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アルトストーリア  作者: あきら ななせ
生贄の詐欺師と白竜の運命
62/64

独白 3

 少しずつ過去の事を話してくれたレイは、そこで一旦話しを区切るとコーヒーを一口。 温かそうだった湯気はもう出ていない。 

「先程まで、わたくしもアンチュリエのアジトに潜入していましたの。 カリオストロにも、もちろん会いました」

「カリオストロさん……。 まだあの場所にいるの?」

 レイはただ黙っているだけだ。 その沈黙で、三人は気付いた。 恐らく彼女は辛い選択を迫られたのだろう。

「わたくしは……きっとアンチュリエの内部に行けば幹部達に会えると思っていました。 ですが、もういなかった。 というより、もう瓦礫の下敷きになって……生き残っていたのはメイビスだけでしょう。 ですから、せめてカリオストロだけでもと。 そう思って彼女を保護しようと思っていたの。 だけどあの子は、それを望まなかった」

 掠れそうなほど小さな声でレイが言うと、祭星の脳内に聞き覚えのない少女の声が響いた。 同時に激しい頭痛がして、目の前が眩む。 これは黒闇宗でも同じことがあった。 アンジーの話をしていたときに起こった現状と同じだろう。 記憶に自分の意識を引っ張られている。

 頭を抑える祭星。 蓮はハッとして彼女を支える。 髪をまとめていた簪を抜きとると、杖に形が変わる。 それを床にゴンッと突き、魔力を集中させた。 あの時は星夜がいたから魔力が充分足りた。 だが今はいない。 記憶を観たとしても、魔力が底をつけば大変なことになってしまう。

「れん、ありが、と……」

 息も絶え絶え、祭星はそう言うとすぐに記憶の中へのまれていった。


「カリオストロ!」

 レイの声がした。 どうやら随分と新しい記憶のようだった。 恐らくこれはついさっき起きた出来事だろう。 暗殺部隊の隊服を着たレイが、息を切らして一人の少女の元へ走ってゆく。 金色の美しい髪の少女は、薄いワンピースを纏っていた。 

これがカリオストロ。 アンチュリエの造った兵器。

カリオストロと呼ばれた少女はゆっくり振り返って、レイへ微笑んだ。

「レイ、ここは危ないですよ」

「そんな事言ってる場合じゃない! カリオストロ、今すぐここから出ましょう!」

 レイの慌てた様子に、カリオストロは目を丸くする。 そして面白そうにくすくすと笑った。

「ふふ、レイのそんな口調も素敵ね。 ねえレイ、貴女はわたしに約束してくれましたね。 次はエトワールも連れてくるって」

 どこかで爆発音が聞こえる。 天井からパラパラと砂が落ちてきた。

「あれはもう、無かったことにしましょう」

「カリオストロ……?」

 カリオストロはすぐ後ろに目を向けた。 蛍光灯の明かりを灯せば、部屋の全容が明らかになる。 こんな状況というのに傷一つ付いていない、培養槽がずらりと並んでいる。 その中にはカリオストロと同じ見た目の少女が眠るように浮かんでいた。

「わたしは、全てを知りました。 あの男、このアンチュリエを設立したメイビスの言っていたことは全て嘘だった。 あの男は、エトワールがいればわたしは一人じゃないと、そう言ったの。 でも真実はそうじゃなかった」

 カリオストロが目を伏せると、グッと手を握りしめた。

「わたし達は、世界を壊す兵器だった。 わたしはそれを知らずに、ここでずっと行きてきた。 独りぼっちじゃない世界を夢見て、貴女に会う日を心待ちにして……。 でも、もう終わりにします」

 大きなサイレンが部屋に鳴り響く。 耳障りな音で、どこか不安になるような音だった。 そしてそれが鳴る度に、培養槽を照らしていた光が消えてゆく。

「カリオストロ、なにを」

「わたし達を廃棄するのです。 既に廃棄指示は出しました。 だから、もうカリオストロ達の中で生きているのはわたしだけ」

 ひときわ大きな爆発音がカリオストロの後方から聞こえた。 培養槽のあった部屋が瓦礫で埋もれてしまう。 カリオストロはレイのすぐ側へ歩み寄ると、彼女へ笑いかける。

「だから、貴女はこの最期のカリオストロを、貴女の手で殺してほしい」

 差しだされたのは大振りのナイフだ。 カリオストロはなかなか受け取ってくれないレイの手に、無理矢理ナイフを握らせた。

「はやく、終わるのならば貴女にと、ずっと思っていたの」

 ここも瓦礫に埋もれてしまうだろう。 カリオストロは尚もレイへ「早く」と急かす。

「……できるわけ、ないでしょう!?」

 レイは泣き叫びながら、カリオストロに訴える。

「カリオストロ、お願いだからわたくしと一緒に来て! ヴァチカンに身を寄せれば、きっとみんなが守ってくれる! わたくしも、ジョシュアも、祭星と蓮だってきっとわかってくれる……!」

「だめよ。 わたしは兵器。 兵器はいつか消えなければいけないでしょう?」

「どうして! 生きてちゃいけな者なんてこの世に一人もいない!」

「産まれてきてはいけない何かはこの世に存在する、それがわたしだった。 それだけの事です」

「それだけのことって……!」

 カリオストロの言葉を、レイは理解ができないようだった。 いや、理解できないというより理解したくないのかもしれない。 それほどまでに、このカリオストロという少女はレイにとって大切なのだろう。

それでも、無情なことにこの少女は自らが消える事を選んでいて、その意思は固いようだった。

 カリオストロは優しく微笑むと、レイの頭を撫でた。 子供をあやす様に優しい手つきだった。 

「お願い、レイ。 大丈夫です、わたしはあなたの手で最後を迎えたい。 あなたの中で、生き続けたいから」

「っ、う……」

 徐々に部屋が崩壊を始める。 レイは大粒の涙を流しながら、ナイフを握る手に力を込めた。

 声にならない叫び声と共に、レイはカリオストロの心臓にナイフを突き立てた。 カリオストロは満足そうに微笑んで、震える声でレイに語りかける。

「ありが、とう……。 あなたに出会えて、ほんとに……よかっ、た……」

 泣き噦るレイを血塗れの手で抱きしめて、カリオストロは最後の言葉をやっとの思いで伝える。

「レイ、わたしの力を……あなたに預けたいの。 わたしが、生きた……っ、証、を……」

 サラサラと光が舞い上がる様に、カリオストロは消えてゆく。 そしてその光はレイの体に舞うように降り注いで、彼女の中へ消えていった。

「カリオストロ……」

 レイの小さな声が聞こえたが、それは瓦礫の落ちる音でかき消されていった。


 周りの声が徐々に大きくなってゆく。 頭痛がすうっと和らいで、自分を心配する声が二つ聞こえる。

「祭星!」

「っ、あぁ……ただいま」

「びっくりしたぜ、急に具合悪そうになって、蓮は何も言わねェし」

 ジョシュアにそう言われ、祭星は自分を支えていた蓮を見上げる。 彼は杖を簪に戻すと、涼しい顔でそれを髪に挿した。 魔力を彼が補ってくれていたのだから、多少は疲れがあるだろうに。

祭星は水を一口飲むと、蓮へ声をかける。

「蓮、具合は大丈夫……?」

「問題ない。 そっちはどうだ」

「うん、私は大丈夫。 全部見てしまったけれど……」

 おずおずといった様子で、祭星はレイに向き合うと一番気になっていた事を尋ねた。

「カリオストロの、力って……?」

「……。 あの子は兵器だった。 孤児を連れてきたのも全て計算の上だったの。 身寄りのない子供を養子として出す。 少女だったら尚更、裕福な家庭の者はその子を惨めに哀れに思ってすぐに引き取るでしょう? そして暖かな家庭に迎え入れられて、共に過ごすうちに、手を繋ぎ、時には一緒に寝ることだってある。 そういう時にカリオストロは、他人の身体の中に種子を植え付けるの。

 その種子が徐々に育ち、芽生える。 そうして無意識のまま、身体の中の種子をまた別の人間に移す。 そうやって自分の駒を増やしていくの。 種子が芽生えた人間は皆、カリオストロの操り人形になってしまう。 人間とは思えない程の身体能力と再生能力を持って、生きる兵器と化すのよ」

「そんなことが……」

 レイは自分の胸に手を当てる。 

「今はわたくしの中にあります。 制御は出来るから、このままずっと封じ込めておくつもりよ」

 カリオストロの望んだ通り、自らの手で彼女を殺した。 彼女の力を受け入れてもなお、心の整理がついているわけではないだろうに。 それでもレイは全てを話すことを選んだ。

包み隠さず、祭星と蓮に全てを話す。 もしかすると、それがレイにとっての救いだったのかもしれない。 結果的にもし、祭星と蓮が「許さない」という決断をしたとしても。

ありのままの自分を晒け出せる。 その相手がほしかったのだろう。

「レイ、話してくれて本当にありがとう」

「祭星……」

「一緒にメイビスを捕まえよう。 その為にはまず、私がアルトストーリアを扱えるようにならなきゃいけないけれど」

「わたくしも、貴女を支えるわ」

「ありがとう……。 レイがいてくれると、私も嬉しい」

 時計の針はすっかり回って、夜九時半を指していた。 四人は帰路に着き、ヴァチカンまでの道のりを歩く。 祭星と蓮が仲良く話しているのを見て、レイは思わずつられて微笑んでいた。

ジョシュアはそんなレイの微笑みを見てホッとしているようだった。 

 幼い頃の彼女の事はよく知っていた。 皆になんと言われているのかも。 ただそのことについて、助けようとも止めに入ろうともしなかった。 我ながら最低な男だと思う。

「ねえジョシュア」

「あ?」

「ありがとう、あの時ああやって貴方がわたくしに怒ってくれたから、わたくしはやっと決心がつきました」

 レイはジョシュアの手をそっと握る。

「怪我は、もう大丈夫ですか?」

「ああ、別に痛くねェよ」

 ジョシュアは気まずそうにその手を振り払ってしまった。 レイがクスクスと笑う声が聞こえる。

「ジョシュア、ずっと言いたかったことがあるの」

 憑き物が晴れた。 とも言えばいいのだろうか。 清々しい表情で、レイはにっこりと微笑んでいる。 そして彼女は確かにこういったのだ。

「愛していますわ、ジョシュア。 誰よりも……」

「っ、レイ……?」

「貴方が、わたくしのフィアンセだと良かったのに……。 何度もそう思うの。 わたくしはずっと、貴方が大好きよ」

 レイのフィアンセは、ジョシュアの兄だ。 それはジョシュア自身も理解した。 そして理解した上で、諦められない恋だと思っていた。 自分自身もずっとレイの事を想ってきた。 それでもレイの側にいれるのはたった一人で、それは自分の兄。

 そう言い聞かせて生きてきた。 今日までずっと。

ジョシュアはレイの手を掴む。 グイッと引き寄せると、痛いほどに抱きしめた。

「ジョシュア?!」

「愛してる、オレも」

 突然の、予想にもしていなかった言葉にレイが目を見開く。

「兄貴になんか絶対ェ渡さない。 オレが、お前のこと奪い取ってやる。 だからそれまで待っててくれるか?」

「……ええ、もちろん、何年でもずっと……!」

 ……その様子を、蓮と祭星は静かに眺めていた。 そして二人で顔を見合わせるとにこりと微笑む。 どこからどう見ても、あの二人はお互いのことを好きだと思っていた。 だがレイにはフィアンセがいて、それはジョシュアの兄だ。 簡単に覆せるものではないとわかっていて、お互いに何も言わなかったのだろう。 結局二人とも不器用で意地っ張りでプライドが高いのだから。

「よかったね、二人とも仲良くなった」

「ああ」

 祭星は二、三歩前に出ると、クルリと回る。 白い髪が夜の空によく映える。

「そうだ! 今度四人でお出掛けしようよ、ダブルデートっていうんだよこれ!」

「楽しそうだな」

「でしょ? だから、私頑張るね」

 今度、というのはこの一件が終わった後ではないとやってこない。 祭星がアルトストーリアを制御して、クラウンを助け出すまで。

 祭星は空を見上げて、意思を固めた様に息を吐いた。 そしてゆっくりと蓮に告げる。

「私、バケモノになるよ」


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