双星の灯火 1
「さっむーい……! ね、ねえ、黒闇宗の使いはまだ来ないの?」
凍てつくような寒さだった。 ゲートの外、日本の京都は今や氷漬けの一歩手前まで来ていた。 リオンもこの状況にいつになく険しい顔をしつつ、とりあえず避難できる場所へと移動を開始する。
真っ白な世界の中、四人は足を進める。 薄着だったペルセポネは寒さを感じないらしいが、吹雪には少々手間取っていた。
やがて大きな建物を見つけた。 おそらくショッピングモールか何かだったのだろう。 住民達は皆、安全な場所へ保護されているため、中には誰もいなかった。
そのはずだが、蓮は誰かに見られているような気がして、後ろを振り返りながら進んだ。 当然誰もいるはずがなく、その度に首をかしげるだけだ。
すでに店の中にも雪は降り積もり、商品は全て凍りきっていた。 瓦礫が壁となり、雪が地面に積もっていない場所を見つけたリオンは、ここで少し休むことを提案した。
「本当に誰もいないんですね……」
「ああ、早く向こうと連絡を取らないと。 凍え死ぬのはたくさんだ」
リオンは背負っていた鞄から銀色の水筒を取り出してコップに中身を注ぐ。 それを祭星と蓮に手渡し、あたりを見渡す。
「あったかい……。 それに良い香りが」
「ぶどう酒を温めたものだ。 身体が温まるだろう」
ちびりちびりとぶどう酒を飲む祭星。 蓮はぶどう酒に口もつけず、ずっと考え事をしているようだった。 それを気にかけてか、彼の影がぐにゃりと揺れる。
『考え事か、主よ』
「うわっ?!」
急に聞こえた声に驚いた蓮は、弾かれたように立ち上がる。 その反動でコップの中のぶどう酒がはねて、白い手袋を汚した。
「熱っ!」
「だ、大丈夫? いくら寒いからって、直接身体にかけちゃ火傷しちゃうよ」
「違うんだって、零しただけだ!」
蓮は手袋を外し、近くにあった雪を手に押し付けながら自分の影を見る。 すると、影に蒼い小さな光が二つ灯る。
「ゼクトか?」
『ああ。 己は半魔物だ。 不要な時は小僧の影の中に潜んでおこうとおもってな。 それで、考え事か?』
「大したことじゃない。 さっきからずっと誰かに見られてるような気がするんだ」
蓮の言葉に、祭星は首をかしげる。 そして静かに集中し、魔力探知へ専念する。
「ごめん、このハデスの吹雪のせいで上手く探知できなくて……」
「わかってる。 こんな中探知できたらそれこそ化け物だ。 やっぱり俺の勘違い……」
そう言ってぶどう酒を飲もうとした蓮だったが、何かピリッとした気配を感じとる。 そっとコップを床に置いて、歩みを進める。 祭星とリオンもそれを見て同じように進もうとするが、蓮がそれを制した。
愛刀をいつでも抜刀できるように構え、息を白く色づかせながら、そこにいる誰かに届くように声を張る。
「隠れるんならもう少し上手く隠れろ」
蓮のその言葉に、どこからか乾いた拍手が贈られた。 そして吹き抜けになったショッピングモールの2階から、灰色の男が姿を現した。 男は雪の中にも関わらず綺麗に着地をして、分厚いコートのフードをスッと外した。
灰色の髪、緑色のタレ目。 コートの下は着物だ。
「詠斬……」
蓮が刀から手を離さずに、彼を見据えた。 詠斬は蓮に歩み寄り、すぐ目の前へ。
「久しぶり……ってまででもないなぁ。 でもなんや、少し見とらんうちに」
詠斬は蓮を見る。 自分に怯える事もなく、ただ冷徹にまっすぐとこちらを見る瞳。
灰色の男はフッと口元を綻ばせた。 蓮は初めて見るその表情に少し警戒を示した。
「変わったなぁ、蓮。 ええよ、合格や。 俺の気配に気づいたんはお前だけやったけど、お前に免じて残りも合格な」
詠斬が何もない空間をノックするように手を動かす。 すると巨大な扉が現れて、ひとりでに開く。
「改めて。 黒闇宗総帥、遠凱王一彦。 伏見へよぉ来てくれました。 ほな、我らが黒闇宗の屋敷へ行きましょか」
蓮が刀を構えるのをやめた。 警戒気味の祭星とリオンへ目配せをして頷く。
「行こう」
扉を抜けたその先は、温かな屋敷に続いていた。 どこか懐かしくも感じるその場所は、東洋の屋敷のようだった。 廊下の天井は高く、灯籠がふわりと魔法で浮かんでいた。
「ようこそお越しくださいました」
全員が屋敷へ着いたことを確認した詠斬は扉を閉めながら、皆へ声をかける。
「ヴァチカン御一行様」
「その変な言葉遣いやめてくれないか? 寒気がしてたまらない」
蓮がそういうと、詠斬はキョトンとした顔になり、そしてすぐに声を上げて笑った。
「ははは! わかったわかった、そう怒らんといてや蓮。 歓迎してるんはホントやで? 少しでも気持ちを和らげようと思ってな? ほら」
詠斬が指差した先、祭星が顔色を悪くしながら震えていた。 蓮はすぐに駆け寄って、体を支える。
「祭星!」
「ここ、なにかいる……。 すごくこわい、何か……! ま、まって、嫌……!」
蓮は詠斬を睨みつけるように見る。 すると彼は首を振った。
「そこまで反発するんだったらそっちが先やな。 ついてきぃ、黒闇宗がヴァチカンと連絡をとった理由を今から教える」
詠斬は長い廊下を進む。 四人が着いてくるのを確認し、さらに奥へと進んでいく。
蓮は誰にもすれ違わない事に驚きつつも、祭星を抱えながら詠斬へ着いていく。 もしなにか危険があれば、すぐに逃げられるように道を覚えながら。
「ここや」
白い扉。 金の装飾が施された扉が開かれる。 祭星はその扉の前に立った瞬間、ピタリと震えが止まったのを感じた。 以前恐怖はあるが、自分で歩くことができる。
祭星と蓮が部屋の中へ入って行く。 詠斬は続いて入ろうとしたリオンを呼び止めて、真剣な表情で静かに告げる。
「もし何かあったら、すぐにでも祭星を助けてほしい。 この奥にいるアイツが何か、キミはわかるやろう」
「……ああ、わかっている」
真っ白だった。
真っ白な壁、真っ白な床。 真っ白な調度品。
その中にいる、白い検査服を着た、真っ白な青年。
赤い管に繋がれて、ただぼうっと外の景色を眺めている。 その外も今や真っ白だ。
何もかもが真っ白な場所。 祭星はゆっくりと、一歩踏み出した。
靴音が響く。 青年は窓から視線を外し、祭星に向き合う。
長い白髪。 毛先は赤く色づき、古風な髪型だった。 左のもみあげだけが長く、髪は後ろで緩く結んでいる。
赤い赤い瞳が祭星をジッと見つめた。
「やっと」
青年は祭星のすぐ側にやってくる。 身長は高く、祭星より三十センチほど大きい。
「やっと会えた。 祭星」
「あなた、は」
「僕は星夜。 君の感情、記憶、力、全てを共有し、制御する存在。 写し身としてこの世に生み出された。 君と同じように、アナスタシアの手によって」
「わたしと一緒……?」
祭星が驚いた顔をする。 すると、星夜はクスリと笑った。
「同情かい?」
「ッ」
「こんなところにいてかわいそう、いつも何をしているんだろう」
「や、やめて」
祭星の感情、思考を全て把握している星夜は続ける。
「いつからここに? 一人で寂しそう」
「っ、もうやめて!!」
祭星が声を荒げた。 蓮も初めて聞いた彼女の怒号。 祭星は呼吸も整えずに星夜に言う。
「私の、私の何を知っているの!」
「全てだ。 僕はそう創られた。 君がもしアナスタシアに歯向かってしまうと、彼女は目的を果たせない。 だから彼女は僕を創った。 君の感情、思考、魔力、記憶、そして痛覚、全てを一方的に共有する存在。
だから僕は何でも知っている。 君がバケモノと呼ばれいじめられていた小学生の頃も、あの男達に殴られた時の君の気持ちも全て、すべて……」
目を見開き、祭星は思う。
ずっとここに一人だったのだろうか。 こんな真っ白で無機質な場所に、ずっと一人、この日まで。
その思考を読み取った星夜は静かに頷いた。 そして目を細める。
「君はいつだって優しい。 僕がいつからここにいるのかなんて君は知らなくても良いことだ。 でも今、君は僕の事情を知って『ずっと独りぼっちは寂しくて辛いのに』って、そう思ってくれた。 たしかに寂しかったさ。 話し相手は詠斬くらいだった、アイツは胡散臭くて嫌いだったからさ」
星夜がそう笑いながら言うと、詠斬はやれやれと大げさに困ってみせた。
「気が狂いそうな日々だった。 音もない色もない、食事も摂らなくて良い日々。 だけどそんな僕を正気でいさせてくれたのは、君の感情や思考のおかげだ。 狂うのは簡単だ。 タガを外せばいいだけだ。 だけどそうなる前に、僕は一度でも君に会いたかった。 会って話してみたい、頑張ったねと褒めてあげたい。 出来ることならばあの男達を再起不能にしてやりたい。
そう思って必死だった、必死で正気を保った。 君に会うまでは、ってね」
彼は祭星の頭を優しく撫でる。 そして妹をあやすように言うのだ。 「今まで頑張ったね」と。
祭星は思わず俯いた。 自分はさっきまで彼の事を何と思っていた? それだというのに、彼は自分のことを案じてくれていた。
「ごめん、なさい……」
「謝ることはない。 誰だって急にこんなこと言われたら驚くだろうし、信じたくもないはずさ。
それよりも、本当に会えてよかった。 これからは僕も君の力になれる。 これも詠斬が僕を匿ってくれたお陰なんだけどね」
蓮は訝しげに詠斬をにらんだ。 疑っているようだ。
それもそうだろう。 自分を操った張本人、イリスの件もある。 祭星も同じように信じられなさそうに詠斬を見る。
「まあ、キチンと話すんはお茶しながらでどうや? 客人には先にお出しすべきやのに、星夜が舞い上がりすぎて祭星を引っ張ってくるからこうなるんや」
「舞い上がってなどないさ、急いでいただけさ」
星夜は少し頰を膨らませて、拗ねたように言っていた。




