バケモノの少女 3
遡ること、ほんの二時間ほど前だ。
檀家へ配る札を製作していた劉の元へ、一人の男が現れた。 赤く長い髪を靡かせ、ゾッとするほど綺麗な顔立ちの男。
劉にとっては、古くからの友人であり戦友だ。 ずっとずっと昔から……それこそ、三百年付き合いのある人間だ。
だが、劉はそんな友人に刃を向けた。 黒い短刀を威嚇するように突きつけて、ゆっくりと立ち上がる。 男はふふっと笑って、両手をあげる。
「大丈夫さ、今日は自由に動ける日だ」
「……なんじゃ、急に驚かせないでくれ!」
男の言葉に緊張が解けたのか、劉は安堵のため息を吐いた。 短刀を鞘に納めて、もう一度ドッサリと畳の上へ胡座をかいた。
「我はてっきり、あの日の仕返しに来たのだと思ったぞ、アナスタシア」
「やめてくれ、今の私はクラウンだ。 やっとの思いでアナスタシアと入れ替わったんだ。 あんまり意識を刺激しないでくれよ」
クラウンは困ったように笑うと、彼の正面に腰を下ろした。
「しかし、ヴァチカンの聖騎士であるお前でも、アナスタシアを追い出すことは出来ないのか?」
「……勇気がないんだ。 追い出すことはできるだろう、けれどそれは……。 私はそれをしてしまえば、アナスタシアを二度殺すことになる」
アナスタシア。
実の名を、アナスタシア・アドルフ・デイビット。 クラウンの妹だった。 彼女もヴァチカンで活躍する魔法使いで、頼れる存在だった。
百年ほど前、彼女が死ぬまでは。
死を経験し、死を恐れた彼女は永遠に続く命を求めた。 そうしてアナスタシアは、力を持つ兄の身体を乗っ取り、非道な実験を繰り返していた。
「彼女が死に怯え、永遠の命を求めたのは私のせいだ……。 私が彼女の気持ちを理解できなかったから」
「そうやって過ぎたことを何度も考えるのはよせ。 悔やんだからといって何が変わるわけでもないだろう」
「そうかもしれないが……!」
「お前がここに来た理由はなんだ? 可愛い妹の精神支配を追い出すことは出来ないのに、一日だけ入れ替わって我の元へ来たのは何故だ? 過去の自分の懺悔か? 愚痴か? 我はそんな面倒なこと聞いてやるほど時間が残っているわけではないぞ」
劉の言葉に、クラウンは苦い顔をした。 出かかった言葉を飲み込んで、一度深呼吸をする。 そして絞り出すような声で本題へ入るのだった。
「あの子が、もうすぐヴァチカンに正式加入するだろう。 招待状が届くころだ」
「……祭星か。 もうそんなに経ったか」
何百年も生きているが、子の成長は早いものだ。 と劉は懐かしい思い出を振り返るように囁いた。
「私は、あの子は戦いの渦に巻き込まれてほしくない。 ただの人間として生きて欲しい。 だが、それは絶対に無理なことだ。 だから、助けてあげてほしいんだ。 きっとあの子は辛い目に合うし、アナスタシアのことだからどんな手でも使うだろう。 一度引き離したあの子を、なんとしてでも奪う。 そう言ってるんだ」
「無論、助けるつもりだ。 お前の子供達や嶺二と共に、祭星を保護したあの時から、我はあの子の事を想わなかったのは片時もない。 我に限られた時間は少ないが、命の許す限りあの子を助ける。 それはきっと、この秘密を知る魔法使いならば皆が思う事だ。
クラウン、お前はもうすこし周りを頼れ。 自分の実力を買い被りすぎだ」
劉は扇子でコツンとクラウンの頭を小突いた。
「さて……。 久方ぶりに会ったからな。 少しは付き合え」
そして何処からか取り出した酒瓶を揺らして、クラウンへ笑いかける。 クラウンはそれを見て困ったように微笑むと、言われた通りに頷くのであった。






