1-5 邂逅Ⅳ
「本当にここで生活しているんだな……」
床に座ったユリアーネが、興味深そうにキョロキョロと室内を見回した。
部屋に唯一あった毛布は、当然のようにユリアーネの尻の下だ。
「……何か珍しいか?」
自室をつぶさに観察されて、シノは居心地が悪い。
「いや。特に珍しいものが無かったのが意外だったのだ。質の差はあれど、私の部屋と調度品の種類は変わらんな。殺風景だなんだとメルヴィにはよく言われるが、見ろ。これが一般的ではないか」
ぶつぶつとユリアーネは文句を言った。
「勝ち誇ってるところ悪いが、話って何なんだ?」
シノの家は勿論、一般的ではないのだが、訂正すると余計話がややこしくなるのが分かったので、話を先に進めることにした。
「いいな、お前」
ユリアーネが薄く笑う。
「何が?」
何が良かったのか、シノにはさっぱり分からなかった。
「その口の利き方だ。私はアイン・スソーラ王国第一王女、ユリアーネ・ローゼンベルグだぞ。気付いていないわけではあるまい?」
気付くも何も、こっちは記憶喪失なんだよ。
待てよ、そういえば、昨日見たような気もするな……。
ウォールズとかいう金髪に追い回されたせいで、王女の顔なんて記憶の彼方だ。
「失礼しました。まだ寝ぼけていたようです」
ここは謝っておくのが正解だと判断し、シノが頭を下げる。
「いや、咎めたわけではない。へりくだっている訳でもなければ、不遜な訳でもない。そのように私と話すのは、家族だけだったからな。対等に話してくれと言っても、他の皆はどこかで私を王女として見ているのが分かるのだ。だから、そのままで頼む」
そりゃそうだろう。
俺には、目の前の女が王女である実感なんかないんだから。
部屋観察に勤しんでいたユリアーネが、無造作に壁に立てかけてある黒鞘の剣に目を留めた。
「お前は剣を使うのか?」
「まぁ……、お守りのようなものだな。銘も知らない」
シノが言葉を濁す。
「ほぅ……」
ユリアーネが目を細め、剣を凝視する。
先程までの楽し気な様子はない。
何か感づいたか。
この王女は高位の魔術師のようだし、抜くことすら出来ないあの剣は一応、魔剣に類する代物らしい。
そもそも、特例での編入の理由になるほどのものだ。
俺には分からないが、何らかの力を感じ取ったのかもしれない。
「あぁ、すまない。話というのはだな……」
一人緊張していたシノをよそに、ユリアーネが言葉を切り、一つ深呼吸をした。
「回りくどい話は嫌いだ。私のものにならないか、シノ・グウェン」
そして、シノをまっすぐに見つめる。
張り詰めた表情だ。
こいつ……、何を考えている。
「それは配下になれ、ということか?」
「他にどんな意味がある」
ユリアーネは冗談を言っている雰囲気ではない。
分からないな。
何故、俺なんかを……。
「いや、愛の告白なのかと思ってね」
状況を整理する時間を稼ぐべく、シノは軽口を叩く。
「ば、馬鹿者! 私を愚弄するかっ! この身は王国に捧げられるのだ!」
顔を赤くしたユリアーネが、両手を意味不明に振り回しながら、大げさな身振りを交えて否定した。
「冗談だ。怒るなよ」
予想外の反応にシノがたじろぐ。
ほんの軽口のつもりだったんだけど……。
しかし、自分が何者なのかも分からない状態で、誰かと深く関わるのは危険だ。
目の前の人間と敵対関係だった可能性だってあるかもしれない。
「すまん。でも、断るよ。俺があんたの下につく理由がない」
シノの返事を聞いて、ユリアーネが大きく息をついた。
「はぁ……。私の誘いを断ったのは、お前が初めてだ。もっとも、欲しくなったのはお前で二人目だがな。分かった。また日を改めよう」
さりげなく、諦めていない事を告げると、ユリアーネは腰を上げる。
「一つ聞いてもいいか?」
立ち上がったユリアーネに、シノが声をかけた。
「許す」
「なんで俺なんかを? 自分で言うのもなんだが、俺は魔術師として使い物にならないぜ。あんたの配下は、魔術師ばっかりなんだろ?」
シノは当然の疑問をぶつける。
「爵位も階級も、ましてや魔術師であるかなど一切関係ない。必要なのは唯一、実力だけだ」
「実力?」
シノが首を捻る。
「先程、私の氷を砕いた技には見覚えがある。元々、そのつもりではあったが、それを見てお前を従僕にすることを決めた」
「何か知っているのか?」
平静を装ってはいたが、必死さは隠しきれていなかった。
「あれは魔力ではなく、精気によるものだ」
ちらりとシノに目を遣ると、ユリアーネは腕組みをして壁にもたれかかった。
「オド?」
シノの身体は前のめりになっている。
求めていた、自身に関する情報だ。
その言葉の響きは、不思議と耳に馴染んだ。
俺は間違いなく、その言葉を知っている。
なるほど、俺の身体に染みついている力はそれか。
「なんだその顔は? それはお前の領分だろうに」
怪訝そうな顔をしながらも、ユリアーネは説明する。
「この世界の万物に宿る力。存在自体があまりに必然かつ自然に過ぎるが故に、人間は認知することすら困難だそうだ」
「そのオドを使う人間がいたのか?」
「……? あぁ、いた。先の『大災厄』で伝承は滅びたと聞いたが、こんなところで継承者が見つかるとはな。彼らと魔力を操る魔術師は折り合いが悪かった。正確な記録などあるはずもないのだが、とにかく『大災厄』以降、精気の使い手は確認されていない。元々、希少な存在ではあったようだが」
つまり、俺は以前、精気の使い方を学んでいた……ということか。
「他に知っていることはないのか?」
「私が知っていることで、お前が知らない事があるとは思えないが? そういう技術は門外不出だろう」
あまりしつこく聞くと、記憶が無いことがバレるかもしれない。
「そうだな……。ありがとう、参考になった」
「さっきから何を言ってーー」
何か尋ねようとしていたユリアーネが顔をしかめた。
その表情のまま、おもむろにドアを開けると、金髪と銀髪がにらみ合っていた。
戦闘でも始めようとでもいうのか、互いの表情は厳しく、身体には魔力が充実している。
その濃度に、喪失者であるシノは、軽い吐き気を催した。




