1-6 邂逅Ⅴ
「そこで何をしているの?」
扉の前で周囲に目を配っていたメルヴィナが、声の主に顔を向けると、手に箱のようなものを持った銀髪の少女が立っていた。
少女は、警戒するように距離を取っている。
「朝からお騒がせして申し訳ありません」
メルヴィナが丁寧に頭を下げる。
「別にいいけど……。ここの生徒じゃないわよね?」
その様子を見て、シェイラは傍に歩み寄る。
「いえ、違います。私はメルヴィナ・ウォールズと申します」
「ウォールズ? 王女様の側近の?」
シェイラが目を丸くした。
若干18歳で王女の傍に侍るという栄誉を賜っている女男爵については、シェイラも聞き及んでいた。
「そのウォールズで間違いないかと」
「シノに何か用なの?」
再び、シェイラは警戒した様子を見せる。
「用があるのは我が主です」
そう言って、メルヴィナが屋内に目をやった。
窓から、壁にもたれたユリアーネがシノに何か言っているのが見える。
みすぼらしい小屋に、この国で最も高貴な人間がいるというのは、現実感のない光景だった。
「どうして王女殿下が……」
シェイラは言葉を失った。
「それは申し上げられません」
メルヴィナはにべもない。
「あたしはオドリオソラ侯爵が長女、シェイラ・オドリオソラよ。ウォールズ、質問に答えなさい。王族ともあろうお方が、わざわざこんな所まで出向いてくるなんて、考えられないわ。何が目的なの?」
貴族という人種が、自らの手間をかけて平民に干渉するときは、大抵が良からぬ事だと、自身も貴族であるシェイラは、経験則から知っていた。
「侯爵家の方でしたか。ご無礼の数々、お許しください」
メルヴィナの態度こそ神妙だが、質問には全く答えない。
「……しかし、分かりませんね。なぜ、それほどまでに彼を気に掛けるのですか? 聞くところによると、頼まれてもいないのに、魔術の指導を買って出ているとか」
「そんな事まで……。ただの自己満足よ。借りっぱなしは嫌だから」
シェイラの敵意が、鋭さを増す。
本人の戦意に応え、シェイラの周囲に魔力が渦を巻いた。
メルヴィナも手にした槍を構える。
濃密な魔力によるものか、肌にチリチリとした痛みを感じ始めていた。
曰く、オドリオソラの秘術は属性を持たない。
そして、彼らの手に掛かった者は、首が落とされたことにも気づかないという。
オドリオソラの初代侯爵は、『大災厄』後の混乱期にその秘術で反乱分子を皆殺しにして、侯爵にまで昇り詰めたのだ。
いつか聞いた話を思い出し、メルヴィナも自らの魔力を練り上げた。
私に杖を向ける事は、リアン様に敵意があると見なされても仕方ありません。
仮にも侯爵家の方が、なぜこれほどまでに……。
いえ、詮索は後です。
今は目の前の事態に対処しなくては。
睨み合う両者の魔力をが増大し、ぶつかり合おうとしたその時、双方の魔力の流れが凍り付いたかのように止まった。
誰の仕業かをメルヴィナが悟った時、後ろの戸が開き、ゆっくりとユリアーネが出てきた。
「面白そうな事をしているな」
王女の姿を見るや、二人は即座に跪き、臣下の礼をとった。
跪きながら、シェイラは冷汗が背中を伝うのを感じた。
ユリアーネ王女自身が、卓越した魔術師であることは広く知られた事実ではあるが、その力を間近で感じたのは初めてだった。
「オドリオソラの娘か。侯爵に聞いていた通りのようだ」
僅かに笑みを含ませながら、視線を下に向ける。
「恐れ入ります。少し力が入り過ぎてしまいました。殿下の御傍に杖を向けてしまった罰は、いかようにでもお受け致します」
「気にするな。それよりも、今度模擬戦でもどうだ?」
「殿下と戦うなど……。何卒ご勘弁を……」
シェイラは、一層恐縮した様子で地に着きそうなほど頭を下げた。
「そうか。オドリオソラの秘術、見てみたかったのだが……。さっき、止めなければ良かったな」
後半は呟くような小さい声だったが、メルヴィナは聞き逃さなかった。
「リアン様?」
「いや、何でもない。ところで、シノに何か用があったのだろう?」
シェイラが何か言いたげな視線をシノへと向けた。
「何だ、その目は。何もしてないぞ」
「べっつに。昨日あんなことがあったから、生存確認に来ただけよ。あと、これ!」
そっけなく答えると、手に持った荷物を押し付けるように渡した。
「では、私はこれにて失礼させていただきます」
ユリアーネに一礼すると、足早に去っていった。
(後で説明してもらうわよ)
すれ違いざま、シノに視線で釘をさすことも忘れない。
はぁ……。
言い訳を考えておかないとな。
「殺人で成り上がったオドリオソラめ、と思っていたが、存外に良い娘ではないか。あの侯爵の娘とは思えんな。『事件』で心配になって様子を見に来たのだろう」
遠ざかっていくシェイラの背中を見つめながら、ユリアーネが言った。
「事件?」
そういえば、自分が拾われた時も、目覚めた時も、そして、金髪に追われた時も、周りの人間は、随分と警戒した様子だった事をシノは思い出した。
「なんだ、知らんのか? 王都にいたのなら、物乞いですら知っていることだぞ」
「そういえば、オドリオソラが一人で出歩くなと言っていた気がするな」
何故ユリアーネが呆れた目で自分を見ているのか、シノには分からない。
メルヴィナがため息をつく。
「2ヶ月ほど前から、魔術師が襲われる、という事件が連続して起きています」
メルヴィナが、仕方なく説明する。
対象が魔術師なら、俺は無関係だな。
「被害者は全員、眼球を抜かれていることから、何らかの呪術に使う目的で集めている、というのが王城の魔術師たちの見解です。幾重もの対魔術防壁を掻い潜っていることから、犯人は魔術師以外、という可能性もあります。今回もアレイスター・クロウリー様自ら構築した防御魔術が、無力化されていました」
言葉を続けながら、ちらりとシノを見た。
「目玉か……うへぇ……」
被害者の状態を想像して、シノがげんなりとした顔をした。
「ここ1ヶ月は何もなかったのだが、昨日また被害者が出た」
ユリアーネが言いようのない怒りを滲ませる。
「昨日?」
「そうだ。観兵式を隠れ蓑にしたらしい。今回の式は……従来より、かなり人が多かったからな。絶好の機会だった。それで、近衛を増やしたのだが、それでも足りなかった。相当な手練れであるらしい」
自分のせいで観衆が増えた事を気に病み、今度は苦い顔をする。
「リアン様、それはーー」
「分かっている。だが、今回犠牲になった者のためにも、下手人は必ず捕まえなければならない」
気遣わし気なメルヴィナを強い口調で制した。
「昨日の件はまだ公開されていないのだが、流石はオドリオソラ、耳が早いな。それで、こんな所に住んでいるお前の生存確認をしに来たんだろう」
「なるほど」
確かに、魔術を使えない俺では心配させてしまうか。
「ところで、その箱の中身はなんなのだ?」
気が滅入る話題を切り替えようと、ユリアーネがシノが渡された箱を指さした。
「さぁ……」
首を傾げながら、箱を開ける。
「お弁当でしょうか……。すごい、魚介料理ですね。高そう……。さすが天下のオドリオソラ」
背後にいたメルヴィナが、誰よりも早く中身を確認した。
「お前、いつの間に……」
路地裏でやりあった時も、後を追われていたな。
意外と気配を消すのが上手いようだ。
「……本当にただのクラスメイトなんでしょうか?」
密かに警戒を強めたシノをよそに、メルヴィナは新たな疑いを向ける。
「勿論だ」
記憶をなくす前に知り合いだった……なんてことはないはずだ。
そんな話をオドリオソラから聞いた覚えはない。
「……というか、なぜそんな事をお前が気にする」
「メルヴィはな、意外とこういう勘繰りが大好きなのだ。しかし、確かにあの娘に随分と噛みつくじゃないか」
「リアン様っ!」
面白げな自分の主を、メルヴィナが見咎める。
「はいはい。では、私たちは戻る事にしよう。そろそろ城を抜け出したのがバレる頃合いだ。またな、シノ。私のモノになるという話、考えておけ」
再び、外套をすっぽりと被り、少し憤慨した様子のメルヴィナと何か言葉を交わしながら、騒がしくなってきた朝の喧騒へと消えていった。
太陽はもうすっかり高く昇ってしまっていた。
もう1限目の授業は始まっている事を告げている。
よりによってあのゲーユ先生の授業だった。
「あっ、遅刻じゃねぇか……。これって俺が悪いのか?」
よし、潔く諦めよう。
今はこの美味しそうな弁当で、朝飯といこう。
2人の話では、上等な食材らしい。
あいつが料理など、少し意外だな。
全てを諦めた男はウキウキとした様子で手に持った弁当を一口、つまんだ。
「……フム」
見た目は、この上なく美味そうだった.
しかし、何ともいえない味だった。
夕食を食べていない、という最高のスパイスををもってしても、美味しいとは思えない。
素材の味を最大限に殺し、原材料が何なのかすらよく分からない。
しかし、決して食べられないほどマズいというわけではない。
「……ご馳走様でした」
でも、どっかで覚えのある味だったな。
どこだっけ?
食べ終えたシノは、ノロノロと教室の方へと歩いて行った。




