プロローグ
この世界が産まれるずっと前の話だ。
一つの、壊滅的な力を持つ魔道書があった。
その魔道書は、自らの力で四つの世界を創り出した。
一つは、魔物が跋扈する絶望の世界を。
一つは、人間同士で争う戦争の世界を。
一つは、天使が支配する正義の世界を。
一つは、何も存在しない無音の世界を。
やがて時は違えど、その四つの世界は終わりを告げて、魔道書の元へ還ってゆく。 様々な終わりを吸収した魔道書は、そうして新たな世界を創り出した。
全てを終えた魔道書は眠りにつく。 いつか来るべき時のために。
創り出された世界の事を、その世界に産み落とされた人々はこう呼んだ。
『ヴァチカン』
と。 いつしか原初に生まれた者達も命の灯火を消してしまい、この魔道書が一体なんなのか、という事を知る者も居なくなってしまった。
だが、底知れぬ力を持つ魔道書は後にこう名付けられたのだ。
古き物語を識る魔道書「アルトストーリア」と。
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薬品の匂いが漂う薄暗い実験室。 おびただしい数のフラスコが並ぶ異質な場所で、一人の男が大きな水槽を眺めていた。
そこに漂うのは、目を閉じた白髪の少女。
「あぁ、完成だ、成功したんだ!!」
赤髪の男は、興奮した様子で独り言を言う。 その言葉はどこか男離れしたような言葉だった。
彼は何万もの失敗を重ね、やっとの思いで成功した目の前の「人ならざる者」を満足した表情で見つめる。
「永かった……、本当に永かったよ……。 でもこれでようやく私も体を持つことができる。 そう、生き返ることができる。
まだ計画は始まったばかり、こいつをエスペランサの適格者に育て上げることで、私はまたこの世に生を成すことができる」
男はひとり、くすくすと笑う。 しかし、男はまだ知らなかった。 自分の創り上げたこの少女が、自らを殺すことになることを。
そんなことも知らず、彼……いや、彼女は実験が成功した喜びに浸っていた。
「あいつの言う通りだった! あの男の言う通りだった! これでようやく……!」
興奮が冷めることない彼女の名はアナスタシア。 一度死んだ彼女は、自らの兄の身体を乗っ取り、非道な実験を繰り返し……、そうして創り上げた。 この目の前の白い少女を。
少女の名を、エトワール。
のちに、稀代の魔法使いとなる少女である。