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アルトストーリア  作者: あきら ななせ
群青の創造主と静謐の聖騎士
26/64

砂の魔物 6

「……わかりましたわよ」

 やれやれといったように、レイが大きくため息をついた。 それを聞いて、通信の向こうの蓮が幾分か声色を弱めて言葉を返してきた。

『苦労をかけてすまない』

「いいえ。 気になさらず……。 わたくしは治癒魔法も扱えますから、祭星はこちらに連れてきてからどうにかしましょう。

 それでは、いきます……」

 ふぅ、とレイが息を吐く。 彼女の足元に通常の魔法使いでは扱うことのできない魔法陣が広がり、紫色の光を放つ。 ジョシュアはその魔法陣の色を見て、レイがこれからどの呪術を使うのかを理解して、援護に入る。

 二人はただ仲が悪いわけではない。 イギリスにいた頃は息のあったパートナー同士だ。 呪術を使う間、その場から動けないレイを守り、援護するのがジョシュアの役目。

この戦闘スタイルを始めてからもう五年も経つ。 お互いに言葉を使わなくとも、やるべきことは全て分かっていた。

 レイが複雑な詠唱を織り成す。 するとイリスの巨体に紫色の木の根の様なものがミシミシと音を立てて巻きついてゆく。 イリスがそれを跳ね除けようとしたが、ジョシュアが麻痺弾をイリスの身体に打ち込んだ。

「悪りぃが少しの間我慢してもらうぜ、汚ねぇ蛇さんよ!」

 イリスが力を弱めた。 一瞬の隙を見せた時に、レイが手を上へかざして指を高らかに鳴らした。

木の根は完全にイリスを封じ込めた。 地面とイリスを繋げるように固定している。

 そしてその一瞬で、レイとジョシュアのすぐ側に祭星を抱えた蓮が転送魔法で姿を現した。 ジョシュアはそれを横目で確認して、すぐさま新しい弾丸を込めたライフルを構えて、紫色の根に狙いをつけた。

寸分違わず銃弾は根に命中し、何かが割れるような音と共に根が粉々に消え去った。

解放されたイリスは怒りを露わにし、此方へ向かって何十本もの手を飛ばしてきた。 祭星を一先ず壁際に座らせた蓮がレイとジョシュアの前に躍り出て、白竜鬼神をスラリと鞘から引き抜く。

「リューゲ」

『おうさ。

 さあ舞え、我が勇き主人よ。 己が身を滅ぼそうとも、お前の心は全てあの者に捧げよ!』

「初の舞……」

 カラン、と鞘を床に落とす。 人差し指と中指でツゥと刀身をなぞる。 すると辺りに水気が満ち、そしてそれは急速に零下へ達する。

吐く息も白く染まる世界へ成った西條で、蓮は軽く地面を蹴って迫り来る手を切り刻んだ。 三十センチ程に細切れになった肉塊を空でトンッと足場にして、次の手へ飛び移りながら、刀を携えてない左手を横へ払う。

創りだされた氷塊が竜のように形を成し、何本もの手を薙ぎ払うように噛み砕いた。 凍り付いた手に一閃を入れ、粉々に砕け散ってゆく。

 白い息を吐きながら、空を舞いながら敵を斬り伏せるその姿に、全員が見惚れた。 そして誰もが思ったのだ。

 

 ───この力を、この姿を持つ彼は。

 ───間違いなく、聖歌隊に相応しい。


 蓮は地面に降り立ち、刀についた血を振り払う。

足で鞘を器用にカンと蹴り上げて、それを掴む。 刀を鞘へ納めて、フッと息を吐いた。

「是にて終演……」

 その言葉で辺りから寒気が消え失せた。 凍っていた地面は元どおりになり、吐く息も白く色付かない。

蓮は三歩ほど歩いて、そして崩れ落ちるように膝をついた。 見れば息を荒げ、自分の肩を抱いている。

「おい、大丈夫かよ蓮!」

「……アレ使うと、自分の温度が、下がるんだ……っ。 すぐに治る……」

「祭星に温めて貰うか〜?」

 ジョシュアが茶化すように言うと、蓮は首を振った。

「触れたら手が凍るぞ。 零下に近い。 それよりも早く祭星を助けてやってくれ、レイ」

 そう言われてレイは祭星に駆け寄って腹部の傷口に触れる。 そしてすぐにハッとした顔をして、震える声で告げる。

「……牙が残ってるんだわ。 魔物に噛まれたんでしょう? その魔物の牙が傷の中に欠けて残っている。

 他の傷は見当たらなくて、血だけ残っているということはエリクサーを飲んだのね。 その判断は間違っていないけれど、魔物の牙は人間にとって猛毒よ。 傷は一瞬癒えても、内部にその毒があるなら融けて傷が戻るのも当たり前……!」

「……どうすればいい」

 蓮は重い足取りで祭星の側に来て腰を下ろす。 だいぶ体温が戻って来たようで、顔色が良くなっている。

レイは言葉を詰まらせた。 それに気づいた蓮が脅すように声色を落とす。

「早く言え」

「取るしかないに決まっているでしょう……! でもその意味がわかって」

「俺がやろう」

「貴方ねぇ……!」

 蓮は祭星の頰に触れて、優しく彼女を起こす。

祭星がゆっくりを目を開けて、苦しそうに蓮を見つめた。

「話、きいてたよ……」

「準備はいいか」

「はは……。 それやらないと治んないなら……、やるしか、ないよね……」

 弱々しい声で祭星が答える。 想像を絶するであろう痛みに向き合う勇気などないが、もう道がそれしか残されていないのだから、その答えが出てくるのは必然的だった。

 レイは半ばやけくそで「ああもう!」と叫んだ。 そして迷いのない瞳で蓮を見据え、魔法陣の準備をする。

「抜いたらすぐに言って、一瞬で治してみせますわ」

 蓮はコクリと頷いた。 祭星の肩を抱き、痛みで暴れない様に馬乗りになって、傷口に指を埋めた。

傷口を押し広げ、牙を探す。

「ッ……! う、ぐっ、ぎ、ぃいいッ……!!」

 痛みに歯を食いしばる祭星、蓮は数秒で牙を探し当て、それを抜こうと牙を掴む。 が、深く食い込んでいるようで抜けない。

傷口を指で探るたびに、例えようのない痛みが襲いかかり、祭星は声にならない悲鳴を上げる。 喉に血の味が染みて、目の前がチカチカと点滅する。

 陸にあげられた魚の様にのたうつ祭星の身体を抑え込み、蓮は必死で、彼女がなるべく痛みを感じない様に牙をゆっくり引き抜こうとしたが。

やめた。 どうせ痛いものは痛いのだ。 だったら一瞬で終わった方が、楽なはずだろう。

「祭星、我慢してくれ……!」

 素早く牙を抜いた。 八センチほどの牙を彼女の傷口からとりだし、急いでレイへ合図を出す。

「レイ!」

「まかせて!」

 白く美しい光に傷口が包まれて、本当に一瞬で傷が癒えてゆく。 完全に塞がった傷口を確かめて、蓮はホッとした様に大きく息を吐き出した。

涙を流して未だに痛みの残る腹部を見れずにいる祭星は、何度も声を零しそうになりながら、泣き止もうとしていた。

蓮は彼女の横に膝をついて目線を合わせて、抱き寄せて背中をさする。

「……ごめんな、痛かったろ」

「ッ、うん、うん……」

 ぼろぼろと涙を流し続け、ぐしゃぐしゃになった顔を祭星は隠す様にして涙を拭いた。 蓮から離してもらい、レイが心配そうに頭を撫でながらハンカチで涙を綺麗に拭った。

 祭星の血に濡れた自分の手を見て、蓮はため息をついた。 その横からジョシュアが声をかける。

「なーんかやましい事でも考えたのか?」

 この男は。 と蓮はジョシュアを睨んだが、すぐに目を逸らしてその言葉を否定する。

「仮にもしそんな気分になったとしても、俺はあいつにそれをする資格なんてないさ」

「そんなもんか?」

「そんなものだ」

 血をハンカチで拭いとって、蓮はイリスを見る。

「動きが止まったな」

 イリスの巨体は動きを止めていた。 先ほどまで暴れていたのが嘘の様だった。

今更ながらに、あのような巨大な魔物をどうやって討伐又は封印するのかと疑問に思ってしまう。 祭星はレイに支えられながらも立ち上がって、蓮の隣に並ぶ。

顔色は悪いものの、体調は悪くない様だ。

「封印が始まったのかしら」

 レイが目を細めながらイリスを見る。 だがどうやらそういうことではないらしい。

 急にイリスの魔力が強まった。 周りにいる魔法使いが圧を感じ、押し潰されそうなくらいだ。

ジョシュアが少しふらつく。 レイがそれを見て心配そうに言葉を吐き捨てる。

「ジョシュア、貴方そういえば他人の魔力に弱かったわね」

「こんなんどーってことねーよ、テメェは黙って自分の心配でもしてろおじょーサマ!」

 頰に伝う冷や汗を払って、ジョシュアが負けずに言い返した。 対して、蓮と祭星はどうって事ない様子だった。

祭星はイリスの魔力を感じて、唖然とした様にポツリと呟く。

「これ……なんだろ、感情……? 辛い、助けてほしい……?」

「魔物にまで情をかけるつもりか」

 蓮が祭星をチラリと見てやれやれと言ったように口にする。 祭星はふるふると首を振った。

そしてイリスをじっと見つめて歩き出す。

「違う、この感じは……。 多分イリスは苦しがってるんだ。 無理やり起こされて、無理やり命令されて動かされてるんだ……!」

「どういう事?」

 レイが尋ねると、祭星は三人を見て意を決した様に頷く。

「リオンさんのところに行こう。 今はきっとイリスの正面にいるはずだから……、っ?!」

 駆け出そうとした瞬間、祭星は足を止めた。 そしてエスペランサを本能的に虚空へと隠した。

彼女の十メートルほど前には、ローブを纏った誰かが立っていた。 顔はフードで隠れて見えない。 そのただならぬオーラに、気圧されそうになると同時に、イリスと同じ様な雰囲気を感じる。

祭星のその感覚は正解だった様で、蓮がその何者かを見て顔色を変えて祭星を下がらせた。 そして震える声でその者の名前を呼んだ。

「詠斬……!」

 蓮が混乱して震えた声を上げた。 祭星は彼が言った名前に聞き覚えがあり、ローブ姿の彼を見つめる。

詠斬。 蓮を引き取った男。 彼に赤のペンダントを渡し、操った張本人。


「元気そうで何よりやわぁ、蓮」


 のんびりとした口調。 ローブの男はくすくすと笑って蓮を見つめている様だった。 蓮はこの上なく嫌そうな顔をし、そして怖がっている。

「言いつけを守れへん子犬がどこに居てるかわからへんのやったけど、なんやヴァチカンにいたんやなぁ。

 イリスを無理矢理西條に連れてきてよかったわぁ。 お陰でお前の大好きな祭星にも会えたし、なぁ?」

 詠斬のまとわりつく様な視線を感じて、祭星は一歩身を退く。 だが、負けじと詠斬に声を投げかける。

「イリスは貴方が操っているんですか?」

「ん? せやで。 封印されてたイリスを、よくわからへん村の人間と土壌を生贄にして、そのまま西條に持ってきて、なーんか人を殺せばヴァチカンが出てくるって言われてなぁ。

 正解も正解、大正解や! あのイリス、戦うの嫌いで嫌だ嫌だって泣いてホンマうるさかったんやけどなぁ、無理やり暴走させたら、まあ身体は壊れかけてるけどいい感じに動いた。 蓮も釣れたし、キミにも会えた。 アナスタシアが創った最高傑作っちゅーから会ってみたかったんや」

 後半の詠斬の言葉は祭星の耳に入らなかった。

頭の中を支配したのはイリスが無理やり起こされ、暴走させられたということ。 そしてあの男の無責任な行動で、沢山の人間が死に、危険に晒された。

その中には、当然藍沢も。

「許さない……」

 バチン! と周りにあった街灯が音を立てて割れた。 辺りに風が吹き荒れ、隣人たちが悲鳴をあげて逃げ去って行く。 薄暗くなったその中で、祭星の蒼い瞳が徐々に自身の魔力の色である赤に塗り潰されて行く。

憎悪に瞳をギラつかせ、祭星はゆっくりと足を前へ運ぶ。 止めようとした三人は、急激に力を増す祭星の魔力に圧され動けずにいた。

「お前のせいでどれだけの人間が死んだと思ってる……」

 祭星の言葉に、詠斬は首をひねった。 そして明るい声で答える。

「興味ないなぁ。 自分の目的のためやから、しゃあないねん」

 その瞬間、祭星は槍を創り出して詠斬へ飛びかかった。 いつもの槍ではない。 正真正銘のグングニルだった。

詠斬はその神話の槍を見て目を見開き、フード下に隠された顔には冷や汗が流れる。

「反則やで、反則……!」

 流れる様な槍術、詠斬は避けるばかりで攻撃はしてこない。 ステップを踏む様に軽やかに動く祭星は、地面を踵で高らかに踏む。 そしてそれを合図に上級の聖光魔法の魔法陣が西條全体に広がってゆく。

 詠斬は思わず絶句した。

「星 空より墜ち 刻 地より刻む

 この身を灼く 聖の焔を受け入れ

 我 群青に名を連ねし者……」

 その魔法の詠唱は誰も聞いたことがないものだったが、誰もが一瞬で思った。

 彼女は、群青のクレアシオンとして、新たな魔法を創り上げる気なのだ。

蓮は咄嗟に祭星の腕を掴む。

「やめろ! 強すぎる光はいつかその身を滅ぼす!」

 すると、詠斬が祭星と蓮へ間合いを詰めて、祭星の顔に手を翳した。 突然のことで思わず息を呑んだ祭星。 詠斬はニッと笑って唇を動かす。

「それはもっと大事な相手にとっとき? な?」

 パァンッ! と軽い破裂音がして、祭星は頭を弾かれた様に後ろへ倒れる。 それを蓮が抱きとめて詠斬を睨んだ。

祭星は気を失っている様だった。 初級魔法で習う昏睡魔法だ。 義父を睨みつける養子をみて、詠斬は微笑む。

「だーいじょうぶや。 今日はな、ちょっとした挨拶できたんや。 そしたらなんや、お前たちはアナスタシアに喧嘩売りに行くんやろぉ?

 やったら今は、オレはお前たちを応援する立場や。 オレ、あいつ嫌いやねん。 オレらが敵みたいに言われとんのもあいつのせいやし。

 なあ蓮、勘違いしとる様やから言っとくで。 オレぁイルミナティやないで。 イルミナティはもうないんや」

 詠斬が手を叩くと、イリスが赤い光と共に消えた。 困惑する声があたりから聞こえてくる。 突然目標が消えたのだから、驚くのも無理はないだろう。

「蓮、仲直りしようとは言わへん。 でもオレもお前の父ちゃんに借りがあるし親友やった。 だからこそお前にも情がある。

 ……アナスタシアとの一件が終わったら、京都に来いや。 伏見の地下で、オレらの組織がヴァチカンとのコンタクトを待っとる。 信じるか信じらへんかはお前の自由や」

 じゃあな。 と気軽に手を振って、詠斬はその場から消え失せた。 蓮は彼を追いかけようとはしなかった。 そんな気力はもう残っていなかった。

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