バケモノの少女 2
雪の中を一人歩きながら帰る祭星は、バス停に見覚えのある姿があるのを見つけた。
美しい真っ黒の髪で、深緑色の憂いを帯びた瞳をしている同い年の少女。
彼女は祭星に気づくと、パァっと明るい表情になり、駆け寄ってくる。
「おかえり! 学校まで迎えに行けなくてごめんね」
彼女はそう言いながら手にしていた赤い番傘を開き、祭星へ手渡した。
祭星はそれを受けとり、にっこりとほほ笑む。
「ありがとう、マコト。 わざわざ迎えに来てくれなくてもよかったのに。 さむかったでしょ?」
「すごい降ってたから、ちょっと心配になってさ。 劉様も心配そうにしてたから、風邪ひいたら大変だし。
夕餉の支度はもうできてるから大丈夫だよ、屋敷に戻ったらさきにお風呂入っちゃってね」
少女の名はマコト。 祭星の幼馴染の一人であり、唯一の友達である。
祭星の父は海外出張が多いため、家を留守にすることが多く、マコトもとい。劉の屋敷に世話になることが多い。
劉は祭星とおなじように、魔力を持つ人間で、そして祭星の父もまた魔力を持つ人間だ。
一般的に魔力保持者と呼ばれている。
劉も父も、魔力を使い悪魔と戦うことを生業としている。 そのつながりもあってか、劉に世話になっているのだ。
マコトは劉の屋敷で世話係をやっているが、それと同時に彼の手伝いをする巫女である。
劉は力が膨大で、魔法を使う度に、それを周りへ影響させないように調節する役目が必要となる。 それを担っているのがマコトということだ。
「もーほら、雪が少し積もってるでしょ! 電話してくれたら車で迎えに行ったのに!」
「ご、ごめん……」
「大体、祭星はいつも『大丈夫だー』っていうでしょ! 全然大丈夫じゃないでしょ! 遠慮しないでよ!」
「遠慮してるわけじゃなくて……」
「迷惑でも何でもないんだからね! 祭星はもうちょっと迷惑かけるほうがいいんだから、私はあんたのところの生徒とはちがう! うわべだけのあいつとは全然違うんだから」
マコトはそういいながら、祭星を小突いた。
「やっぱり私も高校に行っておくんだった。 劉様がいるから大丈夫だと思ってたけど、あんたに悪い虫がつかないか監視しておくべきだったし」
「悪い虫なんて……、つくわけないよ~」
「バカ!! あんたは何にもわかってない!! 」
マコトがすごい勢いでまくしたてる。
「そのきれいな真っ白の髪も、吸い込まれそうな蒼の瞳も、十分可愛いわよ! 誇っていいものなのよ!!
でもそれを、ほかの人とは違う力を持っている、ってだけで見ようともしない奴らがいるからよ!
あんたがなにかひどいことをあいつらにしたの?! それとも学校で大暴れした? 力を使い損ねて、校舎を壊したりした? してないでしょ!
あんたはなんにもわるくないのに、悪者に仕立て上げられているのよ。
私はそれを知ってる。 あんたは誰よりも優しい子なのに……」
「もういいよ、大丈夫だよマコト。 マコトがそう思ってくれてるだけで私はうれしいよ。 別にどんなふうに思われてても私はわたしだもの。 何とも思ってないの」
祭星はマコトの手を握る。 そして柔らかく笑った。マコトはそれをみて、ため息を吐いた。
「強がりねほんと……」
流石。
マコトはすぐに祭星の気持ちを理解してくれる。 観察力が鋭いというか、これも誰かに付き従っているからなのだろうか?
祭星はクスリと笑う。
「うん、そうかもしれないけど……。 思いこまなきゃ」
「辛くなったら、いつでも言って。 あなたのためだったら私なんだってできる。 それが蓮との約束だもの」
「……」
蓮。その名前を聞いて、祭星は遠くを見つめる。
「そう、だね」
曖昧に呟いて、祭星は少し歩みを速めた。
雪が一層激しく降り始めた。 二人はようやく屋敷に着き、庭園を速足で通り過ぎた。
屋根のついた玄関へたどり着き、番傘を畳む。
足元に落ちる薄く積もった雪を払いのけ、引き戸を開ける。
「ただいま~。 あ~寒い……」
「お風呂すぐ用意するから、先に鞄とか部屋に持って行って」
「わかった」
廊下はさすがに寒い。 早いこと居間へ行こうとした祭星は、廊下の窓から、反対側にある劉の書斎に灯りがともっているのをみつけた。 客人だろうか?劉に挨拶もしておきたい。
少し顔を出しておいたほうがいいだろうか、だが客人がいるのなら邪魔になってしまうかもしれない。
そう考えていたが、それはすぐに解決した。 廊下の角から劉の声が近づいてくる。
それと一緒に、聞いたことのない声も。
「……では今日話した通りにしておいてくれ。 劉、次は良い酒でも準備してくるよ」
「承った。 ま、次は連絡くらい先に寄越して来い。 突然の訪問で茶の一つもだせんかったぞ」
「ははは、私も偶然日本に来る予定ができただけだからな。 嶺ニと会えなかったのは残念だったが」
声の持ち主が祭星に気づいた。 祭星も客人をしっかりと目で捉えた。赤く長い美しい髪、ヴァチカン本部の人間なのだろう、黄色いマントを羽織った男の肩には肩章が覗いている。 深い紫色の瞳には祭星が映っていた。
「ああ……」
男の口から声が零れる。 そしてどこか懐かしいような笑みと、少し寂しそうな表情を浮かべて、祭星に浅く頭を下げる。
「君は祭星、だね。 杯 祭星」
「えっと、どうして」
「私は君にずっと会いたかったから。ああ、やっと会えたこの日を何十年待ち続けたことか……」
美しい男性は、祭星へ近づき、優しく抱きしめた。
「あ、あの、えっと……!!」
「まだ理由を話すことができない、またお前を苦しませて、辛い思いをさせてしまうだろう。 それは今よりもずっと辛いことだ。 ごめんよ……、私はまだ、お前を助けることができない。でも、これだけは覚えていてくれ。
いつかお前は真実を知らなければならない。 遅かれ早かれ、お前はその真実に絶望するだろう。 だけど受け入れなければいけない、その時私は、お前のそばにいて、お前を必ず支えると誓おう。
……ヴァチカンの聖騎士、クラウン・アドルフ・デイビットが、必ず」
なぜだろうか。 彼の温もりがひどく懐かしい。初めて会うはずなのに、どうしてだろうか。
クラウンは祭星を離すと、また一言付け加える。
「これはお前の……、いややめておこう。 でも覚えていてくれ。
今の言葉はほかでもない、私自身。 クラウンの言葉だ」
「……わかりました」
「ん。 いい子だ」
クラウンが祭星の頭を優しく撫でた。
「おい、我を置いてけぼりにして二人の世界にはいるな」
クラウンの頭を劉がバシッと引っぱたく。 クラウンはその頭をさすりながら笑う。
「すまんすまん。 いやぁ会えるとは思ってなかったからさ。
ヴァチカン本部じゃ君の噂で持ち切りなんだよ。 なんせ百年空白の席だった群青の名前をもらったんだぞ? 『群青のクレアシオン』さん」
「まあ確かに八つしかない名前の一つを最年少で授かった本人だが」
そんな中、風呂の用意を済ませたマコトが祭星の後ろからひょっこり現れる。
「色? 何の話です?」
「おお、マコトか。 色というのはヴァチカンに所属する魔法使い、その中でも唯一無二の力を持つ者たちに与えられる名前だ。
祭星は類稀なる力と創造魔法の使い手として群青の名を授かったというわけだ」
「クレアシオン、は創造主の意味だから、それを合わせて『群青のクレアシオン』っていうことだよ、マコト」
マコトはヴァチカンの制度のことをよく知らない。 時々こうやって祭星と劉が教えることが多い。
「はいはい! じゃあずーっと気になってたんだけど、魔法と魔術の違いは? 魔法使いと魔術師がいるのはどうして?」
すると、その場にいたマコトを除く3人が嫌そうな顔をした。 というより怒ったような顔だ。
「え、なにその顔は」
「みんな魔術師にいい思い出がないというか……」
祭星がそういうと、クラウンが付け足す。
「魔術師は魔法使いの敵だからね。 基本的にわかりやすく言うと、魔法使いというのは妖精や大気中の魔力を分けてもらう。 そして自分の魔力と合わせる。 そうやって生み出されるのが魔法だ。
しかし魔術は違う。 魔術は命を使うんだ、魔術を使うのは魔力を持たないただの人間。 非魔力保持者だ。 ここまではいいかい?」
マコトはコクリと頷いた。
「非魔力保持者は魔物を見ることができない。 だが一つだけ、魔物が見れるような体になれる方法がある。 それは魔傷をうけること。 そうすることで魔物を自分の目で見ることができる。 しかし魔力が宿ったというわけではない。
そこで奴らは精霊や龍、生命を持つ植物の命を奪い、その奪った魔力を使う、それが魔術であり、魔術師だ。
奴らはある意味魔物よりも最低だ。 魔物は使い魔になることもあるが、魔術師はそれがない上に、そんじょそこらの下級魔物よりめんどくさい、なんせ意思があるからな」
「それに魔術師は曲りなりとも人間というわけだ。 我らも人間を殺すのには気が引ける。 できる限り見逃してはおるが、まあ、とりわけやばい奴らは何人か殺しておるの」
マコトがちらりと祭星を見る。 それに気が付いた祭星は苦笑いをする。
「私はまだ魔術師さんにはであったことないよ。 そういうのは本部の暗殺部隊の人がやることだからこれからもないとおもうけど」
「そっか……!」
マコトはほっとした様子だった。
「あ、ねえ。 だったらもう一つ聞きたいんだけど、悪魔と魔物の違いは? 単純に言い方が違うだけなの?」
続きで質問をしたマコトに、クラウンが頷く。
「言い方が違うだけだな。 悪魔も魔物も同じものだよ」
「そうなんだ。 あー! なんか疑問が晴れてスッキリしたー!」
マコトが嬉しそうに飛び跳ねる。
だが急にあっと声を上げると、クラウンに頭を下げる。
「大変なご無礼を! お客人だというのにお茶も出さずご挨拶もせず、こんなところで立ち話をさせてしまい……!!」
「はははは! なんだそんなことか! 気にしないでくれ! 本部じゃいつも慌ただしいし周りはそれなりに年を取ったやつらばっかりだから、今日はかわいいお嬢様方にお会いできて光栄だよ」
クラウンは目を細めてマコトの手を取り、甲にキスをした。 その様子を劉が呆れた顔で眺め、クラウンに蹴りを入れる。
「我の巫女を誑かすな」
「失礼失礼」
そして祭星をみると、クラウンはまたほほ笑んだ。
「君にはやめておこうかな。 たとえ挨拶だったとしてもここにいない誰かさんが私を殺しに来そうだしね。
じゃあ私はこの辺で失礼するよ。 祭星、ヴァチカンで会えるのを楽しみにしているよ」
ひらひらと手を振りながらクラウンは床を3回踵で鳴らすと、光に包まれてすうっと消えていった。
「ひ、飛行機で帰らないんだ」
「あやつはああいうのが得意なだけよ。 さて祭星、ささっと風呂に入るがよい。 今宵は冷えるぞ。 ゆっくりぬくもってくるがよいぞ」
劉はふふっと笑って踵を返す。 その後ろ姿を見送り、祭星は大きく伸びをしてマコトに尋ねる。
「一緒に入る?」
「ぐぅ、入りたいけど……!! ま、まあ蓮はいつ帰ってくるのか分からないしどこにいるのかもわからないし、ここは誘惑に負けるのもアリね!」
そんなこんなで二人で風呂に入ったのだが、一緒に風呂に入るのは今日で一体何回目だろうか? そういえば毎日一緒に入っているような……? と考えた祭星であった。