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アルトストーリア  作者: あきら ななせ
群青の創造主と静謐の聖騎士
22/64

砂の魔物 2

 私服に着替えた祭星は、チラリとエントランスの大きな壁時計を見た。 時刻は四時前。 約束の時間までもうすこしだ。

そわそわした様子の祭星を、横にいた蓮が心配そうに見ている。彼もまた私服に身を包み、赤いコートを羽織っていた。

「祭星、大丈夫か?」

「んぇ?! な、何が? 私なんか変??」

「いや、そうじゃない。 至って普通だ。 ただものすごくそわそわしているようだから」

 すると祭星は満面朱を注いで恥ずかしそうにバタバタと手を胸の前で振る。

「ごめん! 行動に出てたとは思わなくて……! 変な行動してごめん!」

「構わない。 何か気になることでもあるのか?」

 記憶のことだろうかと蓮が予想付く。 これからレストランでその話をする予定なのだ。

しかし祭星の返事は意外なものだった。

「違うの……。 何か、何かが近づいてるような……」

「……?」

 それは一体なんのことだ? と蓮が口を開こうとした時、リオンが慌ただしくエントランスへ飛び込んできた。 アークナイトの隊服のままだった事に、祭星も蓮も目を見開く。

 リオンは二人を見つけると、顔色を変えて駆けつける。

「緊急事態だ!」

「え……」

「第一禁種(きんしゅ)上級魔物イリスが日本へ出現したらしい」

 聞きなれぬ魔物の名前を聞いて、祭星は目を白黒させた。 そして瞬時に思った。 これが自分が感じていたものだったのだ。

「出現したって、日本のどこに」

西條(せいじょう)だ」

 心臓が締め付けられるような感覚。 祭星は自分の頭から血の気が引くのを感じた。 西條といえば自分が住んでいた場所だ。 自分が通った高校があり、自分の家がある場所。 何故、何故よりによって西條なのだろうかと祭星はそればかりを考えている。

「あの場所は……龍脈(りゅうみゃく)があるんだ。 だからヴァチカンは西條に転移魔法を施した。 それだけの魔力を有する土地だからだ。 だがそれが裏目に出た。 恐らくイリスは……、龍脈が目当てで仕向けられたんだ。 魔術師でもなく、第三勢力の手によって」

「どうしてそんなことを」

「日本は島国だ。 ここヴァチカンはイタリア、転移魔法を壊してしまえばフライトには十二時間。 その十時間で……イリスは簡単に日本を全壊できる。 一つの小さな島国が悪魔の手によって全壊させられた……。 それを見せしめにするつもりなんだ」

 その時、けたたましいサイレンがヴァチカンの塔全域に鳴り響いた。 緊急任務のサイレンだ。 ほぼ、このサイレンが鳴り響くことはないのだ。

大きな音を聞いて、蓮が眉を吊り上げた。 祭星は顔を強張らせて辺りを見渡す。

『ヴァチカンの魔法使い諸君、聞こえているだろうか。 ランスロットだ。

 現在、日本の西條で第一禁種上級魔物イリスが出現した。 この禁種上級魔物については説明は割愛させてもらう。 イリスは砂の女王という異名を持つ。 ヴァチカンの持てる戦力でこいつを迎撃する。

 殲滅部隊、一班から二十班。 衛生部隊一班から四十班はすぐに日本へ転移を開始するように。

戦術支援部隊は十五班のみ現地に向かい、残りは全てヴァチカンに残り魔法使いたちのナビゲーターを務めろ。

 聖歌隊、および殲滅隊は全員待機だ。

以上、これをもって聖王からの緊急任務通信を終わる。

……各員、健闘を祈る。 誰一人として、かけることないように帰ってこい!』

 ランスロットの通話が終わり、祭星は急いでリオンに詰め寄った。

「ど、どういうことなんですか……!! 聖歌隊が、待機って一体どういう……!」

 するとリオンは祭星の肩を掴み、そして蓮に目配せをする。

「ここに私がきたのは何故だか、今言おう。

 祭星、蓮。 君たちは私と共に西條へ行くぞ。 ランスロットからの特命だ。 レイとジョシュアにも告げてある。 隊服に着替えている暇などない。 今すぐにだ!」

 瞠目する二人の元へレイとジョシュアが走り寄る。 リオンは全員が揃ったのを確認すると、腰の革鞄から青い結晶を抜き出す。

「開け開け茨の鍵 灯せ灯せ銀の(ほむら) かの場所へと(いたる)るため 我らの小さな足を運びたまえ」

 鈍く、結晶が輝きを増してリオンの手から零れ落ちる。

「眩むぞ、目を閉じろ!」

 リオンが叫ぶのが先か、結晶が床に落ちて砕けるのが先だったのか。 四人は眩ゆい光から逃れるために、一斉に瞳を隠した。

 一瞬、エントランスに流れていたどこぞのオーケストラの曲が途絶え、そして沈黙が続く。

「空間転移だ。 王が私たちに特命を下した理由は、あの大掛かりな転移魔法では遅すぎるからだ。 だからこそ王は私たちを空間転移という禁忌魔法を使わせて、あのイリスの迎撃を命じた」

 リオンの声が響くと同時に、辺りの音が戻ってきた。 だがそれは厳かなオーケストラの曲ではなく、人々の悲鳴と、ビルが崩壊する音。

 祭星が目を開いた先の風景に絶句した。 文字通り言葉も出なかった。

瓦礫の山になった商店街、美しい青空に、その瓦礫が嫌という程不釣合いで。

「なに、これ……」

 彼女を絶望に突き落とすには十分だった。

「……復元魔法を使えば街並みは戻る。 今はこの日本を救う、いや、西條を救うことを考えろ。

 お前たちは禁種魔物を見たことも聞いたこともないだろう。 アレが、第一禁種上級魔物イリス。 別名、砂の女王」

 リオンは蛇のようにうねり、巨大な結晶の羽をもつイリスを指差した。 その巨大な魔物は今こそ動きが止まっているが、先ほどまで破壊を繰り返していたのだろう。

「禁種魔物というのは魔界に封じられていた魔物。 本来私たちの手に負えない魔物だ。 千年間封じられていたその魔物が、今になって何者かに召還された。

……いいか。 目的は再封印だ、倒すことじゃない。 弱らせて確実にもう一度封印を施す。 負傷者を回収しつつ、奴を弱らせろ。

 レイとジョシュア、私に着いてイリスを迎撃するぞ。 祭星、蓮。 お前たちは」

 リオンが祭星をまっすぐと見つめて、冷静に命令を下す。

「西條高校へ行け。 避難所になっていた筈だ。 現在その場所に頑丈な結界を王が遠隔で張っているが、逃げ遅れた者もいるだろう。 その非魔力保持者達を救護し、衛生部隊が現場に着き次第こちらに合流してくれ」

 それはおそらく、祭星への気遣いだったのだろう。

力強く頷き、駆け出す祭星。 蓮も後を追った。

蓮は祭星の背中を追いながら、考える。 よくもまあ、いじめられ続けていた高校のクラスメイトの安否など、心配になるものだと。 あの高校に祭星はいい思い出などないはずだ。 それなのになぜこんなにも必死になって駆けつけることができるのだろうか。

 つくづく思う。 彼女は本当に心優しく、そして愚かだと。

自分の頭の中だって、今は無理矢理思い出された過去の記憶でぐちゃぐちゃになって整理がついていないだろうに。 それなのに何故こんなにも必死になれるのだろうか。

蓮にはそれが理解できなかった。

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