表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルトストーリア  作者: あきら ななせ
群青の創造主と静謐の聖騎士
6/64

バケモノの少女 5

 ようやく家に帰ってきた。 三日ぶりに自分の家に帰ってきた祭星は、ポストの中身を確認する。

だが、そこに入っているはずだった新聞紙やチラシは無い。

「あれ、もうないってことは……」

 少し声を弾ませて、祭星は玄関を開けた。 やはりそうだった。 父の靴を見て、パァッと顔が明るくなる。

急いでローファーを脱いでリビングへ駆け込む。 リビングの扉を開けると、ふんわりと美味しそうな紅茶の香りがした。

「お父さん!」

「おっ! 祭星、お帰り」

 鳶色の髪の男はにっこり微笑んだ。

 嶺二れという名の男は、帰宅したばかりの祭星をきつく胸に抱いて頭をわしゃわしゃ撫でる。

 嶺二は日々海外へ飛び回っている。 祭星と過ごすのは一ヶ月に一週間程だ。 だからこそ、祭星は嶺二が帰ってくるのを心待ちにし、嶺二も家へ帰るのを楽しみにしているのだった。

「おかえりなさい、お父さん」

「ただいま。 聞いたよ、招待状が届いたんだろ?」

「えっ、誰から聞いたの?」

「家に帰って来る前にヴァチカンに寄ったんだ。 その話で持ちきりだったからさ、急いで帰ってきた。 必要なものは用意してあるから、今度新しい服でも買いに行きなさい。 向こうは寒いから、暖かくするんだぞ」

「うん、わかった」

 嶺二は祭星の頭をまた優しく撫でた。 そして「美味しいケーキを買ってきたんだ!」と言って、テーブルの上を指差す。

「フォークとか出してくれるか? きっとお前も喜ぶぞ〜、なんてったって今日はあの……おっと!」

 嶺二の言葉を遮るように、チャイムが鳴り響く。

来た来た。 と嶺二が言いながら玄関へ向かう。 祭星も気になって追いかけると、そこには見知った人がいた。

「リオンさん!」

「やぁ」

 小さく手を振って、マフラーを外しながらリオンが家に上がる。

 濃い水色の美しい髪を、腰の長さまで伸ばして三つ編みにした男。 祭星に協力している魔法使いであり、ご近所さんだ。協力、というより祭星に魔法の扱い方を教え込んだ。 師匠といった方が正しいのかもしれない。

「嶺二に誘われてご馳走をお呼ばれしてね。 せっかくの親子のティータイムに、お邪魔するけどいいかな?」

「構いません! 私もリオンさんと一緒にお茶会なんて楽しみです!」

「今日は随分嬉しそうだね」

「えっ」

「何かいいことがあったかい?」

 祭星は藍沢のことを思い出し、えへへと笑いながら頷いた。 リオンはそれをみて、良かった。と返し、祭星の頭を撫でる。

「君はそうやって笑っていた方が可愛いよ」

「……がんばります」

「ふふっ。 君に笑顔を戻すためにも、彼を見つけ出さなければね」

 リオンは、行方不明になってしまった蓮を探すのを手伝ってもらっている。 未だに手がかりはないのだが……。

と、リビングに向かう途中。 リオンは祭星へこっそりと耳打ちする。

「昨日、君の周辺を占ってみたんだがあまり良くない結果だった。 今日明日、気をつけたほうがいい」

「えっ」

「だから今日ここに来たんだ。 明日は私がヴァチカンへ赴かなくてはいけなくてね、今日だけでもボディーガードが出来ればと思って。 明日、何が起こってもおかしくはない。 不用意に出歩かないように」

「……わかりました」

 一気に背筋が凍った。 強張った顔を、温かい紅茶とケーキが解してくれれば良いのだが……。



──────────


 翌日。

不安を感じながら、祭星は翌朝学校へと向かっていた。 藍沢との約束を果たすために。

 教室の扉を開けるまで、祭星はずっと考えていた。 結局昨日は何も起こらなかった。

良くない結果というのはどういう事だろう。 藍沢との約束が終わり次第、早く家に帰ってしまおう。

暗い気持ちで教室へ入る。

 いつも通り。 誰も声をかけてくれることもない。

……というわけではなかった。

「お前なんでまた学校来てんだ?」

「昨日でヴァチカンに行くんじゃなかったのかよ〜? なに? 面接で落ちた?」

 名前は知らないが、男子が三人、祭星を取り囲んだ。


ああ、めんどくさい。 これだから来たくなかったんだ……。


祭星はため息をつく。 もう帰ってしまおうか。

 すると、扉が開いて、元気な声が響く。

「杯さんっ!! よかった、来てくれた!」

 その声が藍沢ということを知って、教室がざわめいた。 藍沢はその可愛さから女子や男子から幅広い人気がある。 そんな彼女が祭星と話しているのだから驚きだろう。

「藍沢さん……」

「ありがとう、あのね昨日のお礼をしたくって」

 藍沢は祭星に駆けつけると、鞄の中から可愛らしい小包を取り出して祭星へ差し出した。

「開けてみて!」

 言われるがままに祭星が包みを開けると、目を見開いた。 その様子を見て藍沢は嬉しそうにガッツポーズをする。

「今までごめんなさい、杯さん。 あたしずっと杯さんは怖い人だって思い込んでた。 でも全然違かった。

 昨日、あたし初めて魔物を見てすごく怖くて。 でも杯さんは言ってくれたよね。 怖いでしょって」

 教室にいる全員がその話を静かに聞いていた。

「その時に思ったの。 杯さんより、魔物の方が数百倍怖くて、そして、ずっと、何日も何年もこの魔物を見て戦ってる杯さんの方が、あたしよりずっと怖い思いをしてるんだって。 でも杯さんはとても優しかった」

 藍沢が困ったようにふにゃっと笑う。

「全然その人のこと知らないくせに、ずっと決めつけて来たんだって思うと、すごく恥ずかしいけど……。 ありがとう、杯さん。 私にこのことを分からせてくれて」

 そんなことを言われたのは初めてだった。

祭星は手の中の小包を大事そうに胸に抱く。 涙が出そうだったが、なんとか堪えた。

「そのプレゼント、あたしがんばって作ったの!」

「こ、これ手作りなの!?」

 藍沢はうんうんと頷くと、ねぇねぇつけてみてよ! と促す。

祭星は大事そうに中身を出して、それをはめる。 キラリと右耳に光るのは、星をモチーフにした上品なイヤリングだ。

「似合ってる! 昨日杯さんの笑ってる顔を見て思ったの。 杯さん、睫毛が長くて、目の色が綺麗で可愛いって思って。 予想どうりでよかった!

 今日はわざわざ来てもらってごめんね。 今度からヴァチカン? ってところに行くんだよね」

 こてんと首をかしげる藍沢。

「うん。 もしかしたらもうここには戻ってこれないかもしれないけれど……。 でもこれ、ずっと大切にするね。 ありがとう、すごく嬉しいよ」

 祭星はふんわりと微笑む。

 まるで雪原に咲き誇るすずらんのように儚く、可愛らしいその微笑みを見て、藍沢は頰を赤らめて満足げに頷いた。

 祭星の着ていたコートのポケットで、着信音が鳴り響く。 画面を確認した祭星は、えっ、と声を上げて、訝しげな顔をした。

「ごめんね藍沢さん。 もう行かないと」

「ううん。 ありがとう来てくれて。 また会えるといいな」

 祭星は大きく頷いて、教室を後にした。




 電話の相手。

非通知だが、とても嫌な予感がしてたまらない。

 教室を出るなり、魔法を展開させて公園の噴水広場に移動をした祭星は、鳴り響く携帯を凝視し、恐る恐るその電話に出る。

「……祭星、です」

 だが、向こうから言葉が返ってくることはない。 ふと画面を見れば、もう通話は終わっていた。

短く息を吐こうとした、その時だった。


「昔と変わらず、可愛らしい笑顔を見せるんだな」


 ぞくりと、背筋が凍る。

画面から目を離し、前をみるとそこには。

浅緑色の長い髪を後ろで一つに結った青年が立っていた。

赤いダッフルコートを着た青年は、緋い瞳で祭星を見つめる。

 祭星はそんな彼を見て、動けずにいた。 声すら出ない。

目の前にいる彼は、そう、行方不明になってしまった幼馴染だろう。 小さい頃の面影が、少しだが残っている。

体が震えて来る。嬉しさ? いや違う。 これはそんなものじゃない。

怖いのだ。

 彼が抱くその黒い闇に飲まれそうになってしまう。 蓮は一歩、また一歩と祭星へ近づいた。

「逢いたかったよ。 ずっと、ずっとな……。 お前だってそうだろう?」

 硬いヒールの音が響く。 目の前に立った彼は、随分と身長も高く、祭星は半歩後ずさった。 その反動でイヤリングが煌めく。

 それを見逃さなかった蓮は口元をつりあげて、祭星の耳元へ手を伸ばす。

「似合ってる。 だけど」

 スルリと優しくイヤリングを外して、恐怖で身動きできない祭星の頬を撫でる。

「俺以外の人間に、ああやって微笑むのだけは。 腹が立って仕方がないんだ……」

 緋く暗い瞳はしっかりと祭星を捉えていた。

 祭星は、彼のその瞳を、心を蝕む闇をみて、ただ呆然と、そして恐怖に震えるしかなかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ