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アルトストーリア  作者: あきら ななせ
群青の創造主と静謐の聖騎士
15/64

知らない部分 6

 二階にエレベーターは停まらない。 大ホールには来賓やヴァチカンの上層部も集まるため、階段を使うことで不審な人物がいないか、職員が一人ずつチェックをするのだ。

 階段を登るにつれ、だんだん騒がしくなってきた。 大ホールが近づいてきているのだろう。

するとふと蓮が祭星を見る。

「よく似合ってるな。 お前にぴったりだよ」

「そ、そうかな……。 ありがとう……。 蓮は……黄色が、似合わないね」

「ああ。 鏡を見た時に俺もそう思った」

 蓮が大きなため息をついた。 ショックを受けている彼に、祭星が必死でフォローをする。

「きっと着ているうちに見慣れてくるよ。 大丈夫」

「そうだな、そうだよなきっと」

「うんうん。 ……それにしてもスカートが思ったより短くて変な感じがする。高校の制服だと膝くらいまであったのに、なんかすごい短くて……。 多分動きやすいようになんだけど」

 たしかに、後ろは腰につけたマントのおかげで見えないが、前からだと少し危うい。 太もも近くの裾丈だ。

蓮はそちらを見ずに、先にスタスタと階段を登りきって言う。

「……明日からは厚めのタイツを履いたらどうだ」

「そだね、そうするよ」

 祭星もやっと階段を登りきった。

目の前に広がるのは真っ白な大理石でできた壁と、巨大な金の模様がはいった扉。 その奥に広がるのが、おそらく大ホールだ。

 扉の前に立っていたヴァチカン職員が二人を案内し、扉を二回ノックした。

 軋む音を立てながら巨大な扉が開かれていく。

ふわりと香の薫りがして、ステンドグラスに彩られた光が視界に飛び込んで来た。 思わず眩しさに少し瞼を閉じた祭星は、霞む目でその奥を捉えた。

 ヴァチカンの象徴である竜のエムブレムが描かれた朱色の旗。 白い大理石の床には、黒と金の絨毯が敷かれていた。

「あなた方が最後です。 さあ早く中へ。すぐにセレモニーが始まります」

 事務的に説明をしたのは赤髪の青年。 瞳の色は紫で、どこか寂しそうな雰囲気が漂う。 祭星は青年を見て、一瞬だけ頭が痛んだ。 刺すような痛みがして、すぐにそれが無くなる。

 何か忘れている気がする。 そう思い、祭星はもう一度青年をちらりと見て、考える。

───多分、知ってる人だ。 でもどこかで、会ったっけ……。

記憶を遡るが、思い出せない。

だが祭星は気がついたのだ。


自分に、幼少期の記憶がないことに。


 思考が停止する。 歩む足は止めないまま、蓮の後ろを離れずについてゆく。

 蓮がいなくなった。 それだけはしっかり覚えているのに、それから前の記憶がわからない。

いや、下手すればそのずっと前の記憶も……。


私に

私にお母さんって、いたんだっけ?



 ……考えるのは止そう。 今もしここで取り乱しでもすれば大勢に迷惑をかけることになる。

三十人の招待者が揃ったことで、ホールの照明が消された。 美しい歌声が響く中、一人の男が壇上に現れた。

黒のくせ毛の男。 その男が現れた瞬間、ヴァチカンの職員全員が臣下の礼をとった。

橙の燃えるような瞳に、白と金の隊服。 肩にはヴァチカンのエムブレムが。

他の魔法使いとは違った雰囲気とオーラを持つ男。 そう、この男こそ。


「我が名は聖王、ランスロット」


 聖王ランスロット。 このヴァチカンを管理、指揮をとる存在。 ヴァチカン全体に結界を展開しているのもこの聖王だ。

 いつもは結界の維持に努めているため、公の場に出ることはない。 セレモニーか、隊員の葬儀くらいだ。

魔物の討滅に出ることはまずない。 余程の大物ではない限り、王は玉座を開けることがなかった。

 王とは名ばかり……。 そう言うものは一人もいなかった。 結界の維持がどれだけきついものなのかを皆が知り、そして全員が王を慕い、尊敬していたからだ。 歴史上でも、王とはあまり好かれるものではない。 だがどうしてヴァチカンのランスロット王は好かれるのか。

それは……。


「では王から一言……、と言いたいところだが。 私は堅苦しいのは大の苦手だ。 お前たちもそのガチガチになった表情を崩してくれ。 ネクタイもきついなら外せ。 礼も解け。 俺は何も敬ってもらうほどのことはしてない」


 この大雑把な性格だった。

王の言葉を聞いた合唱団は歌をやめ、職員全員が礼を解くと、それぞれネクタイを緩めたりマントの留め具を外していた。

「まあ挨拶は必要だ。 というわけで……。

 三十人の招待者諸君。 ようこそヴァチカンへ。 君たちは今日からこのヴァチカンの一員だ。 魔法を使ったことがない者、すでに訓練を積んだ者。 様々いるだろうが今ここにいる君たち三十人はみな新人だ。 大いに学び、互いに協力しあってくれ。

 それと今年は少し特殊だ。 三十人しかいないくせに聖歌隊への配属が二人いる。 隊服を見ればわかる通りだが、暗殺隊もいる。 理由を話すと長くなるので割愛させてもらうが、ヴァチカンをとりまく環境が変わってきたと思ってもらって間違いはない」

 ランスロットはホールにいる全員へ言う。

「魔術師でもない、新たな敵がヴァチカンの前に立ちふさがった。 今、我々は内輪揉めをやっている暇などないのだよ」

 ピリッと空気が変わった。

「お前たちが配属された場所は、全てお前たちに相応しい舞台だ。 殲滅、衛生、戦術支援隊でも。 もちろん、聖歌隊や暗殺部隊でもだ。

 だからこそ自分の隊に誇りを持て。 たかが部隊が違うからといって他人を妬むな。 そんな考えだと死ぬぞ」

 詳しいことはその隊の責任者に聞いてくれ。

そう言ってランスロットは話を切り上げた。

重くなった空気を感じ取ってか、ランスロットがパチンと指を鳴らした。 すると設置されていた長テーブルに豪華な食事が一瞬で用意されていた。

「せっかくのセレモニーだ。 余興を楽しんでくれたまえ」

 話は終わりだと言わんばかりにランスロットは踵を返して、ひらひらと手を振って姿を消した。


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