どこかの廃墟にて 6
─ 正座しているスケルトン。端から見るとシュールだねぇ。
石を抱いた1号はそのままに、火の番を2号に任せて倉庫に戻る。
空腹を満たし喉の渇きも癒えた。
外は夜を迎え、焚き火の僅かな揺めきのみが辺りを静かに照らし出す。
ここに至るまでのアレやらコレやらが遠い昔に感じられる、まったりとした時間だ。精神的にも肉体的にも疲れきった体に、穏やかな睡魔が忍び寄って来る事は、むしろ当然であった。
「あ~眠たい。。。。」
そう愚痴ったオレをまるで無視して、3号は倉庫の中をゆっくり見回している。入り口のすぐ外には、同じく周囲を警戒しているであろう1号の影も見える。
ここはアンデッドの巣窟、亡者の吹き溜まり。命を失っても尚存在を赦された者達の楽園だ。
そんな所で、夜を明かす。
どんなに疲れていようが、どんなに眠たかろうが、意識を手放してはならない。ある種の拷問にも似た、徹夜の始まりなのである。
「ふぁ~。。。。ムニュムゥ。」
こうしてする事も無く、ただ夜明けを待つというのは、マジで拷問だ。
いつ襲われるかという緊張感が、無い訳ではないのだが…
こうも何も起こらないと、ハッキリ言って退屈だ。寝ないように寝ないようにと思えば思う程、どんどん夢の中へと連れてかれるようだ。
瞼が重い…
「退屈だ。。。。眠たい。」
生真面目な3号は、まったく反応しない。
睡眠も疲労もしないスケルトンと言う存在が、少し恨めしく思う。
日中は姿を晒して移動していたので彼方此方でアンデッドに遭遇してたのだが、こうやって倉庫に潜み1号達に警戒してもらっている現在は、凄く平和だ。
夜に行動が活発になる筈なんだけど、なぜか昼間と同様に静かなままだった。
─ まさか夜も休んでいる訳じゃあ…ないよな…?
もしそうなら、こうやって欠伸を噛み殺し、必死で睡魔と戦っているのがバカらしくなる。もう普通に寝たらいいのでは?と言う悪魔の囁きに、全力で頷いてしまいそうになる。
二徹くらい平気だったあの頃が懐かしい…。
「3号も生きていた時の事は、覚えてないんだよな?」
『カタッ?』
ここでやっと反応してくれた。ボク寂しかったよ。
……冗談はさておき。
以前にも1号に地理や付近の状況等を聞いた際に、スケルトンとして覚えていた事以外を訊ねてみた事があった。
そもそもここが廃墟となる原因となった"魔物達の暴走"は、明らかにこの場のアンデッド達が生まれる前の出来事だったからだ。
だが、1号は生前(?)の記憶を殆ど持ち合わせていなかった。
スケルトンとなってからさ迷い歩いて得た情報は詳細に覚えていたのに、それ以前の記憶は、概要すらない断片的なものしか無かった。僅かに覚えていた事が、魔物達の暴走だけだったのだ。
生者から亡者へと変わる時に、ほぼ記憶を失ってしまった様だ。
『カタカタッ』
「考えた事もなかったのか?」
3号も少し変わっているのだろうか?
スケルトンとなる前の事には、興味がないんだと。元になった存在が、気にならないとは…
「でもお前だって、生きてきた頃があったんだろ?」
『カタッ?』
…腕を組んで頭を捻り、考える仕草をする3号。
暫くそうした所で、こちらを向いた。
『カタカタッ』
「生きていた者と、スケルトンの自分は違うモノだって?」
う~ん。。。。なんだか難しい話になってきたな。
睡魔を紛らわす為に3号に話し掛けたのだが、スケルトンの人生観(?)に及びそうだぞ。
オレとしては、生きていた頃からアンデッドになるまでを連続して考えていたんだが、3号は違うらしい。
まぁ、人間とアンデッドを同様に扱ってる事に問題を感じない訳でも無いのだが、それでも一つの存在が変化した結果だと捉えていた。実際、僅かとは言え生前の記憶を、1号は覚えていたしな。
だが3号にとっては、スケルトンとなってからが自分だと思っている様だ。自分が生まれる元になった存在は、あくまで元になっただけで別の存在として考えているらしい。
命ある者は全てが敵。…そう締め括った。
「じゃあ、今は?……オレ、生きてるんだけど。」
『カタカタッ!?』
慌てた様子で手を振る3号。
彼にとっては、今や生者に対する嫉妬や憎しみと言った感情は無くなっているそうだ。敵対する理由が無くなったと。
では同じアンデッドに対してはどうなんだろう?と言う疑問は置いといて、彼の心情の変化について考えてみる。
3号が心変わりした原因は、間違いなくオレの従魔となった事にあるだろう。だが普通の[従魔術]ではアンデッドを使役出来ない。一般的には[死霊術]の領分なのだ。
オレも詳しく知らないが、それがこの"世界"の常識だ。
しかし実際には、[従魔術・改]で従魔になった。
[死霊術]によって使役されるのと、オレの[従魔術・改]によるのとでは、何か違いが出てくるのだろうか?
そもそもこの使役する・される関係と言うのも、よく解らない。何となく"手下としてコキ使える"としか考えていなかったが、彼らは自立的に行動している様子が伺える。
割りと自由に振る舞ってる1号を見ると、もう少し考えて行動して欲しいと切実に願う所だが…。
それは兎も角、言う事はちゃんと聞くし、何かが"繋がっている"感覚があるので、これが使役していると言う状態なんだろうか?
考える程に疑問が増えるばかりだ。
『カタタッカタッ』
「"魔物達の暴走"の時の話か?」
先の質問の続きなのだろう。記憶を語りだす。
断片的なものだった1号とは違い、3号はその時の出来事を克明に覚えている風だった。
彼は語る。─その悲劇的な最後を。
────
この集落には、多くの人々が暮らしていた。
魔物が蔓延る森を少しづつ削り取り、人の領域を拡げ豊かにする為に。
木々を切り倒し、土を耕し、近づく魔物を追い払う。
此処だけでは無く、多くの場所でこの様な集落が存在した。その中でもかなりの規模を誇り、精力的に周囲を切り開いていたのが、この集落だった。
勿論、少なくない犠牲も出していた。
だがそれ以上の人員を、恒久的に補充し続けられてもいた。文字通りの人海戦術の上で、森の開拓を進めてきたのだ。
だがある日の夜、魔物の襲撃を受けた。
元々、群れで襲ってくる魔物は余り森からは出てこない。集落までやって来て襲う魔物は、高が知れていた。
しかし、その夜に集まっていた数はこれ迄のどんなものよりも多かった。多過ぎた。
かつて経験した事のない大規模な襲撃を前に、人々は集落を挙げて応戦した。
この集落には、魔物との戦いを専門とする多くの者達がいたが、それでも数が足らない。
普段武器を取らない者も、男も女も関係無く戦いに加わった。3号はどうやら後者だったらしい。
彼の記憶の中では、多くの魔物達が倒れていくのを確かに見たと言う。
だがそれ以上に、多くの人達が倒れてゆくのも見たそうだ。
魔物達は血に酔い、己の身を省みずに襲い掛かって来る。誰もそれを止める事が出来なかったのだと…。
最後に…。この様な大規模な魔物達の暴走は、森のアチコチで時々起きるそうだ。それが集落まで及ぶ事は、滅多に無かったそうだが。
その為に、普段から近隣の魔物の間引きを徹底し、さらに侵入する事が出来ない様に森側には幾重にも結界を施していたそうだ。
そうやって集落を守り維持していた筈なのに、なぜ…?
今や存在しない"彼"の記憶に残っていたものは、死の恐怖などではなく疑問だった。
入居したての頃は、慣れない周りの物音とかが気になりますよね~




