どこかの部屋にて ~どこか別の視点にて2~
── とある屋敷の一室。
夕日が差し込む窓辺には豪奢な絨毯の赤が映え、細かな刺繍を色鮮やかに浮かび上がらせる。また、それに対する様に純白で統一された壁は、隅や柱・天井と云った所にも精巧な彫刻や紋様が施され、調和の取れた華やかな雰囲気を部屋全体に広げていた。
ただその中にあって、その部屋の主である少女は少し変わっていた。 悪い方に……
いや、外見的な部分ではそうおかしな所は無い。 むしろ仕立ての良い物を身に纏い、整った容姿で、この場に相応しい出で立ちではある。 …身嗜みに気を払っていればの話ではあるが。
それに、ソファーや椅子が有るにも関わらず、なぜか少女は床に大の字になり、その周りには乱雑に重ねられた書物や書きかけの紙・残骸が散らかっていて、オマケに下敷き替わりなっているタペストリーにはあちらこちらにインクが染み込み、その美しかったであろう絵柄を台無しにしていた。
ゴミの上であっても無頓着に寝転ぶ少女は、時折小さな独り言を呟きながら、見上げた視線を彷徨わせていた。 物思いに耽っている様であり、見えない何かをじっと観察している風でもある。
幾何学模様に描かれた天井画をなぞる視線の先が僅かの間止まったその時、不意に風が吹き入れ、跳ねた前髪を揺らし鼻を擽った。
──ッチュン!
「あ~。 せっかく良いところだったのに… 」
可愛いくしゃみとは対照的な乱暴さで鼻を擦り、一方で肩肘をついたままのその仕草は、とてもとても外見に不釣り合いで、まるで……
「もう!」
薄絹を重ねたスカートからほっそりとした太腿が露になる事にもまったく気にした様子もなく膝を立てると、そのまま上体を起こし胡座をかいて座り込んでしまった。
「イレーネ! イレーネッ!! …居ないの!?」
転がっていた鈴を振り回し癇癪を起こすその声にやや遅れて、淑女然とした女性がゆっくりと姿を見せる。
「まぁまぁまぁ…、また端ない格好で」
その言葉とは裏腹にさして気にした様子もなくおっとりとした足取りで現れた淑女は、ロングスカートの端を摘まみつつ足元にある残骸の中に分け入ってゆく。 片付けるつもりは無いようだった。
「イレーネ、聞いて聞いて! 一昨日からの流れを辿ってたら、見つけたのよっ! それで変に向きが変わっちゃって纏まっちゃったのよ!間違いないわっ!!」
少女の話には主語が無く意味不明ではあるが、とにかく興奮している事だけは伝わった。 頬に手を当て困った顔をしている淑女をよそに、少女は畳み掛ける様に話し続けるのだった。。。
「それでね、それでね…… 」
~・~・~・~
数刻後、イレーネと呼ばれた淑女の姿は別の部屋にあった。
先程と似たデザイン・装飾の内装で、同様に散らかった書類等も多々あったが… 机の上にあるだけまだマシだと云える。
この部屋の中には淑女の他に、その机の主と傍らに壮年の紳士、壁際に立っている中年の男の計四人。
机の主を前に、淑女は自分なりの見解を挟みつつ先の少女の話を説明していく。
「オイレン様の領地に流れるとのお話を何度も繰り返していらっしゃいましたので、恐らく… この辺りまで広がるのではないかと」
机上にあった物を無理やり退かせて広げた地図をなぞり、淑女は広い範囲を示す。
「既に境界には軍を送り、備えをしていると聞いておるが… まだ溢れる可能性が出てきたと?」
傍らの紳士が顔を下げたまま、素早く問いに答える。
「周辺の領主達にも触れが届いている頃です。サマル、ヘルトレア、アールル等から外周に送る増援を募れば間に合うのではないでしょうか?」
「だが、自領の備えを疎かにはせんだろう。隣接しておれば尚更だ。あまり当てにせず、援軍の編成も考慮しつつ、追加の物資を送り持久させるよりなかろう」
「ですがそれでは"はぐれ"が問題となります、間違いなく。 …被害が拡大しますな」
机の主と紳士が話す傍で、中年の男が口を挟んだ。
「お言葉ですが… 静謐の時期と重なり、人手も予算も足りないこの状況で、さらなる増援は難しいかと。後配の警戒を減らす訳にもまいりません」
「だがこのままでは確実に"はぐれ"が増え、境界を抜ける数が増える。群れているうち叩くべきであろう?」
「この度も事前の備えは出来ております。各領主からの増援を持って──」
「全てに備えておれる状況ではなかろう? 一つ一つ対処するし──」
頭上を飛び交う言い争いに、机の主は困り顔で声を荒げる。
「二人とも抑えよ! …内陸の様子について、あやつは何か言っておったか?」
「いえ、特には。 今回は魔界に絞って、お力を使われていたご様子でしたので… 」
「ふむ。あやつに興味を引かれるものが何かあったのであろう。珍しく集中しておるようだしな」
「前触れもなく乱れた流れに、夢中になっておいででした。もう暫くは全体に触れる事は無いように思われます」
「困ったものだ… 」
それは少女の気紛れさもあるが、この小国に降りかかる問題に対しての愚痴にも聞こえ、その何気ない小さな呟きを受けた淑女は散らかった机の上に静かにただ視線を送る。
「とにかく取り急ぎ、王の御前にてご報告申し上げよう」
机の主である宰相は、皆に顔を向けると立ち上がる。 その表情もまるで……
中々更新せず、申し訳ありません。
いつの間にやら元号を跨いでの更新になってしまいました。。。




