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アルトストーリア  作者: あきら ななせ
群青の創造主と静謐の聖騎士
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バケモノの少女 4

冷たい空気を肌に感じ、祭星はゆっくりと目を開けた。 カーテンの隙間からは朝日が差し込んでいる。 劉の屋敷で寝泊りをすると、必ずと言っていいほど、起きる予定の三十分前に目が覚める。

時計をみれば、六時だ。 まだ二度寝も出来る時間だったが、祭星は布団から出て伸びをした。 通学用の鞄から一枚の紙を取り出すと、机の上に置いたままにしてあったボールペンで文字を書いてゆく。

 進路希望のプリントだ。 第一希望、第二希望とあるが、共に一つの単語を書く。


【無し】


 そもそも、この進路希望の提出期限は夏までだった。

その時期までに、大抵の生徒は自分の夢を一つに絞って、希望先に合った準備を始める。

大学だったら今まで以上に勉強やら試験やらで忙しくなるだろう。 就職を選んだならば、面接や履歴書で苦戦をするはずだ。

そんな人並みの生活、人並みの選択。 悩んで悩んで、悩み抜いて決める道。

 彼女には最初から存在していなかった。

 わかっていた、解りきっていた。 自分の行き先は、正式に魔法使いになることしかない。

父親も魔法使いで、幼い頃からヴァチカンのことはよく知っていた。 たまたま着いていった父の仕事先で、自分にも魔法の才がある事を知った。 少しやってみよう、そんな軽率な考えで手を出した魔法という道だったが、今はもう後戻りすら出来なくなってしまった。

創造魔法という、類稀な魔法を使えるから。

桁違いの魔力を持っていたから。

そんな理由で、読めもしない魔道書を与えられ。 色の異名を与えられた。

そしてそれと引き換えに、祭星は「人間らしい生活」を奪われてしまった。

 窓の外、コツンという音が聞こえてくる。 祭星が窓を開けると、白いフクロウが一羽舞い降りてきた。 フクロウは咥えていた便箋を祭星に渡すと、そのまま颯爽と去っていってしまう。

「薄々、わかってたよ。 もうそろそろなんだろうなって……」

 宛名は書かれていない。 だが宛先には確かに、金色の紋章が刻まれている。

剣とアイリスの紋章。 世界政府管轄組織ヴァチカンの輝かしい紋章だ。

「ヴァチカンへの正式招待、か……。 私、やっぱり」

 便箋を鞄の中に入れて、表情を変えることなく呟いた。

「普通の女の子に、なりたかったな」



───────────────────────



 朝食を済ませ、祭星は一旦家に帰る事にした。 ヴァチカンからの招待状が届いたということは、悠長に学校に行く暇はない。 きっと今頃、ヴァチカンの魔法使いが学校に連絡を入れて色々手続きをしている事だろう。

ヴァチカンの入隊式は招待状が届いて一週間後に行われる。 急な事ではあるが、準備の資金や入隊後の衣食住は全てヴァチカン側が補償をしてくれる。

とにかく、招待状が届いたということを父親に話さなくてはいけない。

 と、祭星はふと辺りを見渡した。 考え事をしながら歩いていたので、道を間違えてしまっていたようだった。

冬場で人気のない公園だった。 懐かしい、この公園は幼馴染の蓮と昔から遊んでいたお気に入りの場所だった。 今となればもう、一人でいると寂しくなってしまう場所だ。

早く立ち去ろうと、祭星が俯いて歩みを早めた時だった。


「きゃああっ!」


 誰かの悲鳴が突如寒空に響いた。 祭星はハッと顔を上げ、声の元へ走る。

痴漢やひったくりとは違う。 これは完全に。

「魔物の気配だ……!」

 噴水のある広場に出た。 花の咲いていない花壇にうずくまっているのは、自分と同じ学校の制服を着た少女だ。 見覚えがある。

 少女は二の腕を抑えて、痛みに涙をこぼしているようだった。 彼女の目の前には、汚らしい狼のような下級魔物が一体。

 アレは魔傷をうけている。

祭星は瞬時に判断し、まずは魔物をどうにかするより少女を避難させることを優先にしなければいけないことを理解した。

 魔物が唸りながら牙を見せた。 少女は小さく悲鳴をあげる。

「くっ……!」

魔物と少女の間に割って入り、鞄で魔物を力一杯殴り飛ばした。

「さ、杯さん!?」

少女が驚きの声をあげる。 その中には少し安堵も混じっているようだった。

 よく見れば同じクラスの藍沢という少女だった。 祭星は魔物に目を向けて、動かなくなったことを確認すると彼女の二の腕の怪我にハンカチを巻く。

「私のこと怖いかもしれないけれど、今はちょっと我慢してほしいの。 この傷、魔傷だから私が対処しないと色々危なくて。 安全なところに避難を……」

「杯さん! ちがう! あたし、あの変な生き物、二匹見て、だからまだ……!」

 そう言ったのが先か、それとも魔物が飛び出すのが先か、祭星が気配を察知したのが先か。


少女の背後から中級魔物が飛び出してきた。


「危ないっ!!」

 祭星は怪我をしていない方の藍沢の腕を優しく引いて、彼女を抱きしめるように庇った。 頭に鋭い痛みが走る。

「杯さ……っ!」

 恐る恐る祭星を見上げた藍沢は言葉を飲み込んだ。 穢れを知らぬ雪のように真っ白だった祭星の髪に滴るのは鮮血だった。

怖ろしくて声も出せない藍沢を離し、祭星は「ごめんね」と囁く。

虚空から魔道書を生み出した祭星は、スッと手を横にはらって藍沢の周囲に保護結界を展開させた。

「さて……」

 頭から流れる血を気にせず、祭星が立ち上がる。 目の前の魔物を睨んで、足元に魔法陣を刻む。

こんな中級魔物。 なんてことない。

「我 群青のクレアシオン。 今ここに、この名を持って力を解放せん」

 短く唱えると、祭星の頭上には六つの剣が、青い光を帯びて形成された。

「私、ほんと損な役回りだなぁ」

 苦々しく吐き捨てて、頭上の剣を魔物へ降り注いだ。

魔力の帯を空に残しながら、剣は祭星の思い描くように、目にも留まらぬ速さで中級魔物を幾重にも貫いた。

 耳障りな叫び声をあげながら、魔物は灰になって消滅していった。 祭星はそれを見届けて魔道書をフッと消した。

「もう大丈夫」

 藍沢に駆け寄って、結界を解く。 目も合わせずに、彼女の傷口に手をかざす。

すると柔らかい光を放ちながら、みるみるうちに傷が癒えてゆく。 藍沢は驚いた顔をして、祭星を見た。

「ね。 藍沢さん」

 祭星が手を離して、周りを見ながら藍沢へ申し訳なさそうに微笑む。


「怖いでしょ」


 魔傷を受けた人間は、魔物が見えるようになる。 今藍沢の目に、周りにいる魔物は見えているのだ。

「う、ん……」

「見たくないよね」

「だって、こんなの今まで見たことなくて」

「大丈夫、私に任せてね」

 祭星がそう言って藍沢の目の前に手を伸ばし、魔力を込めてゆっくりと優しく手を横に動かした。

カシャン。 と小さく音がした。

 その瞬間、藍沢は驚きの声を上げた。 見えなくなったのだ。 さっきまで見えていた魔物が。

「メガネっていえばいいのかな……。 それ、私がちょっと小細工して、見えなくした。 解けることはないから大丈夫だよ。 安心してね。

 長々とごめんね。 学校まで送って……。 あ、一緒に歩いたら怖い、よね。 ごめん、私はこれで……」

立ち上がって、すぐさま帰ろうとする祭星を、藍沢は呼び止める。

「ま、まって杯さん!」

「……な、なに」

 藍沢は立ち上がると、逃げ気味だった祭星に駆け寄る。 ギョッとした様子の祭星に、藍沢もおずおずと話しかけた。

「一緒に、しばらく歩こう……?」

 予想外の言葉にしばらく声が出なかったが、祭星はぎこちなく頷いた。



 ほぼほぼ会話は無かったのだが、学校の前で立ち往生する祭星を見て、藍沢は尋ねた。

「杯さん学校だよ?」

「あ、っと、私はもう……違うところに行かなくちゃで。 その準備のために学校はもう……」

 目に見えてしょんぼりした藍沢。 祭星はそれを見てなんだか申し訳ない気持ちになった後、なんとか苦し紛れに切り出す。

「あ、あー! 図書室の本、返してなくて、それ返すから……。 明日の朝だったら、ちょこっと、いるかも……」

 すると藍沢は、ぱぁっと花のような笑顔を零す。

可愛らしい。 クラスでも明るく、みんなの中心にいる子だ。

「じゃあ、待ってるね! 絶対だよ!!」

 藍沢はブンブンと手を精一杯振りながら、家の中に入っていった。

「変な人……」

 小さく呟いて、祭星はため息をつく。

だがその口元は、少し微笑んでいた。

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