぬのは、どっちが幸せ?」
選ばなくても、答えは明確だった。
全てを教え尽くした詠斬は、俺にお守りだと言って赤い結晶のペンダントを渡してきた。 すぐにこれはお守りなんかじゃないとわかったけど、でもここまで俺が何不自由なく生きてこれたのは、こいつに育てられたからだった。
もしかしたら、本当にお守りかもしれない。
俺がこいつのことを、変に疑ってるだけで、本当に父親らしく振舞っているだけなのかもしれない。
そう、淡い希望をもって、このペンダントを受け入れてしまったことを深く後悔している。
自分でも制御ができない程の魔力が溢れている。
傷つけてでも、自分のモノにするという、その教育を果たせと。 役目を果たせと何かが心の中で催促する。
ちがう、ちがう!
俺はただ、祭星を助けたかっただけで。
……助ける? 何からだろう。
今彼女は助けを求めているのか?
どうせ彼女はもう俺のことを忘れて、たくさんの仲間に囲まれてあの頃と同じように笑っていたはずなんだ。
会いたいと思ってくれていても、片時も俺のことを忘れてなかったことなんて、絶対にないんだ。
違う、俺はただ。 ただまた一緒に笑いあいたかっただけで。 それなのにどうしてこんな。
もう正常な判断などできなかった。 今はただ、頭の中に何度も何度も聞こえてくる無数の声に翻弄されて、かき乱されて。
本当の俺は、どこにいるんだろう。
だけど。 祭星が、気づいてくれたことが何よりの幸運だった。
もし正気に戻ったら、何度も彼女に謝ろう。
今までずっと会いにいけなかったこと。 痛い思いをさせたこと。 そして、あの男とは完全に縁を切ろう。
もしこの結晶から解放されて、自由になれたのなら