双星の灯火 3
「この世界に魔法が生まれたのはずいぶん昔の話や。 魔法を使えるものが増えるにつれて、人々はある組織を作った。 弱きを守り、魔を退治する組織。 それがヴァチカンと呼ばれる組織。 魔法使い達は皆ヴァチカンへ集った。 互いの知識、力を合わせて、弱い者を救った。 ところがある時、一人の魔法使いが魔物にも意思があり、性格があり、そして社会があることを知った。 その魔法使いは当時のヴァチカンの聖王へ申し出た。
『魔物にも戦えない種族、温厚な種族がいる。 その種族と力を合わせて、人間の生活に役立てる……。 そんな組織が欲しい』
王はそれに応えた。 申し出た魔法使いと同じような志を持つ者は、皆新たに出来た組織へと移動した。 この組織こそが、初代イルミナティや。
イルミナティとヴァチカン、二つの組織は協力しながら世界の中心的存在を築きあげていった。 使い魔っちゅう存在を作ったのもイルミナティで、あん時のイルミナティは人間と魔物を繋ぐ架け橋やった。
そしてイルミナティは徐々に三つの組織へ派生した。
変わらず魔物と手を取り合いながら生きるイルミナティ。
魔物こそが力ある者だ、世界は魔物が治めるべきだと考えるアンチュリエ。
そしてアンチュリエの考えを受け、彼らの目論見を止めるために結成した黒闇宗。
元はどれも同じ組織。 それぞれ志す事が違うっちゅう感じやな」
詠斬が口の中を湿らせるためにほうじ茶を飲む。 アメリヤはというと、既に席に座っておらず、高い天井を自由に飛び回っていた。 キングがそれを目で追いながら「優雅だの」と言葉をこぼしている。
祭星がその様子を見て、頭を抱える。 さっきまで難しい話で頭がどうにかなりそうだったのに、黒闇宗の面々が自由すぎる。 頼みの綱だった星夜でさえ、話を聞いている途中の祭星のこんがらがっている思考を読んで笑っていた。
「か、簡単に箇条書きみたいにまとめていいですか!?」
祭星は手帳とペンを取り出し、先ほど聞いた話を整理していく。 書いている途中で思考を読んでいる星夜が「そこはこういう意味だったと思うよ」と訂正までしてくれた。 彼は話を理解できているらしい。
「うんうん、わかりやすくなったんじゃない?」
書き終えると同時に星夜が微笑む。 そして皆にも聞こえるような声で読み始めた。
「ヴァチカンとイルミナティは元々同じ組織で争いはなかった。
魔物と手を取り合うためにイルミナティが生まれた。
そのイルミナティから派生したのが魔物に世界を統治させる目論見を持つアンチュリエ。
そしてアンチュリエを止めるために結成したのが黒闇宗。
……うんうん、わかりやすいわかりやすい」
「……で、アンチュリエっていう組織はどんな組織なんだ?」
蓮は詠斬を見る。 恨むべき相手だったのに、今の彼は既に仕事モードだ。 情報を持っているのなら、聞き出したいのだろう。 詠斬も蓮の言葉を聞いて、頷く。
「アンチュリエは人間に裏切られたものが魔物に魅せられた故に生まれてしまった組織や。 その昔、ヴァチカンの魔法使いが日本という国に騙された時がある。
最初の犠牲者はアンジーという女性やった。 救護要請を受けて日本へ向かった彼女は、政府お抱えの研究機関に捕まり、拷問を受け、辱めを受け、最後には生きたまま身体を開かれ、死んでしまった」
昔の者ならば皆知っている話らしい。 現代に語り継がれてなかったのは、その残虐性によるものだろう。 リオンもその話を聞いて、ひどく悲しそうな顔をしていた。 彼も古くからヴァチカンに所属するアークナイト。 何か思うところがあるのだろう。
「アンジーはアークナイトの一人だったんだ。 当時のアークナイトは四人いて……、このアンジーを助けにいくためにほかのアークナイトも日本に出向いたんだが、全員帰ってこなかった」
日本が行った非道な実験だったのだろう。 話を聞いて愕然とする祭星だったが、急に耳鳴りがした。
それは徐々に大きいものへ変わっていき、声が聞き取れないくらいにまで。 やがて耐えきれぬ程の頭痛が襲いかかってきた。 目の前が眩み、姿勢を保てなくなる。 ふと頭の中に響いたのは、知らない女性の声だ。
『どうして!』
叫びにも似た問いかけは、自分に向けられたものではないらしい。 これはそう、誰かの記憶だ。
自分を誰かが支えてくれているのに気がついて、朦朧とする意識の中見上げると、それが星夜だと理解した。 彼は同じように苦しんでいたが、途切れ途切れ、言葉をかけてくる。
「まつほ、しっかり魔力を集中させて……、ああ、そう、いい子だ……」
コツンと額と額を合わせ、星夜は魔力を調整し始める。 祭星が、彼女の記憶を識るための手助けを。
「君が識りたいと望んだのなら……、手助けくらい、僕の、役目……ッ」
強い頭痛が消え失せた。 その瞬間、二人の脳裏に浮かんできたのはかつての情景だった。
『あんた達は救助を要請してたんだろ! なんでこんなことを!』
傷だらけの女性が、悲鳴をあげながら抵抗する姿。 魔力封じの手枷をつけられていて、呆気なく体を取り押さえられていた。 見知らぬ男が女性を殴る。 そして馬乗りになって、嗤うのだ。
『お前たち魔法使いの内臓は高く売れる。 魔法使いと交合えば、その魔力を得ることができるんだろ?』
男が女性の服を剥いだ。 暴行を続けながら、男は泣き叫ぶ女性に……。
その瞬間、星夜は思わず魔力を遮断した。 ここから先は祭星には見せてはいけないと思ったのだ。 バッと額を外し、呼吸を荒げながら祭星を確認する。
「祭星、これ以上は観るな!!」
「っ、う……ッ」
それを聞いて、祭星は頭を抑えながら瞳を開ける。 星夜という魔力を補助してくれる存在が一方的に遮断しても、祭星一人の魔力で少しは先を見ることができたのだろう。 ガタガタと震える祭星は、うわ言のように口を動かす。
「いや、いや……。 やめて、ちがう……!」
「祭星、ちがう、君はアンジーじゃない! あれは君じゃない!」
異変を見守っていたリオンと詠斬が、アンジーの名前を聞いて眉を動かした。 詠斬は立ち上がり、キングに何かを命令する。 それを承ったキングはすぐに部屋から出て行った。
「記憶を見たんやな? それで引っ張られすぎたんや」
詠斬がそう言うと、星夜が頷く。
「やだ、やめて! もう……、もう、入ってこないで!!」
祭星が泣き叫ぶ。 蓮は祭星に駆け寄ると、彼女に手を伸ばす。 が。
「っ、触らないで!」
拒絶された。 だがその瞬間、蓮は魔法を発動させる。 紫色の魔法陣が祭星の足元に刻まれてゆく。 星夜はその魔法陣に気づくと、杖を虚空から創り出して、蓮に加勢をした。
「《昏き瞳を持つ娘よ 遠き理想を捨てし娘よ 銀の糸を結べ 銀の針でひとたび紡げ》」
魔法陣が妖しく輝く。 魔法があまり得意ではない蓮だったが、なんとか発動してくれた。 黒い影が祭星の身を包んで、彼女は事切れたように倒れてしまう。 蓮は昏睡した祭星を抱えて、星夜に礼を言う。
「助かった。 俺だけだったら跳ね返されて今頃俺が昏睡していただろう」
「いいさ。 こうなったのは僕のせいでもある」
「何を言っている。 お前は祭星の手助けをしただけだ。 お前が悪いわけじゃない」
おや、随分理解が早い。 星夜が不思議に思っていると蓮はそれに気づいたようで苦笑いをした。
「流石に何が悪くて何が良いのかくらい、祭星が絡んでいても判断はつくぞ?」
「蓮的に何が悪いかはわかるかい?」
リオンが尋ねると、蓮ははっきりとした口調で答える。
「日本とアンチュリエ」
「ざっくりしてるね」
「俺が思うに、日本のやった非道な行いの復讐を誓うためにアンチュリエが結成され、今の日本をアンチュリエが裏で操作しているんじゃないですか? だから日本は恐ろしいほど魔法の知識がない。 他国と魔法から孤立させることで、魔物を使って日本を襲いやすくするために」
詠斬はそれを聞いてやれやれと笑った。 正解だったのだろう。
やはり頭が良い。 理解力も素晴らしい。 良い参謀、いや、王になれるだろう。
詠斬がニヤニヤしているのを見て、蓮はうんざりした表情になる。 いやと言うほど見た顔だ。 それよりも、今は祭星を休ませるのが先だ。 しばらくすると戻ってきたキングが、部屋を準備していると声をかける。 ひとまず話は終わりにして、休憩を取った方がいいだろう。
騒ぎの最中、未だに宙を待っていたアメリヤはポカンとした顔のまま、部屋を出て行く皆について行くのだった。




