白き古都 4
ゲートの中は真っ暗闇だった。 かろうじて、二メートル先が見える程度。 少し離れてしまえばお互いの姿すら見えなくなってしまうほど。 リオンは二人が自分の後ろにいることを確認し、鞄から麻縄を取り出した。 そして蓮、祭星の腰ベルトに縄を結んでいく。
「これは?」
「はぐれないためだ。 ここから先、ゲート内を進んでいくわけだが足場が非常に不安定だ。 恐らく、この気象現象がなんらかの原因だとは思うが……。
何が起こるか正直私も検討がつかん。 異変を感じ取ったらすぐにこれを引っ張ってくれ」
「わかりました」
リオンを先頭に三人はゲートの中を進んでいく。 足場は魔力で固められているがまるで冬に張る薄氷のように脆い。 後ろを走るのは蓮だが、彼が走った後の足場はパラパラと崩れていっている。
「蓮、大丈夫?」
「ああ、問題ない。 そっちは平気か?」
「うん、大丈夫だよ。 ところでリオンさん、ここってどのくらいの長さが……?」
疑問に思った祭星がリオンに尋ねると、彼は「2キロメートルだ」と答えた。
「結構長いんですね……?」
「ああ。 ゲートを開いた場所同士を結ぶ魔法なんだが、ゲート本体の長さが大体二キロメートルなんだ。 距離はあるがイタリアと日本がこの程度の距離で繋がると思うと、画期的なものだよ」
「確かにそうですね……」
「いまちょうど半分だ。 ゲートを抜け次第、黒闇宗と連絡をとる。 向こうから迎えが来るようだからそれまでは待機だ。
今回の任務内容はこの異常気象を引き起こしたであろう原因を探ること。 発見次第調査及び討伐するようにとのこと。 もう一つは、蓮。 君が満足するまで黒闇宗内部を調査していいらしい」
それを聞いた祭星は目を丸くしたが、後ろを走る蓮はそうは思わなかったらしい。 疑うような表情のまま、なるほどと声を上げる。
「表向きはってことですか?」
「よくわかっているな、そのとおりだ。
君には黒闇宗とヴァチカンの協定を結ぶチャンスを作ってほしいんだ。 黒闇宗側から君と祭星に接触してきたということは、何かしらの興味があるということだ。 祭星を取引の材料に使うのは確かに良い案なんだが……、危険が多すぎる。 もし向こうが何かを企んでいたとして、祭星がそれに引っかかってしまって敵に回ってしまったら、私たちは手の出しようがないからな」
冷静に話を聞いていた蓮。 祭星がちらりと後ろにいる蓮をみるが、その表情は決して怒りを感じている表情ではなかった。 どちらかというと、落ち着いている表情だった。 瞳の色も、怒りのまま魔力にのまれた蒼色ではない。
「俺が選ばれた理由のもう一つは、父さんのことも入っているんでしょう?」
「……そうだ。 あの男の口ぶりから、あの男が君に特別な思い入れを持っていたことは確かだ。 それと、一彦と面識があるということも、そのうちの一つだ」
「わかりました。 どちらにせよ、これでもしその役が祭星だったら、俺が行きますと口答えしていたでしょうし……。 全力を尽くします」
頼むよ。 とリオンが言った時だった。
祭星が急に立ち止まったのだ。それをみて、蓮とリオンも立ち止まる。
祭星はあたりを怯えた様子で見まわす。
「音が、しませんか……? 何かの気配も」
「音……? いったいどんな」
次の瞬間、遠くから破裂音が聞こえてきた。 それはこちらに近づいてくる。
「ッ!」
祭星が表情を恐怖に歪めた。 そして腰からエスペランサを取り出して保護魔法を展開させた。 その保護魔法をかき消すように破裂音が目の前から響き、金属と金属をこすり合わせたような耳障りな音も響いてくる。
「う、っそ……! 押されて、る……!」
「祭星!」
リオンは祭星に遅れて、その気配に気づいたのか、懐からキラキラと輝く粉を取り出した。 そしてそれを目の前に振りまく。 銀色に鈍く光る粉は夜空に浮かぶ星のようで、祭星はそれが輝くのをみて目を見開いた。 光を乱反射し、その筋は目の前にいるなにかを映し出す。
その姿は儚げな女性。 ぞっとするほど美しい姿は、人間離れしたものだ。 女性は粉を鬱陶しそうに払いのけ、三人と距離をとるように飛び退く。
そして品定めをするかのように祭星を見て、フフフと笑う。
「あのアルトストーリアを扱える人間もどきがいると聞いたから飛んできたのに……。
そんなのだったら、わたくしがここまで来た意味がないでしょう?」
穏やかな声は、透き通るようにゲートに響く。 リオンはその女性を見て、驚いたように表情を変えて掠れた声で女性の名を呼ぶ。
「ペルセポネ!?」
「ええ、そうよ。 フフフ、お久しぶりね坊や。 ちゃぁんと魔法は扱えるようになった?
またこわい魔物にいじめられて泣いちゃっているのではないでしょうね?」
「ち、違う! 私はもういい大人だ! と、というか! 部下がいる前でそんな昔の恥ずかしい話を……!」
珍しく慌てているリオン。 祭星と蓮は顔を合わせ、首をかしげている。ペルセポネと呼ばれた女性は二人を見てくすくす笑って、祭星の頭を撫でる。
「わたくしはペルセポネ。 ハデスの妻よ。 一応ね。 こちらの坊やとは昔からの友達なの。 この坊やがまだヴァチカンに所属してすぐのころ、とんだ劣等生だったのをわたくしがなおして差し上げたの。 フフフ、懐かしいわねえ」
艶やかな髪は少しウェーブがかかっていて、周りには蝶が舞っている。
ペルセポネはヴァチカンで春の女神と言われている。 気品もオーラも十分と言ったところだ。
「あー。 祭星、蓮、説明しておくが彼女は私の守護神のようなものだ。 一応な。
彼女は幽郭の庭に住んでいてな、多分君たち二人をずっと試したかったんだよ。 そうなんだろう?」
「フフフ、さすがね、よくわかってるじゃない?
それに、わたくしもいつまでも庭で眠りこけているわけにはいかないわ。 あのハデスがあんなことに巻き込まれているのなら、わたくしも動かないわけにはいかないでしょうからね……。 それにしても、どこの誰がハデスを暴走なんてさせたものかしら」
ペルセポネの言葉を聞いて、蓮は首を傾げた。 てっきりハデスは自分の意思でこの現象を起こしているのだろうと思っていたからだ。
「ハデスは暴走しているのか?」
ペルセポネは真剣な表情で頷いた。 そして前に進むことを提案し、先に進みながら話を三人へ説明する。
「ハデスはね、温厚な性格なの。 わたくしのことをきちんと愛してくれて、浮気なんかしたことなかったわ。 わたくしはそんなに好きではないのだけれど、ひどいことはしないから一緒にいてもいいと思えた。 だからずっと一緒にいたの。 何百年、何千年もね。
だからこそわかるの。 彼はこんなことする人じゃない。 感じ取れる気配もいつもとは違う。 無理やり暴走させられているの、そうに違いないわ……」
ペルセポネはそう言ったあと、下を向いて小さくつぶやく。 「そう信じたいの」と。
祭星はペルセポネをみて、その気持ちに偽りがないことを感じ取った。 同時に、もし自分にも同じようなことが。 蓮がハデスと同じように暴走してしまったらと考える。
自分もまたペルセポネとおなじように、蓮を助けるために動くだろう。 それこそほかの何かを放り出してでも、彼を救おう、助けようともうはずだ。
「ペルセポネさん。 私たち任務でこの現象を止めるために動いているんです。
貴女はさっき、私の力をみて『こんなもの』といいましたよね。 私の今の力じゃ、ハデスを止めることはできないんでしょうか」
「……、不可能というわけではないわ。 でもそれをこなすためには、貴女は選ばなければいけないわよ。
世界を救うために自分を犠牲にするのか、それとも自分と大切な人のために世界を犠牲にするのか。 いい? 貴女はまだ不完全なの。 貴女はいうなれば強大な魔力の塊よ。 それを制御する人もいない、支えてくれる人は覚醒していないわ。今のままであなた一人が頑張っても、貴女が崩れるか、世界が崩れるか。 どちらかよ」
ペルセポネはそういうと、蓮をみてもう一度口を開く。
「だから貴方たちが今すべきことは、力を合わせて更なる強みを引き出すことよ。 こんな老いぼれ男の逆鱗なんて、しばらくはわたくしや大人たちにまかせておきなさいな。 まだ子供の貴方たちが無理に体を張るなんて許さないわよ。 先のアナスタシアとの戦いをわたくしも見ていたけれど、もう一度あんな戦いをわたくしの前でしてごらんなさい?
絶対に許さないわ、夕ご飯に嫌いな食べ物出してあげるわよ」
まるで子供をあやすような口調だった。 リオンは先頭を走りながら笑いを堪えきれずに声を上げて笑い始めた。 それに対してペルセポネが不服そうだったが、あえてなにも言い返していなかった。
蓮も祭星も、すこし気持ちが急いでいたことを、ペルセポネに言われて気が付いたようだ。 そのことを教えてくれた彼女に、感謝の言葉を伝えると「別にいいのよ」と照れ臭そうに返ってきた。
次第に前が白んできた。 出口が近いようだった。 ペルセポネとリオンが表情を引き締める。 ここから先は京の都、伏見だ。
氷に包まれているだろう伏見の世界。 たとえどんな世界が待ち受けていようとも、立ち止まることはできないのだ。




