最終話 〜脈動する世界〜
その様子を廊下からちょうど見ていた祭星が、訝しげな顔をしていた。 蓮もつられて足を止める。
「どうかしたのか」
「なんか……リャウレンさんがため息をついた後に、ユエさんもため息ついてた」
つかれているのかな。 と祭星が首を傾げながら先へ進む。 今は技術開発塔につながる連絡通路に向かっている途中だった。 藍沢から誘いがかかったのと、久しぶりにゼクトに会いに行きたいという祭星の提案からだった。
「いや〜、最近は任務も多くて大変だね。 これからずっとこんな感じなのかなあ」
「どうだろうな? いまは研修期間ってのもあるだろ。 あと1ヶ月もしたら研修期間も終わるし、それからはすこしは休暇も増えるんじゃないのか?」
研修期間に入ってからというものの、休みは週に1回あるかないかだ。 睡眠時間もせいぜい6時間程度。 ヴァチカンは人手不足と言っていたのだが、それは本当のことらしい。 早く一人前の魔法使いを育てるためにも、急ピッチだが、丁寧でわかりやすい研修なのだが……流石にもう少し休みが欲しいと思ってしまう。
いまこうして技術開発塔に行くことができているのは、今日はリオンが会議で午後の研修が実施できないためだ。 どうせ明日は1日中研修になる。 だったら今のうちにやりたいことをすませておいたほうがいいだろうという、蓮の提案に、部隊の全員が賛同した。
「レイは買い物に行ったんだっけ。 ジョシュアは久しぶりに武器の解体かあ」
「だな。 レイになにか頼んだりしたのか?」
「うん。 私は手帳とか飴玉とか……。 蓮は楽譜頼んでたよね? なんの楽譜なの?」
内緒。 と蓮がはぐらかした。 祭星はふぅん。とそれ以上聞くのはやめておいた。 誰にだって知られたくないことはあるだろう。
最近、蓮はピアノを弾き始めたらしい。 先日の休暇の時はリオンとジョシュアに聴かせたらしく、2人とも興奮の熱が冷めきってないままこちらに感想を喋ってきて、正直引いた。
まあ、それほどまでに素晴らしい演奏だったらしいのだが、そうやって感想を言われてしまうと自分も聴きたくなってしまう。 なぜか蓮は頑なに祭星にピアノを聴かせようとしないし、話題に出すとすぐ別の話をする。 そんなに聴いて欲しくないのだろうか。 そこはちょっと悲しい。
こっそり彼の部屋の前に張り付いておけばすこし音が聞こえるかもしれないとおもったのだが、どうやら周りにサイレンスの魔法をかけているらしく物音すら聞こえなかった。 そこまでして聴かれたくないのだろうか。 音漏れまで配慮しているとなると用意周到すぎて逆に称賛すら感じるのだが。
なんて考えていると、技術開発塔についた。 朱塗りの扉の前で立ち止まり、蓮に声をかける。
「じゃあ私はゼクトさんとお話ししてくるね」
「おう、俺は先に藍沢を探しておく」
文緒からもらった鍵をつかって扉をあけて、中に入る。 電気をつけると、装置につながれたままのゼクトが、天井を見上げていた。 てっきり起動はしていないだろうと思っていた祭星は変な声をあげた。 それを聞いて、ゼクトは祭星のいる方向をみる。
『貴様……、祭星か』
名前を覚えられていたらしい。 祭星はまたよくわからない声を上げると、ゆっくり彼に近づいて。
「な、なんか前より大きくなってませんか?」
3mは超えているだろうその体を見上げる。 ゼクトはふむと首を傾げて、頷く。
『文緒が調整は終わったと言っていた。 そのせいだろうな。 だが、確かにこの大きさでは会話もままならんな』
ということは本当はこのサイズだったというのか。 口をぽかんと開けたままの祭星の横に座り、ゼクトは祭星とほぼ目線が一緒になった。 赤い機械的な光が祭星を捉える。
『で、なぜここに来た』
「えっと、最近会えてなかったので……。 文緒さんも、好きな時に会いに来てあげてほしいって言ってあったのでつい」
ふとおもうと、そういえば文緒が見当たらない。 鍵が掛かっていたことも考えると、いまは違う仕事にでも集中しているのだろうか。 すると目線が泳いでいたのがバレたのだろうか。 ゼクトが『文緒のことだろう』と尋ねる。
「あ、顔に出ていましたか……?」
そう聞かれたゼクトは何も言わずに頷いた。 祭星は照れたように顔を伏せる。
『あいつはいま違うZEXTの調整に行っているか……、それか取り調べだろう。 一応、あれでもここの次席を追われかけている身だ』
「……えっ?」
驚いた顔をする祭星に、ゼクトが感情のこもっていない機械の声で語り始める。
以前、自分が起動をした時に暴走してしまったことと、その際に文緒の瞳に造魔液をかけてしまったこと。 そして製造中だったZEXTの計画を廃案にせず、そのまま続けた結果、文緒が上層部の圧力により次席から追い出されそうなことを。
今は技術開発塔の局長である、ユラ・ローリスのお陰でなんとか次席のままでここに所属しているものの、
もしゼクトの運用が失敗に終わってしまったら。 それは間違いなく、文緒は完全に次席を下りることになるだろう。 実際、技術開発局の上層部は、ヴァチカン本部の上層部とは違ったメンバーだ。 彼らを説得するのはさすがの局長であるユラでも、そんなに簡単ではないらしい。
「絶対そんなことさせません! 文緒さんを追い出させないためにも、ゼクトさんが優秀だということを知らしめてやりましょう!」
ゼクトの手を握りしめて、祭星は言った。ゼクトは目の光を点滅させて、戸惑っているようだった。 そんな時、壁をコンコンとノックして蓮と藍沢が入ってくる。 祭星は2人をみてパッとゼクトの手を離した。
「ご、ごめんなさい。 急に手握ってしまって……」
『いや、気にするな。 ……で、一体何のようだ』
ゼクトは蓮と藍沢を見た。 藍沢は言葉を少し詰まらせたが、祭星に可愛らしいイヤリングを差し出す。 青い星のようなクリスタルが付いているイヤリング。 祭星はそれを受けとって目を輝かせて眺める。 藍沢をみると、少し照れ臭そうな顔をしていた。 その指先には火傷のような跡があり、所々絆創膏が貼ってある。
「マギアクラフターになれたのは良かったんだけれど、すごく難しくって……。 やっと綺麗に作ることができたの。 祭星、前イヤリング落としちゃったって言ってたでしょ? 最初に、綺麗にできたものは祭星と白石くんに渡したいって思ってたから」
蓮も全く同じデザインのピアスをつけていた。つまりこれは藍沢の作った、初めての魔法道具ということだ。 それを自分に渡してくれたのが、祭星はとても嬉しかった。 イヤリングを耳につけて、胸ポケットに入れてあった鏡を見て満足そうに笑う。 光が当たるたびにキラキラ輝いていて、とても綺麗だ。
藍沢が言うには、魔力を使うとクリスタルの部分がその魔法使いの魔力の色に染まって、力を調整してくれるものらしい。 魔力を込めすぎた時や、足りない時などに発動してくれる。 さらには威力を高めてくれる効果も得られると言う。
蓮は素直に「初心者でそこまですごいのが作れるのは才能がある証拠だろう」と珍しく他人を褒めていた。
ゼクトは祭星の耳元で輝くイヤリングを興味深そうに見ていた。 恐らく見るのが初めてなのだろう。 ゼクトの物珍しそうな視線に気づいた祭星が、首をかしげる。
「ゼクトさん、これ見るの初めてなんですか?」
『ああ。 なぜ輝いているんだ? どうしてお前が動くたびに揺れている? そもそもすこし魔力を宿しているように思えるがどう言う原理だ? なぜ耳につけるのだ?』
ゼクトが祭星のイヤリングに手を伸ばして、指先が少し触れた。 そのとき、クリスタルの部分が反応を示す。 鈴の音のような音が響いて、クリスタルがより一層激しく輝く。 ゼクトの体にも異変が起きていて、体から放っていた赤い光が徐々に青に変わっていくのだ。
「こ、これ……!!」
『っ、文緒を呼べ。 今すぐだ! 小僧! 早くしてくれ、間に合わなくなる! これを記録しておかねば、アイツの努力が無駄になるッ!』
蓮が一瞬で文緒の微かな魔力を補足してこちらへ引き寄せる。やはり尋問中だったのだろう。 しっかりと隊服を着ている文緒がその場にどしゃりと転げ落ちた。
「ってめぇいい度胸してんなァ……??」
「次席! 後ろ、後ろを!」
藍沢が文緒を無理やりゼクトの方へ向かせる。 ゼクトを見た瞬間、文緒は手にしていた書類諸々をバサリと落として、そして一瞬のうちに全てを理解して部屋の全ての監視カメラを起動させた。 幸いまだゼクトの変化はとまっておらず、その全てとは言えないものの、記録に残すことができた。 変わりゆくゼクトを見て惚けながら、文緒は仮説を立てる。
「ここみ、あれはお前の作った魔法道具だな。 多分あれと祭星の魔力が合わさって、ゼクトの暴走した魔力を沈静化したんだ……。 きっとお前の魔力伝導率が高いからこそ成せる技術だ……! すごいぞこれは!」
興奮を抑えきれていない文緒がそう言いながら、涙を流す。 これで、上層部にこの記録を差し出せば完全に何も言ってこなくなるだろう。 それともう1つ。
やっと、この我が子のように大事にしてきたZEXTが、旅立てる。
光が完全に消え失せた。 青と白の機体に変わってしまったゼクトをみて、文緒はまた涙を流した。 止まることのない涙を拭おうとせず、ゼクトの体を優しく叩いた。
「よかったな、頑張ったな……」
『文緒……』
ゼクトが文緒の肩を抱く。 まるで母親をなだめるようなその姿に、祭星はゆっくりと離れて、蓮と藍沢の隣に並んだ。 3人は顔を合わせて、にっこりと笑った。
しばらくして落ち着いた文緒の元に大量の電話がかかってきていた。 尋問中に抜け出してきてしまったことについてカンカンになった上層部からだったのだが、文緒は澄まし顔で記録を持っていくようだった。 ゼクトも一緒だ。 それにつられるように、3人も部屋から出ることになった。
文緒とゼクトと別れを告げて、3人はなんとなく廊下を歩く。 しばらくして、藍沢は立ち止まり、ポツリと呟いた。
「わたしね、人生って何が起こるかわからないんだなって最近思ったんだ。 わたし、祭星とは絶対仲良くできないだろうなって思ってたし、白石くんの噂を聞くたびに関わり合いになりたくないなあって思ってたの。 でも今は、こうやって友達になれて、同じ時間に、同じ廊下を一緒に歩いてる。 理解できないだろうなあっておもってた魔法の事も、全部理解できて、わたしも魔法使いと一緒に働いてる。
これって本当にすごい事だなぁって思うの」
藍沢が腕時計を確認する。 そろそろ持ち場に戻らないといけない時間らしい。
「祭星、今度祭星の部屋に泊まりにきてもいい?」
「うん、おいでよ! 蓮も一緒にお話ししようね」
藍沢は嬉しそうに笑って、元きた道を駆けていった。 祭星と蓮はそれを見送って、ヴァチカンの白亜の塔へ戻って行く。
明日からはまた研修の日々だろう。 そんなことを憂鬱に思いながら、祭星は窓の外の空を見上げる。 美しい夕焼け。 いつもと変わらない空。 それをみて、祭星はなんとなく思った。
この美しい空を持つ世界を、守っていこうと──。
黄昏時の街中で、小さな本屋に立ち寄ったレイは辺りを警戒したように見渡した。 そして誰にも見られていないことを確認すると、店主に小さく伝える。
「レイ・アルバードですわ。 総帥に御目通り願いたいのだけれど」
白ひげを生やした店主はなめ回すようにレイを見て、ニヤリと笑う。
「……お嬢さんよぉ、名前は確かに合っているが本当に本人かい? 証を見せてもらわねぇと」
「……めんどくさいクソジジイが、このオレにそれを言うのかい……?」
深くため息をわざとらしくついて、胸ポケットから不可思議な形をした髪飾りを見せる。 白ひげの店主はケケケッとわらって、カウンターの奥にレイを進めた。 奥に続く扉を開くと、甘ったるい香りがして少し噎せてしまいそうだった。 暗がりを慣れたように進んで、天蓋付きの寝台にたどり着く。
薄いヴェールの奥、気だるそうに起き上がった人物にレイは静かにひざまづいた。
「お加減はいかがでしょうか?」
ヴァチカンでは決して聞かせない声色。 かぶっていた仮面をはいだように、本当の彼女が姿を現していた。
「我らがカリオストロ総帥」
「レイですか……。 ヴァチカンへ潜入調査しているらしいですね、首尾はどうでしょうか?」
一糸まとわぬ姿で現れたのは小さな少女。 金髪の長くふんわりとした髪が美しい。
「全員平和ボケしてる連中で騙しやすいから特に困ったことはないといったところだな。 というよりカリオストロ、ちゃんと服を着て寝てくれないか?」
「いいの……。 見る人なんてレイしかいないわ……。 それで、目標は見つかったの?」
レイが頷く。 カリオストロとよばれた少女は満足そうに微笑んだ。 レイに歩み寄り、彼女の頭を撫でる。
「偉いわレイ。 わたしがいい子いい子してあげますね」
「やめてくれ。 髪が乱れる。 この後すぐにヴァチカンに戻るんだぜ?」
少女はしょんぼりした様子で寝台に戻った。 そして潤んだ目でレイを見つめる。 が、レイは首を振った。 少女はその動作を見てショックを受けたように泣き始めてしまった。
「あー泣くなよ。 この声久しぶりすぎて上手く出せるかワカンねぇんだから。
次来るときはちゃんと一緒にあのエトワールも連れてきてやるから」
踵を返して、レイがひらひらと手を振った。 カリオストロはムーッとした顔のまま寝台に体を投げ出して、また再び眠りについた。
黄昏時の帰り道、レイは様々なことを考えながらヴァチカンを目指す。 頼まれたものは全て買った。 そして、会うべき人間にも会えた。 ヴァチカンに戻り、一番にすべきことは……。
スマホを開く。 するとそこにはエルドリッジからの通知が来ていた。
そうだ、一番にすべきことは上司のエルドリッジに状況の報告をすることだ。 全てを事細かに。 今までのことも全てさらけ出さなければ。
レイはしっかりとした足取りのまま、ヴァチカンへと急ぐ。
レイ・アルバード。 彼女はヴァチカンの暗殺部隊に所属する魔法使い。 そして、ヴァチカンに隠されたもう1つの組織。 諜報部の一員。 そう、彼女はスパイとしての顔を持つ魔法使い。 二重スパイとして活動をする女性。 だが彼女はヴァチカン側のスパイではなく、敵対組織のスパイだった。
エルドリッジが、クラウンとともに10日前、自分を呼び出した時には少しヒヤッとした。 バレてしまったのだと思った。 まあ案の定バレてしまっていたのだが、あの2人はこう持ちかけて来たのだ。
「お前の所属する敵対組織、アンチュリエの情報を渡してもらう代わりに、こちらの情報も渡そう。 断った場合は……わかるだろう?」
単なる脅しではないだろう。 あの聖騎士ならば、完全に自分を殺しに来るはずだ。 命が惜しい形で、その話をのんでしまった。 こうしてレイは、いま二重スパイとして活動している。
あの部隊の3人のことを、何も思っていないわけではない。むしろ、すきだ。命を張ってまでして、祭星を助けたいと思ったくらい。でもそれだ、だからこそ、この二重スパイが彼女にとってくるしいものとなってしまった。
あの組織は、アンチュリエは必ず。 祭星を、エトワールを奪いに来る。 自分に依頼された任務が、その内容だったからだ。 だが祭星とともにいるたびに、あの少女に対して情が移ってしまった。
スパイとして失格だと、レイは自嘲めいた笑みを零す。
自分が選ぶべきはどちらだろうか? アンチュリエのカリオストロ? それともヴァチカンの祭星?
わからない。 誰か教えてほしい。
レイは笑いながら涙を流す。
彼女はまだ知らなかった。 このアンチュリエという組織が、天界と魔界をも巻き込んで、この世界を混沌の渦に陥れようとしていることを。
それを引き起こす代償に、彼女の仲間が傷つくことになってしまうのを──。
こちらで第1章完結になります。 ここまで読んでくださった方、ありがとうございました!
2章は年明けの連載を予定しています。




