どこかの樹海にて 9
「 …さて、オレが気を失ってる間に何が起きたのか、教えてくれ」
日がだいぶ傾きそろそろ暖かさが遠退きつつある中、ずぶ濡れのままボロ布に巻かれた状態で尋ねる。 マット替わりの蓙が素足に冷たい。
何だか、身ぐるみ剥がされた上にそのまま河に投げ捨てられた様な感じになっているが、気にしない。
全身血塗れ泥塗れのあのスプラッターな時に比べれば、遥かにマシになっているのだ。 だからそんな目で見るんじゃありません。
─ 今回、熊の襲撃によって甚大な損害を被った。
ファンタジー的な要因によって壊滅状態だった従魔達共々、あっと言う間に完全回復したとは云え、魔石は使いきったし貴重なポーションまで消費してしまった。
今後も森からの魔物襲来が頻発するで有ろう事を考えると、的確な状況把握と対策とを取らねばならない。
いやマジで、普通ならもう終わっててもおかしくない状況だったと思う。 従魔達のケガやダメージが"死の宝珠"の力で治っていくのはもう今更だからいいのだが、"治癒のハイポーション"の効果を舐めてた。
冷静になって振り返れば、オレはかなり危険な状態に陥っていた様だ。 骨折は勿論、恐らく内臓にもダメージを負っていた可能性が高い。 普通なら即手術・入院コースだ。 どんなに早くとも1ヶ月くらいは療養とリハビリで日々を送っていたに違いない。
それが今、ピンピンしている。 現実ならばあり得ない回復力だ。
ファンタジー恐るべし。 改めてそう感じた出来事だった。
『カタタッ』
ちなみに、ポーションは体に振り掛けるなり飲むなりするのが一般的な使用方法だと、3号から聞いた。 ただ、一瞬でここまでの効果が現れる物は中々出回っていないんだそうだ。
『カタカタッ』
そんな貴重品の存在を忘れていたとは… オレも相当にパニック状態だったんだな。 まぁ、常識的に考えれば、お薬を飲んだ程度で骨折が治るなんて誰も思わないだろう。
『カタタッ!』
「えぇ~い! うるさいっ!」 ─ ぺしっ ─
廃材やら重そうな箱等を正座した膝の上に載せられた1号が、さっきからカタカタと何か喚いているが、無視だ。
オレを治そうとした行為は評価するが、死にかけてる人間の顔目掛けてポーションをぶちまけ溺れさせた時点で大幅にマイナスだ。
あの巨大な熊の下敷きになっていないだけ、有りがたいと思え。
~・~・~・~
膝上の重しが更に追加された1号を放って、ヨサクや2・3号達の状況説明が始まった。
ここに居ないタゴサクは汚れたオレの服を洗う為、今頃井戸からせっせと水汲みをしている筈だ。もう日が暮れると云うのに、真っ裸の上からボロ布を纏っただけのこの姿は… やっぱり惨めだ。 明日の朝には、乾いているだろうか? じゃなきゃ、風邪をひいてしまいそうだ。
ちなみに、4号は倒れたままここまで引き摺られて、熊の死体脇にゴミの様に放置されている。 端目にはどちらも死体なので、何の違和感も感じられないが、ちょっとあんまりじゃないのか?
話を戻そう──
その4号が魔力を切らしていた段階で、1・2号とヨサクは大破、タゴサクと3号のみが無事だったと記憶している。
『カタカタッカタッ』(訳:この石、滅茶苦茶重いんですけど)
……3号の話によれば、オレからの距離が離れていた上に2号をおんぶしたままだと間に合わないと考え、とっさに2号を投げつける事を思い付いたんだそうだ。
大破して上半身のみになっている2号をハンマー投げの要領で放り投げたら、それでも鉈を手放さなかった2号ごと熊の首に突き刺さった… との事。
「よく賛成したね? 2号」
『カタカタッ』(訳:何の相談もありませんでした)
「………。」
『カタッカタタッ』(訳:もう済んだ事ですし、いいんですけどね)
2号って、思ってたよりも大人だなぁ。 以前よりも哀愁が漂ってる風に見えるけど、多分気のせいだろう。
「 …んで、その後どうなったの?」
気まずい空気の中、淡々と話は続く……
鉈が刺さった程度ではすぐには止まらずに暴れ回った熊ではあったが、首根っこに齧りついて離れない2号に気を取られている隙に、残った1・3号が追い付き攻撃続行。 既にその時には、オレはダウンしていたそうだ。
しばらく元気に駆け回っていた熊だったが、ここで"獄卒の鉈"の能力が遺憾無く発揮。 刺さったままなので生命力を奪われ続け、オマケに負のダメージとやらもどんどん加わり動きが鈍くなった。 好機と見た1・3号も鉈を突き刺してそのまま抱きつき、熊が力尽きるまで頑張ったそうだ。
『カタカタッ… 』(訳:もう膝が限界です……)
ただ運悪く、小さな叫びを挙げ倒れた先には絶賛気絶中のオレが居たと。。。
その後の"押しくら饅頭"を経て、今に至ると。。。
─ ホント、よく助かったな… オレ……
危機を無事(?)脱したオレは今、改めてその元凶を眺める。
黒々とした毛皮で覆われた自動車くらいの大きさの物体。 体長は四メートル前後くらいだろうか? 体重は……考えないでおこうか。
モンスター図鑑(簡易版)で観た事があるヤツだ。 確か名前は『ハンターベア』だった……筈(忘)。
私の記憶が確かならば、熊系の中でも比較的弱い部類で、ありきたりな魔物のイメージだった。
特徴としては、[追跡]持ちで狙われるとちょっと面倒くらいの感じだったんだけど…… 実際に遭遇してみるとそれどころじゃ無かった。 幸い仕留めれたとは云え、ウチのスケルトン四体が大破もしくは戦闘不能状態にまで追い込まれてしまった。 その攻撃力とあの打たれ強さは脅威だ。 さらに悪い事に、魔物中でもポピュラーな存在でどこにでも必ず一定数は居る。 つまり遭遇率が高いと。
─ あんなのが度々やって来てたら、ポーションが何本有っても足りないぞ。。。
結果的に従魔達でも何とか勝てた訳だが、どう考えても消耗が激し過ぎる。常に一匹だとは限らないし、他の魔物だって居る筈だ。
この廃墟に出る程度のアンデッドだけならば、今まで何とかなってきたけど… これ以上……
「ん?」
『カタッ?』
「いや、ちょっと思い着いた事があってだな…… 」
───────────
そもそもこの廃墟はアンデッド達が大量に、まるで湯水の如く涌き出るせいで亡者の魔窟と化していたのだ。 その大勢のアンデッド達は、生き物の気配に引き寄せられて各々勝手に森へと散って行く。 森の生き物達にとっては、やたらと襲ってくる上に、倒した所で食べれもしない面倒な存在だったからこそ敬遠してきた訳だ。
そこにオレが、身の安全を図る為にとココのアンデッド達の間引きを始めたから、周囲の森の状況がおかしくなった。 そこまではお昼頃の段階で解っていた事だ。
だから戦力強化の為に、従魔を増やそうと考えてたし、武器がないかと館の調査を始めた所だったんだから。
だが、予想を越えて事態の進展は早かった訳だ。 想定が甘かったと言うべきか。
何となく従魔を増やせばとか思ってたんだが、もうそんな悠長な事は言ってられない。 兎に角、ココを亡者の巣窟に戻さないと、森の魔物達がどんどんやって来る!
つまり、以前と変わらないくらいにアンデッドが犇めき合っていればよいのだ。 これまでは問答無用で倒して回っていたが、従魔に出来そうなヤツは片っ端から従魔にしよう。
オレの従魔達で溢れさせればいいんだ!
魔力が足りるかどうかは知らんっ!
縄で縛って転がしておくなり何なりしておけばいい!!
「たった今から出会った全てのスケルトンは、全部捕まえろっ 全部従魔にする!」
『『カタッ?』』
『カタカタッ!?』『カタッ??』
「あと、従魔に出来ない他のアンデッドは今まで通り倒してくれ」
『カタッ!』
『カタカタッ? カタタッ?』
「じきに夜になるんだ。早く準備しろっ!」
『カタタッ!』 ─ バシャッ! ─
『カタッカタッ』
オレの宣言に、従魔達が慌てて走り回る。 ああは言ったけど、縄や紐を用意するくらいしか準備する事って思い付かないんだが。
それぞれに何かしらの考えがあるのか、倉庫へ行ったり館から持ち出した物を漁ったりと忙しくしている。
そんな従魔達を目で追っていると、オレの洗濯物が濡れたまま地べたに放り投げられていたのが見えた。
「タゴサクっ! 洗濯だけは、先にやってちょーだいっ!!」
最初の頃のお話を、ちょっと手直ししてみました。
まぁ…大筋の流れは変えていませんので、特にどうと云う事は無いんですけどね~




