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アルトストーリア  作者: あきら ななせ
群青の創造主と静謐の聖騎士
23/64

砂の魔物 3

 長い間走り続けて、西條高校の校門前に着いた祭星はホッと一息吐き出した。 ここはまだ被害が酷くないようだった。 所々崩れているところはあるものの、他の場所より綺麗だった。

「よかった、まだここは大丈夫みたい」

 祭星がそう言いながら校舎を見上げると、たしかに相当頑丈な結界が貼ってあるようだった。 しかももう一枚、学校から半径二キロの結界も見える。

遠隔でここまで結界を貼れている事に、祭星は冷や汗を垂らしながら蓮へ声をかける。

「公園がギリギリ結界に入ってないみたい。 そこに行ってみよ……、っ!」

 グラリと地面が揺れる、イリスが再び動き始めた証拠だった。 結晶でできた羽をゆっくりと広げ始めたのを見て、蓮が声を限りに祭星へ言う。

「行くぞ!! アレはやばそうだ!」

「うん!」

 二キロは走って行っても間に合わないと思った蓮は、リューゲを呼び出す。

「リューゲ! すまない、頼めるか!」

『良いぞ良いぞ我が主人よ。 さあ乗るが良い! そちらの白巫女も我が背に乗るが良いぞ』

 蓮は祭星を何も言わずに抱え上げて、大きな龍へと変化したリューゲの背中に乗せる。 リューゲは勢いよく空へ飛び立ち、翼を広げる。

「……! 公園、ボロボロだ……」

「被害が大きいな、下級の魔物も多いようだが」

 空の上から公園を見下ろしながら蓮が目を細めた。 祭星もつられるようにして下を見れば、魔物がうろついているのがすぐにわかった。 イリスが暴れている今、それに乗って魔物達も暴れているのだろう。

その時、祭星はハッと目を見開いた。 同時に探知した魔力は、自分のものだがそれは公園から。 見覚えのある少女が必死になって走っている。 それだけではない。公園にはまだちらほらと逃げ惑う人がいるようだった。

自分のこの耳元に光るイヤリングをくれた少女がいる。 彼女の魔傷を隠す様に魔法を施した際に、祭星の魔力が彼女にまとわりついているのだ。 それは魔法が正常に動作している証拠なのだが、こうも魔物が多いと奴らは見境なく人間を襲う。 即席でつけた保護魔法も意味を成さないだろう。

 祭星は居ても立っても居られなくなって、意を決する。

「蓮、リューゲ! ごめん私先に降りる!」

「は? おい、祭星!」

 祭星は蓮の腕からスルリと抜け出して、リューゲの背から飛び降りた。 地上五十メートル程はあるその高さを生身で飛び降りるなど、無謀過ぎる。 蓮が手を伸ばすが、その手は空を掴んだ。

 真っ逆さまに落ちながら、祭星は魔法を展開させる。 滅多に使わない風属性の魔法だったが、いまはそんなことを言っている暇などない。 空中に魔法陣が描かれて、その魔法陣を通り過ぎるたびに徐々に落下速度がゆっくりとなってゆく。 公園の所々隆起したレンガ畳の上に降り立ち、虚空からとりだしたエスペランサの裁きに言う。

「身体強化、能力強化お願いできるよね」

 物言わぬ本はひとりでに輝き出し、それを了承したようだった。 途端に身体が軽くなるのを感じ、祭星はタンッと地面を蹴った。

 運動神経が良くない祭星はエスペランサに身体強化を頼んだのだ。 これで彼女は人並み外れた運動神経を持つ少女になったと言うことだ。

 目の前にいた下級魔物を、助走をつけて蹴り飛ばして、さらに前へ。 噴水広場へと駆けるその間に槍を創り出して片目をスッと細める。

 少女に襲いかかる中級魔物。 その魔物へ向けて槍を構える。

「死ね!!」

 生まれて初めて、そんな風に乱暴な言葉を使った気がするなと、祭星は頭の片隅で思った。

槍は魔物の胴体を貫き、魔物は悲鳴をあげて灰になる。 少女は息を切らしながら、怯えた様子で灰になってゆく魔物を見つめた。

 祭星がホッとしたのも束の間だった。 その一瞬が、本当に命取りだった。 五体程の魔物が一斉に少女に襲いかかった。 それと同時に、イリスが完全に翼を広げ、結晶でできた羽根を凄まじい速度で地面に突き刺してゆく。

「藍沢さん!」

 祭星が声を限りに少女の名前を叫んだ。 その悲痛な声も、羽根が地面を抉る音で掻き消される。

槍を投げ捨て、拳を作り、藍沢に駆け寄った祭星は魔物の顔面を掴み、力任せに殴り殺した。 返り血を浴び、強く握った拳には血が滲んでゆく。 その血も魔物の血に混じってわからなくなってしまった。

一体の魔物を葬ったが、まだ四体残っていた。 そのうちの一体が藍沢に鋭い爪を切り立てた。

「ひっ……!」

 悲鳴をあげた藍沢。 祭星は藍沢を抱き寄せて自分を盾にした。 魔物の爪が祭星の二の腕を切り裂き、服に血が滲む。

「さ、杯さん……! どうして……!」

 傷だらけ、血に濡れた藍沢。 もう会えないと思っていた、優しい彼女。 祭星は自分の中の何かが切れた気がして、目の前が少し眩んだ。

「……許さない」

 自分の腕を切り裂いた魔物。 狼のような外見の魔物の耳を力付くで引っ掴み、片手でソレを引きちぎった。

 耳障りな絶叫をあげる魔物。 怯える藍沢を抱えてゆらりと立ち上がる。

「祭星、お前……!」

 遅れて駆けつけた蓮に藍沢を押し付け、祭星はエスペランサの裁きを手にして魔物へと向き合う。

「お前達は……」

 襲いかかってきた魔物に、無詠唱の上級魔法を浴びせる。

「皆殺しだ」

 瞳に影を落として、祭星は先程耳を千切った魔物を蹴たぐり、その魔物は十メートル程離れた木の幹に叩きつけられて内臓を撒き散らせた。

 さらに、再び空から降ってきたイリスの結晶羽根を一瞥もせず感じ取り、スッと手を横に払って全ての結晶羽根の動きを止めた。 そしてイリスの巨体を指差し、一言だけ口を開いた。

「邪魔」

 それを合図に、光属性の魔法をまとった結晶羽根がイリスへ突き刺さってゆく。 砂の女王イリスは、人間の少女のような甲高い悲鳴をあげて、巨体を地面にのたうち、攻撃を緩める。

 その間にも魔物が祭星に襲いかかったが彼女がその程度に反応できないわけがなく、半径五メートル以内で地面から現れた光の柱に全て灼かれた。

すぐにまた別の人間の悲鳴が右手から上がる。 祭星は何も考えずにその人間を助ける事を選んだ。


 その人間がかつて祭星を虐めていた三人の男子生徒だったとしても。


怒りに身を任せた彼女には、そんなことなど考える時間などないのだ。

 四体で群がっていた魔物を槍を使ってなぎ払う。 くるんと槍を回して鋒を魔物の目に突き刺して、後方から飛びかかる魔物を後ろ足で蹴り上げ、目に突き刺さった槍を抜く反動を使って、石突きで魔物の腹辺りの肉を砕いた。

 三人の男子達は、返り血を浴びて一心不乱に魔物を狩り続ける元同級生の姿を見て震え上がり、そして無意識に言葉を口にする。

「やっぱり、バケモノだ……!」

 祭星はそれを耳にしてピタリと動きを止めた。

命の恩人に対してそれは何という物言いだ。 とかそう言う事ではない。

バケモノというその言葉が、彼女の頭の中を支配してしまう。

 人間じゃない自分。

魔物の血肉、天使の卵子。 それを使って生まれた自分は。

もはや存在は人間ではない。

だったらもう。


 バケモノと呼ばれるのは、当たり前のことだった。


「ちが、……わたしは、わたし……ッ、!」

 狼狽えた祭星をみて、好機だと思ったのか。 魔物が祭星の腹に牙を立てた。

「い“ッ……!? あ、ああっ!」

 身体を奔る鈍痛。 槍を手から零し、よろける。

好機だと感じとった魔物は、一斉に祭星に襲いかかった。

「う、ぁ、来ないで、やめ……ッ!」

 押し倒され、魔物に何度も殴られ鋭い爪で切り裂かれ、起き上がることすらできなかった。 魔法を使おうにも、動揺した今では成功する見込みもなく、魔法を思いつく事すらしなかった。

男子生徒達は、呆然と祭星の低い呻き声と、それに混ざって何かが潰れる音を聞くだけだった。

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