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アルトストーリア  作者: あきら ななせ
群青の創造主と静謐の聖騎士
10/64

知らない部分 1

 食器が重なる音が心地よく響く。

カーテンの隙間から朝日がそっと部屋の中に落ちていた。

 蓮はうっすら瞼を開けて、起き上がる。

ずっと昔に見たことのある部屋。 横を見れば、白を基調としたキッチンで、真っ白な髪の少女が鼻歌を歌いながら朝食の準備をしているようだった。

コーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。 慌ただしくも、どこか優雅にキッチンを行き来する少女をみて、蓮は微笑んだ。

「あー今日も元気に仕事かーーー!」

 リビングに入ってきたのは鳶色の髪の男性。 嶺二だった。

TVの前のソファに横になっていた蓮が体を起こしているのを見て、嶺二はアッと声を出す。

「よかった! 目が覚めたのか!」

「はい、お久しぶりです、嶺二さん」

「本当になぁ〜。 何年振りだ? 八年振りだよな」

 パタパタと音がして、祭星がコップを持ったまま駆け寄ってくる。

「あ、お、おきて、おきてる!」

 髪を一つにまとめていた祭星は、エプロンを外すのも忘れて嶺二の隣に並ぶ。

「だいじょうぶ?! 気分が悪いとかない? 怪我は治したから安心して! あ、でも痛いところはある? ソファしかなくてごめんね、背中とか痛くなってない?!」

「落ち着け祭星」

 嶺二がぺしんと軽く頭を叩く。

「一応怪我人だぞ。 じゃあ、俺は仕事に行くから。 朝飯美味しかったよ。 いつもありがとな。 蓮くんも少しゆっくりしていきなさい。 お互いに話したいことがあるだろうし、ね」

 嶺二は手を振りながらリビングから出て行った。 玄関を閉じる音も聞こえた。

「えっ……と」

 手にしていたコップをもてあそびながら、祭星が視線を泳がせる。

「あー、えっと、まずは……ご飯、食べる? それともお風呂入る? お湯、沸かしてあるから……」

「……そうする、か」

 蓮はゆっくり立ち上がって、廊下へ向かう。

「お風呂場、わかるよね」

「ああ」

「その、棚にお父さんがお着替え置いてあるって言ってから、良かったら着てね。 今着てる服は、洗濯籠に入れてていいから、お洗濯するから……」

「……ありがとう」

「わ、わたしご飯作ってる! ゆっくり入ってきてね」

 ぎこちない。

キッチンに戻り、作っていた途中のサンドイッチをそそくさと作って、温かいコーヒーをポットに注いだ。

自分はコーヒーを飲めないのでオレンジジュースをコップに注いで、テーブルの上に並べた。

昨日から作っていたスープに火を通し、グツグツと沸騰するのを待っていると。

「戻った」

「あ、おかえり、なさい」

 蓮がリビングに入って来た。 黒いワイシャツを着た蓮は、テーブルに綺麗に並べられたサンドイッチを見て驚いた顔をした。

「これ朝から作ったのか?」

「ん? そうだよ。 お父さんが帰って来てるときは、いつも頑張って作ってるの。 さ、座って食べて」

 言われるがままにイスに座って、蓮は手を合わせる。

「いただきます」

「はい、どうぞー」

 祭星はスープをテーブルに置いて、自分も向かいに座った。

無言で食べる蓮を、祭星はジッと見つめた。

それに気づいた蓮は口の中の食べ物を飲み込んだ後に、彼女に言う。

「美味しい」

「あ、ほ、ほんと? ありがとう」

 なぜか嬉しくなった祭星は、自分も朝食をとることにした。





 食後のコーヒーを飲む蓮は、しばらくして静かに祭星へ話しかけた。

「……本当にすまなかった」

「……なにが、あったか。 聞かせてくれる?」

「ああ」

 蓮は全て隠さず、祭星へ今までのことを語った。

両親が死んだ後、詠斬と言う男に引き取られたこと。

その男から魔法を教わり、彼女を助けるためには自分のモノにするしかないと吹き込まれたこと。

赤い結晶を身につけて、感情を支配されたこと。

全てを、彼女へ話した。

「詠斬が俺の前から消えたのはその結晶を渡した時からだ。 恐らく実験道具にされたんだろうと思っている」

「実験道具……?」

「あのペンダントが、あいつの思惑通りに感情を操れたら……それはもう立派な魔法具だ。 それこそ、戦争すら起こせる。 他人を意のままに操れるのならば、な」

 祭星に目線を合わせて、蓮はフッと微笑む。

「でもお前が助けてくれた。 本当にありがとう。 痛い思いをさせて、怖がらせた。 それでも俺を助けてくれた。 ありがとう」

 見る者全てが見惚れるであろうその笑顔に、祭星は思わず目をそらす。

子供の時もそうだったが、彼はものすごく顔立ちが良く、女子から人気者だったのだ。 形の良い唇も、切れ長の双眸も、全て。

自分はこんななりだ。 髪が真っ白でバケモノと呼ばれた女だから、彼には釣り合わないと思っている。

そんな祭星に追い打ちをかけるように、蓮が続ける。

「ずっと会いたかったんだ。 それだけは……事実だ」

「わ、私も……」

 ずっと会いたかった。

彼だけが、自分の心の支えだったから。

でもそれはきっと、彼が自分を助けてくれたわけではなく、自分が心の中で、居ないはずの彼に縋っていただけなのではないのだろうか。

 蓮が立ち上がって、食器を片付け始めた。 祭星も慌てて立ち上がろうとすると「ゆっくりしててくれ」と蓮がそれを止めた。

食器を洗う音が響く。 見たい番組もなく、ぼうっとしていると、蓮は祭星へ問いかけた。

「ヴァチカンに行くのか」

「うん。 今日色々買い物に行って、明後日にイタリアに行くつもり」

「気をつけて行くんだぞ」

 その言葉を聞いて、祭星は驚いた。

てっきり蓮も行くと思っていたからだ。 水を止め、手を拭く彼に思わず尋ねる。

「蓮はいかないの?」

「行くも何も俺には招待状が届いてない。 向こうから招き入れがない以上、押しかけるわけにもいかない」

 しょんぼりしているところで、急に玄関のチャイムがなった。 祭星が玄関へ向かい、扉を開ける。

「はい、どちら様で……」

「やあ」

 リオンだった。 急ぎの用事もなにもない時に、彼がここに直接くるのは非常に珍しい。

祭星が目を丸くしていると、リオンがその後ろへ視線を送る。

「……君が白石 蓮くんだね」

 警戒した表情の蓮が、祭星の肩を抱いて半歩下がらせる。

「まあそう警戒しなくていい。 私は祭星によく魔法を教えていてね。 ヴァチカンの幹部でもあるんだ。 今日はこれを。 君に渡しに来た。」

 何もない虚空から手品のように封筒をとりだし、蓮へ差し出した。 白い封筒。 金の装飾が所々に施されている。

 祭星は一目でわかった。 リオンをみて、喜びの声をあげる。

「リオンさん……!」

 蓮はそれを受け取り、目を見開いた。 差出人は世界政府管轄組織ヴァチカンだった。

 つまりそれは招待状。

優秀な魔法使いを保護、教育するヴァチカンへ、招待されたのだ。

ヴァチカンは普通招待されないと、その場へたどり着けない。 ほぼ全員の魔力保持者にはこの招待状が届くのだが、蓮は行方を眩ませていたため、届いていなかったのだ。

「君、どれだけ探しても見つからないから。 渡すのが2年も遅れてしまった。 見つかってよかったじゃないか、祭星」

「はい! 蓮を探すの、手伝ってくれた人なの。 危険な人じゃないから、安心して」

 ね? と祭星は蓮に向かって言う。 蓮は無言で頷いた。

「ふーん、そっか、君が蓮……。 占いどおり……」

 リオンは腕を組んでまじまじを蓮を見つめて、ふふっと笑う。

「執着心がすごく強いね。 どちらかといえば独占欲か? いやはや、やっぱり私の占いはよく当たる。

祭星、気をつけておくんだよ。 黒い感情、あれは半分本心だ」

 その言葉を聞いて、昨日蓮から言われたことを思い出す。 ぼぼぼっと顔が真っ赤になった祭星。

たとえ操られていたとしても、嘘だとしてもあんなことを言われたら怖いが、恥ずかしいと思っていたのに、それが半分本心と聞いたらさすがに隠せない。

「はっはっは!! 私の用事はそれだけさ。 では明後日、準備ができたら私の家まで来るといい。 ヴァチカンへの転送を任されよう」

 リオンは扉を閉めて、帰って行った。

熱くなった顔をぶるぶると振って、蓮を見上げる。

彼は封筒を見て、ポツリと呟いた。

「これで、今度こそお前を側で守れる」

「そ、そう言うことを……! 口に出して言わないでよっ!」

 ぽかぽかと蓮を叩き、祭星はリビングへ走って戻った。

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