どこかの樹海にて 8
余り均整が取れていない石畳。 隙間を見つけては草が茂り、しかし姿を隠す程の密度も無い。 井戸を覆う屋根を支える太く立派な柱の影、そこにオレは横たわっていた。
斜めになった視界に映るは巨大な熊。 動物園で見るよりも二周り以上もの大きさで、地響きを立てながら突っ込んで来ている。
代わりに戦ってくれる筈の従魔達は傍らに居らず、しかも、一番近くの従魔は死んだフリ……
今現在、オレの周囲の状況はこんな感じだ。 やたらと冷静な自分が怖い。
── この柱は、多分、盾にはなんないよなぁ~。コレごと吹っ飛ばされるのが目に見えてるし。
── 何より、片肘で横向きに寝転んで"くつろぎポーズ"のこの体勢じゃあ、もう目の前の熊をかわすの無理っぽいし。 転がってみるしかないか……
── それとも、向こうで死んだフリをするタゴサクに倣って、このままじっとしている方が、賢明か? いや、スケルトンだから死んだフリが効いてるのか?
『グゥオォゥウァーーッ!』
── 間近に見るとホントでっかい熊だな。バスくらいは余裕であるんじゃないか。あ~… こりゃダメだわ。 デカ過ぎて、どう避けても避けきれるもんじゃないわ。ペッちゃんこになるか、良くて弾き飛ばされて重体じゃね?
── 人は重大な危機に晒されると、時間がゆっくりと感じられるとは云うけど本当なんだな~。 後は、走馬灯が過ったりするんだろうか?
── あの傷じゃあ見えていない筈なのに、どうしてだか真っ直ぐに向かって来るよな。 完全にオレを捉えてるとしか思えん。 匂いとか気配で狙いを着けてるんだろうか? 体は一応、洗ったんだけどな。
── 涎とか血を撒き散らしてて、きったないな~。 ぁぁ…でも、 あの口の中、以外と歯並び(?)が良いな。牙が超立体的に見える。って、実際の光景なんだよな、現実逃避も甚だしいなぁ。。。
── もうオレの視界の大部分が、コイツで遮られて見えない。ちょっとだけ、僅かに青空の背景が映るだけ……
── いや、ありゃ何だ?
── んん? スケルトンが空飛んでる?
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
──
────
─────────
「う~ん。重い。。。。いや、痛い。。。」
─カタカタッ
──────────────
「って、ぁぃ痛たたたぁっ! っ痛ぁ?」
『カタッ?!』
『カタカタッ!!』
気が付けば、何かに埋もれている感じだ。痛みに呻いた自分の声がくぐもって聴こえる。
肩が痛い。 お腹が痛い。 意識を向ける場所が全部痛い。 鼓動に合わせてジンジンズキズキ痛みの大合唱が響きわたる。 こりゃ堪らん。
それに 辛うじて息は出来るけど、全身に何か押し付けられてる様に重くて動けん。あと、痛い。
あの熊に丸呑みにされたのかと一瞬考えたが、視界の端に光があるので多分違う……と思う。それと、痛い。
どこからかカタカタと音がしてるけど、従魔達だろうか?
兎に角痛くて、良く解らん。
「誰かそこに居るのかっ?」
『カタッ』『カタタッ』
1・3号が居るみたいだ。 ……と云う事は、オレは助かったのか。 現状、重くて痛くて実感がまったく沸かないが。 ……少なくとも、命はまだ有る様だ。
あれから何がどうなれば、こんな事になるのだろう?
「 …で、今どんな状況?」
『カタッカタタッ』『カタカタカタッ』
ふむふむ。何か知らんが、あの熊は倒されたと。
そしてもっと解らんが、その死体の下敷きになっていると。
「早く出してー!!」
周りに集まった従魔達が、下敷きになった主人を助けようと一斉に動きだす。
~・~・~ 暫くお待ち下さい ~・~・~
痛さと重さと、痛さと息苦しさと痛さを我慢する事、約数分。
オレの上半身は自由となった。
……代わりに、今度は両足の上に熊が乗っているので主に下半身の痛みが増している。
どうやらオレが意識を取り戻した段階では、脚だけが熊の下からはみ出していた様なんだが、動かしているうちに転がってこの状態になった。
─ わざとなんだろうか? それともバカなんだろうか?
疑問は尽きない。オマケに、痛い。
持ち上げれる大きさでは無いので押して退かすしかない訳なのだが、従魔達の呼吸がまったく揃わず、ただただオレの体の上を重量物が左右に揺れるだけと云う拷問となっていた事も付け加えておこう。 とても苦しく痛かった。
勿論、その際にはオレは色々と漏れたり吐いたりしている。
すでに熊から流れ出る血や体液に塗れているので、もう汚れは気にならない。 それよりも、ただずっと痛かっただけだ。
麺棒で伸ばされていく"うどん"になった気分だ。 讃岐の名に恥じぬ充分なコシが出ているだろう。 喉越しまでは保証しないが。
それからさらに数分後、悪夢の様な重しがやっと取り除かれた。
雪崩に巻き込まれて、その後助け出されたらこんな感じなのだろうか? …救出方法に、問題が有り過ぎたが。
もうグッタリして文句を言う元気も無い。全身が隈無く痛い。 何だかどんどん悪化してきている様だ。
『カタッ』『カタッ! カタタッ』──
『カタッ?』
オレの傍で片膝を付き手を伸ばそうとした3号を、タゴサクが慌てた様子で止めたみたいだ。
─ いや、どちらかと云うと起こして欲しいんだけど。
両手で「そのままそのまま」のジェスチャーをするタゴサクと、顎に手をやって考え込む3号をぼんやり眺める。
視界の中には入って無いが、ヨサクと2号はオレの後ろ、4号は… 少し離れた所… 多分、あの時倒れた場所に放置されてるんだろう。
─ うむ。 体が痛過ぎて、言う事を利かん。
無理に動かそうとすればイケる感じもあるんだが、確実に痛みが大きくなるのも解るので、力を入れる気にならない。 痛みをじっと堪えるのが、苦しくて仕方がない。 何かをしても痛くて、何もしなくとも痛い。
段々と麻痺していく思考の中で、ふと何か引っ掛かる様な… 何か忘れてる感じがした。
─ そう云えば… 1号は、どこ行った?
─バチャッ─ 「冷たっ!!」
目を瞑って痛みを堪えているオレの顔に、水か何かをぶっかけられた。 仰向けだったもんだから、モロに鼻の奥に入ってツーン。
「─っぷは! 誰だっ!? 何だ! …ゲホゲホッ!」
慌てて上体を起こすと両手で顔を拭い、ついでに鼻も噛む。 気管が詰まって咳も止まらん。理不尽にも苦痛を上乗せされた怒りが瞬時に沸き上がり、涙目を擦って周囲を睨む。
─ 死にかけをさらに苦しめるとは、一体誰の仕業だっ!?
まずは膝立ちの3号とその隣にタゴサク。 二人とも手ぶらで、何かをした様子は無い。
振り返れば、上半身だけになって横たわる2号とその背を支えるボロボロのヨサク。 こっちはそもそも何か出来る状態じゃないな。
そのボロボロの二人に隠れる様に、片腕と頭半分、ついでに肋骨も半分の1号。 その手には、中身が空のガラス製のボトルが。
「1号お前っ!? 殺す気かっ!!」
オレが叫ぶよりも早く空になったボトルを放り投げると、グラつく頭蓋骨を手で押さえながらも一目散に逃げて行く。よくあんなバランスで、走れるものだ。
そんな事よりも何故だ? オレに何の恨みがあるんだ? 酷い仕打ちにも、程があるだろっ!
「って、待てー! 今日という今日は、絶対赦さーんっ!!」
怒り心頭のオレは、1号に折檻するべく立ち上がった。
お前にも、"うどん"になった気分を味あわせてやる。
タゴサク:『カタタッ』(訳:治ったみたいだね)
3号:『カタカタッ』(訳:じゃあ2号さん達も治そうか)
~熊を押し退けている最中のヒトコマ~
─カタッカタッ(訳:うんしょ、んしょ)
─カタタッ!(訳:押せーっ!)
「痛い痛い、痛ぁーい!」
─カタカタカタッ?(掛け声とかしないんですか?)




