どこかの辺境にて ~どこか別の視点にて~
「……なぁなぁ、聞いた?」
「ドブズレが結婚する話なら、オマエで三人目だが?」
石造りの急な階段をえっちらおっちら昇る三人組の一人が、話しを振る。
彼らはお揃いの服の上から革製と思われる胸当てを着け、微妙な長さの槍を杖代わりに壁上の見張りの交代に向かっていた。 肩に回した各々の荷物は、補充用の矢はともかく、灯りの為の薪や油壺だったりとそれなりに重い。
正確には五人一組で行動するのだが、ベテランな残り二人はほぼ手ぶらでさっさと行ってしまった。
「ちゃうちゃう。外の話や」
「……慰労の団体さんがやって来る話だったら、もう何人目か分からん程耳に入ってきたぞ?」
この砦を囲む無駄に高い城壁は見張り台が要らない程に高く、補修するとなれば呆れる程に分厚く頑丈に出来ている。 自分達が産まれるずっと昔に作られ、親の代で漸く完成した拠点だ。
ここに詰める人員はその殆どが兵士か軍属で、また、その多くがむさ苦しい男で構成されている。 つまり、潤いが無いのだ。
「そうそれ!その団体さんに、聖女はんやら巫女はん達がぎょうさんやって来るっちゅう噂やで?」
「明日はヤノトカゲが降るってぐらい、妄想が膨らんでくるな」
「はぁ……。どこでそんな眉唾な話を仕入れたんだか」
砦と言うからには相対する敵が居る訳で、そんな所に戦いを生業とする者達以外が用も無いのにやって来る訳が無い。
ここは魔物や魔獣から同族を守る最前線。
食料雑貨や武器、薬等を運び入れる商人達や、少数だが絶対に必要な漢達を慰める者達くらいしか訪れる事は無い。
極稀に慰労目的で歌や踊り、臨時の娼館が巡って来ても、お偉いさん関係が足を運ぶなぞありえない。
砦では無いが、物好きな学者が調査と銘打って道楽をしているくらいだ。 ……彼ら達にはいい迷惑だろうが。
「ぉお~い。あんまりぺちゃくちゃ喋ってないで、さっさと上がって来ぉ~い。遅れたら、またお小言貰わなきゃならんぞ~」
狭い踊場で腰を下ろしたベテランが、のんびり口調で手招きしている。 既に後ろには一塊になった兵士達の、もう仕事が終わったと云う顔をそれぞれに向けていた。
「……お仕事。お仕事」
「せやな」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
森と云う視界が狭まり連携の取りにくい場所では、数の優位はその力を大なり小なり削ぎ落とされてしまう。 特に弓や槍等、間合いを取れ手数を稼げる手段が集団の力と直結する場合にはそれが顕著に現れた。
集団と云う優位が取れず個々の力量では立ち行かない時、知恵を絞って考え出された方法が拠点を作る事だった。
ただ引き籠っている訳では無く、幾つかの拠点を点々と並べ線を引き、互いに連携や援護が出来る様に工夫をした。 隙間の空いたこの堤防は、受け止める事よりもその存在そのものを囮としてその意義を見出だしている。
森と云う不利なフィールドから、より優位な場所へと誘き出す為に・・・
森の魔物達はより多くの獲物を求める。 魔物の暴走はその規模に応じて拡がりを見せるが、その傾向は変わらない。
また、自分達への脅威と認識した物に対して、よりその傾向に拍車が掛かる為、小さな村より大きな砦…… つまりは囮を置く事で被害を減らし、また、足留めを行う事で軍による集団での対処を可能にするだけの時間を稼ぐのである。
勿論、全てが対処出来うる筈もなく、群れからはぐれた魔物も出るので、その辺りは被害を出しつつ地道な討伐と云う名の作業が待っているのが現状ではあるが。。。
ともかく、長い月日を掛けて魔物の脅威から学んだ結果、森へ攻めて間引きを狙うより、出て来るのを待って反撃をする方が被害を減らせると云う結論に至ったのだった。
「……それで?」
中途半端な長さの物から倍の長さの物に持ち替え、重さも扱い辛さも倍に成った槍をぼんやりと見上げた一人が呟く。
彼らの役割は、壁上で外を見張る事。 つまり、ぼ~っと周りを眺めて立ちつくすのがお仕事である。 気を緩め過ぎてはダメだが、ずっと緊張を保つ事も無理である訳で、交代の時間が訪れるまでは何かしら紛らわす必要がある。 まぁ、単純に暇なのだった。
「なんか言うた?」
「さっきの、教会の看板娘が慰問か何かは知らんが、こんな辺鄙なトコにわざわざ来るって話だよ」
「……お前のそう云うトコ、好きやで」
「何告白してるんですか?」
「気持ちわるっ!」
「ちゃうちゃう。聖女はんを町場の娘呼ばわりしとるんを、俺なりに評価しただけや」
「お前のその呼び方も、大概だと思うがな」
「教会の人とかに聞かれたら、公開説教で吊し上げられますよ。私、他人の振りしますね」
「えらい信心深いこって」「 ……まったくだ」
「ところで、何の話だったんですか?」
森と草原が曖昧に分けられた場所では、馬に似た動物の嘶きが遠くに聞こえ、穏やかな風が彼らを包む。 見上げた空はどこまでも高く、雲一つない穏やかな風景……
壁の上のあちらこちらでは、こうして兵士達の退屈な時間との戦いが繰り拡げられていた。
またぼちぼち投稿致します。




