どこかの樹海にて 7
『カタッ!』(訳:ダメです。)
「ワガママ言うんじゃありませんっ! このままだと、熊が来ちゃうでしょっ!!」
現在、倉庫の中でタゴサクと梯子の引っ張り合いをしております。 外に出たいオレと、そうはさせじと阻むタゴサク。骨だけのくせになんて力だ。 …決して、オレが非力な訳では無い。
こうしている間も、熊が近づいているかも知れないのだ。
フェイントを入れてみたり、梯子を捩じってみたりと色々な抵抗をしつつ脱出の機会を図る。
─ バキッ ─
そしてついに梯子が根を上げた。
雑な造りの梯子が無理な引っ張り合いに耐えられる筈もなく、中程でポッキリと折れたよ。実はコレを狙っていたんだけど……思ったよりも、限界は早かったな。。。
やはりこんなので、熊を阻めると考える事自体がオカシイ。
「今だっ! 逃っげろぉー」
『カタッ? カタカタッ!!』
ジャージの袖を伸ばそうとするタゴサクを、華麗にスルー。 これ以上クタクタにされてたまるかっ!!
今じゃコレがオレの一張羅なんだぞ!(泣)
表に出ると、すぐさま周囲の確認。
よし。まだ熊(と1号)は来ていないな。
もはや安全地帯なぞ存在しない。 ならば、自由に動ける外の方がまだマシだ。 当面はこの倉庫を盾にして、逃げ回ろう。
「おっと、危ない」
背後からタゴサクが、懲りずにまた掴みかかってきた!
そんなにこのジャージを伸ばしたいのか。 だが今度もヒラリとかわして、倉庫の反対側へ~
─ や~い、や~い。タゴサクのアホ~ ─
……っと、こんな事をしてる場合じゃ無かった。
熊から逃げる前に、タゴサクから逃げ回ってても仕方がない。
肩越しに見ればオレを追いかけるタゴサクのさらに向こう、疎らに茂った木々の間から激しく動く"何か"が。 その周囲では、林自体が派手に揺れているのが分かる。
『ガァァーーァアァーーッッ!!!』
「来たっ来たキター!」
ハッキリと熊の咆哮が聞こえてきたー!
大音量の叫び声を聞いて、瞬間足を止め共に振り返るオレとタゴサク。 俄に騒がしくなった後方を確認すると、すぐさま壁に寄って身を潜め、一緒に仲良く家政婦状態へと移行する。
そっと倉庫の壁越しに様子を伺うと、手前の林まで嵐は近づいていた。
まだ距離があるのと木陰の隙間からチラチラとしか見えないが、本当に大きい。。。 小屋くらいって聞いてたけど、間近で見たら多分それくらいに見えるんじゃないだろうか?
─ あっ… コレ、ダメだわ。 ─
あんな巨体のクセに、林の中で縦横無尽に動きまくってる。…んで、素早い。追いかけられたら、ぜってぇ逃げ切れないわ。
あと、揺れてると思ってた木とかも、ちょいちょい薙ぎ倒されてるのもあるのね。。。見た目通りのパワーですか、そうですか。。。
そして、そんな熊が何故こうもバカみたいに走り回っているのかと言えば……
枝葉や樹皮、付近の草とかとにかく周囲にある物を見境無く切り刻み散らしまくってる存在が、あの熊を追い回しているからです。
─ そう …! ─
「4号っ! やっぱりお前かぁーっ!?」
絶叫するオレの隣で、タゴサクも震えてるよ。
熊が通り過ぎた後にはあらゆるモノがズタズタ切り裂かれ、僅かに残った木の幹もボロボロ。 草は勿論、地面でさえ幾つもの傷が重なり合い耕されていくのが見てとれる。…こんな遠くからでも。
何より、絶対王者の貫禄を遺憾なく発揮してる"あの熊"が、応戦する事無く全力で逃げ回っているその光景。
バカに銃どころか…機関砲を持たせたらどうなるか?
多分、こんな感じになります。
狙いなんて着けない。ただ方向が合ってるだけだ。現に、熊はまだ元気に走り回ってるし。
まぁ、当の熊にしてみれば、必死なんだと思う。 まぐれ当たりでも、喰らいたくは無いだろう。 すぐ後ろがどうなっているのか、いや、どうなっていくのか肌で感じてるだろうし。
『グゥゥオォゥアアァァーーーッッ!!』
だがついに4号の魔の手が、熊に届いてしまった!
無理な体勢で急な方向転換をした為、足元が滑りバランスを崩してしまう熊。動きを止めたその直後、瞬く間に体毛やら血飛沫やらが舞い始める。
地獄のミキサーが全力運転する中、再び起き上がると振り返りもせずまた走り出す!
……って、よくよく観察すれば、そんなにダメージになっていない様な?? 痛みを堪えてる風には見えないし、足を引き摺ったりとか動きがオカシイ所があってもいいと思うんだけど。
まぁ、それなら逃げ回ったりしないよね? 最悪、嫌がらせくらいにはなっているでしょう。(希望)
それと、もう一方の当事者である4号だ。 あれは完全に我を忘れてるぞ。
まぁ… あの調子だとほっといても魔力が切れるだろうから、そのウチに止まるとは思うが。問題は、その後だな。
あんなアブない従魔とか、嫌過ぎる。 一緒くたにコマ切れにされる未来しか見えない。 4号と比べれば、まだ1号の方がマシだ。
なんでオレの従魔には、ロクなヤツが居ないんだろう。。。
そもそも従魔って、もっとこう… 忠誠心? そう、主に従ってアレコレすると思ってたんですよ。主を守って戦うとかね。それが 何?アレ? 戦いのベクトルが全力で間違ってますよ!? 他の従魔達との連携とか考えてないだろっ!? どう見ても無差別攻撃じゃねぇかっ!!(恐怖)
「マジで、コレ… ダメだわ」
取り敢えずは、眼前の脅威である熊の対処を考えなきゃならないけど、あれじゃ1号達が居ても近づく事すら出来ないぞ。
そう言ってる合間も、熊(と4号)はドンドン近づいて来てる。 まるで狙って追い立てている様だ。……狙っているんだろうか?
疎らな林を抜けて障害物が少なくなった事で、その速度も上がってるのかも知れない。駆ける度に巨体が起こす振動や、飛び交う石とか土等が向かってくるのがハッキリと解る。少々近眼気味なオレの視力でも、その熊の姿がよく見える様にもなってきたしね。
ダメージがそんなに無いかも? …ってのは、どうやら勘違いだった様だ。
黒々とした体毛に隠れてアチコチに少なくない傷があり、その一部は毛皮ごと捲れていてとっても痛そうだ。 それに何より、ズタズタになった顔が大変な事になってるよ。 血とか涎だかを曳いてご立派な牙を剥き出しにしてるけど、あれじゃ多分何も見えていないだろう。
骨だけのアンデッドは気配も匂いも薄いだろうから、見えないと居場所が判りづらいんじゃないかな? そんなヤツが間合いを取った上で、延々と途切れる事無くデタラメに攻撃しまくってるのだ。
致命傷かどうかは兎も角、そりゃ、死に物狂いで逃げるよねー。
周りが見えてないから、木だろうが何だろうが撥ね飛ばすしかないし。
当人は必死で逃げてるけど、こっちじゃそれが解らないから遠目では元気に動き回ってる様に見えたと。
あと、1号達はちゃんと合流してた。熊(と4号)から大分離れているけど。
ヨサクの姿は見えないが、何となくもっと後ろの方に居るのが感じられる。姿を確認出来るのは、上半身右側が大破した1号と、おんぶされてる2号。 それをおんぶしてる3号はここからでは無傷に見える。
─ あれ熊にヤラれたんだよな? マジで4号じゃないよな? ─
最悪の予想が脳裏を過る最中、熊と4号の追いかけっこにも変化が現れた。
相変わらず熊は止まらないが、代わりに4号の無差別広範囲連打が止まった。やっと魔力が尽きた様だ。 そのまま後ろ向きにパッタリと倒れる。
─ って、あれ? ─
4号の魔法から逃れる為にデタラメに走り回っていた熊は、もう回避する必要がなくなったので真っ直ぐ突き進んでいる。
そう!こっちに向かって、一直線だ!
「ににに、逃げるんだおぉぉぉーーっっ!!?」『カタカタタッ!!』
『グゥオオウァーーーッ!』
家政婦達は、慌てて逃走開始。
このままでは、二時間サスペンスの中盤で口封じに殺される脇役だ。冒頭で死体役をするよりかはマシだが、出来れば温泉に浸かるお色気シーンまで生き延びたい。
断崖絶壁に辿り着いてエンドロールまで行ければ幸いだが、もう死亡フラグがすぐ目の前に姿を現してる!
画面に堂々と犯人が映っていいのは、後半の謎解きと回想シーンじゃないかっ!? もうすぐ22時なのかっ?
このままでは本当に死んでしまう。 兎に角、熊の進行方向から外れなければ。
大丈夫、見えてる訳じゃないし、熊も別にコッチを狙って来てる訳じゃない。 そう予想し、舘の方へと進路をずらしてダッシュ。 背後を振り返ってる余裕も無い、全力で猛ダッシュだ!
途中の井戸端の柱に手を掛けて回り込みそのままスライディング。滑り込みセーフ!
一息着く暇もなく、肘を付いた横向きの姿勢で顔を上げれば、こっちに猛然と迫る熊と、向こうの倉庫脇でうつ伏せなりじっと死んだフリをしているタゴサクがっ!!
─ 全然セーフじゃ無かった!!! ─
ちなみに、熊の視力を奪ったのは当初から対峙していた1号だったりします。
何度目かの攻防の末、半身大破と引き換えにカウンターが決まったんですけど… そんなカッコいい1号がどうしてもイメージ出来なくて
( ̄▽ ̄;)




