天の双白 2
ミカエルは目を細めて、祭星を見つめる。 呆然としている祭星の肩に、蓮が優しく手を乗せた。 それに気づいた祭星が弾かれたように目を見開いて、気を取り直したようだった。 蓮は安心したような表情をすると、すぐに険しい表情へと戻す。 そしてミカエルをキッと睨みつけた。
「この事件はお前が引き起こしたのか?」
『いいや。 ただ起こる予感はしていた、だからペルセポネに隠れて現場に来たんだ。 僕がいないと分かれば貴方達はきっと僕を探しにくる。 要は、貴方達をちょっと試してみたかったんだ』
蓮の鋭い視線を笑みで返して、ミカエルは余裕そうだった。
『とても予想通りだったよ。 祭星は必ず全員を護る手段に出ると思ってたし、蓮は』
彼は蓮に近づくと、肩から羽織っているマントに隠れた腕を掴む。 袖を捲れば、鮮血が流れ出る痛々しい傷がそこにはあった。 蓮はミカエルの手を振りほどいて腕を抑えた。 祭星を心配させないようにと隠していたのだろう。
「蓮、怪我して……?!」
「大した傷じゃない」
「そんなことないでしょ……!」
『自分を犠牲にして民間人を護るのは良いことだ。 だけど貴方には大切な人がいて、大切に想ってくれる人がいるだろう? 当たりどころが悪ければ、その傷は貴方を殺していただろう』
ミカエルがそういうと、祭星はますます蓮に言う。
「蓮、傷を見せて。 すぐ手当てするから」
「大丈夫だ、このくらい」
「いいから早く見せなさい!!」
蓮の声を遮る程の怒号を出して、祭星は彼の肩を掴んだ。 祭星の怒る姿を久々に見た蓮は、一瞬ビクッとして、素直に腕を差し出した。
「どうしてちゃんと言ってくれないの……! 私が怪我をした時はすぐに伝えろって言うのは蓮だよ!?」
「すまない、その……」
治癒魔法をかけてもらいながら、蓮は祭星の顔が見れないようだった。
「心配をかけたくなかったんだ」
「こっちの方が心配するよ! なんでも隠して、それで事が収まると思ってるんでしょう。 無茶をしないでよ、ようやく二人会えたのに、またいなくなるなんて私絶対に嫌!」
「……それを言うのはこっちのセリフかもしれない」
みるみるうちに傷が癒えていく。 蓮はその様子を見ながらポツリと呟いた。 それは祭星にも聞こえていたようで、彼女は「え?」と聞き返していた。
「お前言っただろ、バケモノになるって。 それはどんな力でも受け入れる覚悟って意味なんだろう? 力を受け入れて、アルトストーリアが制御できたとしても……お前はその力の反動をどう抑え込むつもりだ??」
あれだけの魔法具、どんな反動が来てもおかしくはない。 そしてそれは、あらゆる力を受け入れてボロボロになった祭星を殺しかねない。
「俺だってお前を喪うのは嫌なんだよ、俺が何のために自分を闇に堕としたと思ってんだ! 俺は、俺はやっと捕まえたんだよ! 共にいるべき人を、思い描く未来を!
その未来は! お前が自分の願いを叶えて、笑顔で俺の隣にいる未来だ! 例えお前がどんな力を持ったバケモノだったとしても、自分で自分のことを『バケモノ』なんて言わない世界だ!」
「ッ……」
「みんなを頼れ、俺のことをもっと頼れ。 お前はもう一人じゃないんだ。 そうだろう」
その言葉を聞いて、祭星は息を呑んだ。 そしてゆっくりと俯いてしまった。
「私、ダメだね……。 ほんと、なにもわかってない、なにもかんがえてない」
沈んだ声、自嘲したような雰囲気で彼女は呟く。
「何も変わってない、何も……」
その言葉は蓮に聞こえないように、本当に小さく囁いただけだった。 ミカエルはそんな彼女を見て、慈しむような瞳を向ける。
『ミカエル様、今回ばかりはわたしからも少し小言を言わせていただきます』
ミカエルの視線を遮るように、ペルセポネは間に割って入った。
『今回の騒動でどれだけの人間が犠牲になったか……。 ミカエル様が先の騒動の予兆を感じたのであれば、わたしに一言申し付けてくだされば、こんな事には』
『ペルセポネ、それはニンゲンのことだろう?』
ミカエルがそう言うと、ペルセポネは言葉を詰まらせる。
『ニンゲンが幾ら死のうと、僕の管轄外だ。 そもそもニンゲンは僕達のエサなんだから。 どうして君はそこまでニンゲンに肩入れする?』
そっちに居た時間が長すぎたんじゃないかな? と、ミカエルは笑みを浮かべた。 優しさが微塵も感じられない、冷たい笑みだった。 ペルセポネはその表情を見て言葉を濁らせてしまう。
ニンゲンに肩入れ、というその言葉に、ペルセポネ自身は嫌悪感を感じていた。 だが、天界にいる天使達はそうではない。 本来、天使と人間は相容れないものだ。 そのため、天使達はニンゲンをえらく毛嫌いし、見下している。 自分達の魔力を貯めるためにニンゲンを食らうのも多くはないのだ。
ペルセポネは長く人間界に居ついている。 リオンの守護を申し出たのも、ほぼペルセポネの私情のせいだ。 人間の可能性を知っていて、人間に愛情を注ぎたいと感じたから、そのせいだ。
だからこそ、このミカエルの言葉に対して言葉を詰まらせていた。
『それ、は……』
答えられずにいたペルセポネを見て、祭星が感じ取ったのは恐怖だった。
ミカエルという存在に、彼女が怯えているのだ。 祭星はなんとか話を別の話題にしようと、ミカエルに自ら声をかける。
「あ、あの」
するとミカエルはこちらに目線を向けてきた。 思惑通りになったので、祭星は一安心したように短く息を吐いた。
「時間がないんです、天界と交渉してもらってた理由を話した方が、いいかなっておもって……」
『ああ、そうだね。 なんとなくは聞いてるから大丈夫だよ。 僕としてもね、手助けはしてあげたいんだよ。 あのクラウンが危険な目にあってるんだろう? 彼は僕の唯一の親友だからさ、手を貸さないわけにはいけない』
「……! 父と、面識が?」
驚いたように祭星が目を見開いた。 ミカエルはその様子を、まるで父親のように微笑んで見ている。
『彼は良く天界に遊びにきてたんだよ。 物怖じしない彼を僕は気に入ってね、初めてできた親友なのさ。 まあ、彼が何年間も身体を乗っ取られていたことは知っていたけれど、僕自身が助けに行くことはできなかったんだ。 人間と天使はそういう関係だからね』
「一つ、聞いていいですか? 貴方は本当に人間のことをエサだとか、そういう風におもってるんですか?」
『祭星、あなたなんてことを……!』
無礼な質問だと、ペルセポネが止めようとする。 だが聞かずにはいられなかったのだ。 彼が本当にニンゲンはエサだとおもっているのならば、なぜ自分の父であるクラウンだけ友人でいられたのだろうか?
物怖じしないことだけが理由じゃないはずだ。
ミカエルは静かに微笑んで、目を伏せた。
『天使っていうのはね、これは襲名制なんだ。 僕は類稀なる力を見定められて、天使の頂点であるミカエルの座を襲名した。 とても誇らしいことなんだ、でも、それは稀に、僕自身を傷つける』
ミカエルは、悲しそうに笑った。 だが、それ以上は何も語らなかった。 語りたくないのだろう。 祭星はもう何も聞き出さないことにした。 彼がいつか自分から語り出す時を待つしかないだろう。 自分だって語りたくないことがあるのだから、天使の彼でも持ち合わせているはずだ。
とりあえず、よくわかったことといえば、天使も人間も似たような生き物なのだろう。
冷たく固められた歴史や教訓、伝統が、一個人を蝕み染め上げられていく。 彼も被害者の一人であり、これから加害者になるのだ。
「ありがとうございます、話してくれて」
『キミはきっと、クラウンと同じように良い魔法使いになる。 だから、僕はキミに力を託したいんだ。 ミカエルという存在で居続ける僕の力を』
美しい髪色の、赤いスグリの様な瞳をした彼が悲しそうに微笑んだ。
その言葉の意味は残酷なものだ、それを知るのはまだ先の話。




