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2-16 剣の在処Ⅳ

 白み始めた空の下、黙々と足を進めていた二人が止まったのは、アルバスの城にほど近い所だった。



「どうかしたのかい?」


 レヒツが不意に足を止めたシノを振り返る。


「……」


 馴染みつつあるといってもいい、焦げ付くような殺意が顔を出した。


 ただ、それほど強いモノではない。


 問いには答えず、シノは周囲に目を配る。


 間違いなく、ここには殺さなければならないモノがいるのだ。


「ちょっと君──」


 急いでいるんだ、と苛立たしげに自分の髪を掻き乱した時、レヒツは目前に黒い影が立っていることに気づいた。


 反射的に後ろに跳んで様子を窺うための距離をとる。


 黒いローブを纏い、魔術師のようないでたちをしていた。


 顔は外套で隠されている。


 ローブを纏った上からではあるが、華奢な身体つきは肉体を用いた戦いに秀でているようには見えず、強い力が感じられるわけでもない。


 戦場での経験は浅いように見える。


「何か用かな」


 尋ねながら、レヒツはだらりと垂れた右腕に魔力を満たした。


 魔力(マナ)という餌を食み、宿る獣が目を覚ます。


 今、アルバスにいる魔術師は全て敵だといってもいい。



──違う、あいつじゃない。



 駆け巡る殺意の源をより深く探るべく、シノは内を流れるオドを外側へ向けた。



 黒いローブの魔術師はレヒツの言葉に首を横に振った。


「安心するといい。今は追われていないし、用があるのはシノ・グウェンだけだ」



──信じられるか。


 いや、戦況は相手が有利。


 向こうが退く道理もない。



 レヒツは瞬時に自問に対する解答を導き出す。


「《赤龍の四爪、レヒツ・アルムが誓約の下に南方より赤龍の剛力を宿す》」


 レヒツの右腕に宿った『魔』がシノが感知した『魔』をかき消した。



 武器を構える必要もない。


 喉元に手を掛け、握りつぶせば事は足りる。



 アイン・スソーラの魔術は多彩で強力だが、魔術発動の(たび)に高度な集中と詠唱という手続きが必要となる、集団戦闘で力を発揮するものだ。


 対して〈竜狩り〉の魔術は効果は単純だが、一度発動させてしまえば魔力のある限りその効果は続き、単独での戦闘に向いている。


 この戦いにおいて、有利なのはレヒツの方であるはずだった。


 しかし、骨を砕き相手を無力化させるはずだった右腕は、黒いローブの下から伸びてきた左手に難なく掴み取られる。


「な……」


「あぁ、〈竜狩り〉か。第二王女を襲った魔術師だな。なら、お前にも用ができた」


 小柄に見える体躯には見合わぬ逞しい腕だ。


 何よりレヒツが驚いたのは、掴まれた瞬間、猛っていた右腕の獣が萎縮したように鎮まったことだ。


「人外を身に宿していながら、人のままでいたいなどと。半端な力を半端に使うからこうなる」


 嘲るような言葉が耳に届いた瞬間、レヒツの身体が宙に浮き天地がひっくり返った。


 背から叩きつけられた衝撃で肺が空になる。


「今日はどうなってるんだ……!」


 尋常ならざる腕力だ。


「〈竜狩り〉、お前には役に立ってもらわなければ。ただ、別に手足は要らないな。元々はお前がしでかしたことだ。文句はないだろう?」


 足下に転がるレヒツへ冷たく言葉を落とした。


 魔術師の周りで凝縮された空気が不穏な風音を立て始める。


「俺にも用があるんじゃないのか」


 言葉を発したのはシノだった。


 明らかにレヒツを守るために口を挟んだシノへ、黒いローブの魔術師は首を傾げた。


「この男はお前にとって敵であるはずだが」


「今は違う。城に入るまでの協力関係だ」


「城まで行きたいのなら私が連れて行ってやる。こいつはもう必要ない」


「協力すると約束した。借りもある。譲れないのなら、お前は俺の敵になる」



 以前見た、城の一室にてユリアーネに短剣を突きつけた時の動きは熟達したものだった。


 相手を殺すという目的にのみ特化した正道ではない剣捌きは、城勤めの魔術師らしくない。


 戦うのなら相応の覚悟が必要だ。



 外套の下で、魔術師は思案しているように見えた。


「……分かった」


 風音が止み、魔力(マナ)が魔術師の内へと収まった。


 満ちていた殺意が消え、シノも身体に走らせていた精気(オド)の流れを緩める。


「素直だな。王女を狙った重罪人だぞ」


「お前の敵でないのなら私が手を下す理由もないし、あの女の身の安全などに興味はない」


「へぇ、親切だな」


「お前が望んでいないからな」


 魔術師が真新しい羊皮紙を取り出し、ひらひらと振った。


 それが何なのか、シノにはすぐに分かった。


「スクロールか」


「知っているんだな。いや……あぁ、そうだったのか。なら使い方は分かるな? 王都までの空間転移術式(テレポーテーション)が刻まれている」


「またか……」


 シノが顔をしかめた。


「どうした?」


「これにはあまり良い思い出がなくてな……」



 一度目はオリアの私室、二度目はアルバスで敵の真っ只中だった。



「要らないのなら余計なお世話だったかな」


 機嫌を損ねた声で、魔術師が手にしたスクロールをしまい込もうとする。


「待て待て、ありがたく頂いておく」


「礼をまだ聞いていない」


「……ありがとう」


「まぁ、いいだろう」



「楽しそうにお喋りしてる所悪いんだけど、僕はもう起き上がってもいいのかな?」


「好きにするがいい」


 魔術師は、地に背をつけたままのレヒツにもう興味もなさそうに返事をすると、スクロールをシノに押しつけるように手渡した。


「ニ枚ある。一つは私の為だったが、そこの〈竜狩り〉にくれてやってもいい」


「なら、僕も礼を言ったほうがいいかい?」


「必要ない」


 少しおどけたようなレヒツの言葉にも、魔術師の返答は素っ気ない。


 先刻の会話で見せていた人間味は、完全に消えている。



「借りは返したぞ」


「そういうことに君はこだわるのだね」


「感情の負債を持って行きたくなかっただけだ」


 レヒツが城で近衛を殺した魔術師に対して、思う所があることは明らかだった。



──お前の大切なものを壊してしまうかもしれないからな。



「行くなら早く行け。狩りはもう始まっている。それに、気づいているだろう? 私たちを見ている者がいる。お前たちが転移する間くらい、見送りをしてやってもいい」


 以前に会ったときには、ともすれば敵対しているといってもいい状況だった。


 理由の分からない援護にシノは収まりの悪い気持ちを抱えつつ、


「どうしてそこまでする。俺を知ってるのか?」


「我が魔力(マナ)に誓って、私はお前など知らない。お前たちの行動が私にとっての利益となる、それだけの話だ」


「そうか。でも、借りができたな」


シノはそう言って、スクロールを引き裂き、レヒツと共に姿を消した。



「シノは無事に王都へ向かった。隠れている意味もなくなったと思うが。……それとも、引きずり出して欲しいか?」


 二人が去ると、黒いローブの魔術師は鋭い声を飛ばした。


 威嚇するように言葉を投げかけた魔術師の前に、忽然と二人の人間の姿が現れる。


 巨大な両手剣を背に負った燃えるような赤毛の少女と、紅い宝石のついた短剣を提げ、ヘラヘラと人を食った笑みを貼り付けている肥満体の男。


 特に少女の方からは、強い敵意が感じられた。


「ツィスカ・ザカリアスとヴォルフラム・ザカリアスか。なるほど、今見れば奇妙な取り合わせだ」


「奇妙? 失敬だネ。愛のなせる業だと、そう言って欲しいナァ」


 肩に回されたヴォルフラムの手を叩き落としながら、ツィスカが黒いローブの魔術師を指さした。


「それ、お前のものじゃない」


 ツィスカの抑揚に乏しい声には、太い芯を一つ通した力強さがある。


「その通りだ。やはり覚えているのか」


「返して」


「フムゥ……」


 ツィスカの隣で、ヴォルフラムが感嘆を漏らした。



 今まで、これほど能動的に一つのものに執着したことがあっただろうか。


 それも、よりにもよって使い捨てのあんなモノに。


 どうやってそのような執着を持つに至ったのか分からないが、実に喜ばしい。



「お前が決めることではない。健気なことだ。その為にこんな所に留まっていたのか」


「……殺しておけば良かった」


「その言葉、許してやろう。これほどの力の差があれば、子供の戯言と同じだからだ」


 ツィスカのすぐ隣にいたヴォルフラムには彼女の魔力(マナ)の高まりと熱が嫌でも感じられた。


「よせ、ツィスカ!」


「《全てを灼き尽くせ(ハオ・プロクス)》」


 現出した灼熱の渦は、地を焦がしながら周囲を舐め尽くした。


「『変成せよ──()は焔なり』」


 黒いローブの魔術師の姿は、圧倒的な炎に塗りつぶされる。


 たまらず、ヴォルフラムも熱が及ばない所へと転移した。


 警告をするように、背からの熱風がツィスカの顔を撫でた。


「……分かってる」


 これで仕留めたなどと思っていない。


 燃え盛る炎を前に呟いて、ツィスカは背に負った大剣の柄に手を掛ける。


 すると風が渦巻き、炎が大きく激しく勢いを増した。


 密度の上がった炎の中からは、その場に立っていた魔術師の気配は感じられない。


 過程は分からないが、それがもたらす結果には覚えがあった。


「同じ、手を……ッ!」


 ツィスカの想定通り、炎を掻い潜って眼前に現れた魔術師に躊躇なく振り上げた。


「……」


 振り上げた体勢のまま、ツィスカの動きが止まった。


 剣の軌道に身を置きながら、魔術師が嘲笑う。


「どうした? 振り下ろさないのか? 今度はお前の腕が落ちることになるがな」


 魔力で編まれた極細の糸がツィスカの腕を縛りあげていた。


「〈風鳴の魔剣〉か。炎を煽るために用いるとは、ずいぶんと自分の魔術に自信をお持ちのようだ。ただ、もう少し剣術の訓練はしておくべきだったな。無駄な動きが多すぎて、自ら頸を差し出している者に糸を掛けるくらい簡単だった」


「殺す……!」


 ツィスカの腕から血が一筋流れ落ち、小さな炎を上げた。


「やめておけ。実体が欠損すれば、存在を維持できなくなるのではないか?」


 目の前の敵を両断すべく、裂ける肌をものともせずに大剣を握る手に力を込めたとき、   


「それも初めて見る感情ダ。でも、あまり娘を虐めてやらないでくれるかナ、オドリオソラの魔術師よ」


「私はオドリオソラの魔術師ではない、大英雄殿。あなたこそ、この国にいるのはおかしいだろう?」


 締まりのない笑みを浮かべていたヴォルフラムの目が、すっと細められた。


「君は誰だ」


「あなたが正体を明かすのなら、私もそうしよう」


 しばらく魔術師を見つめた後、ヴォルフラムは芝居がかった仕草を取り戻し、大袈裟に両手挙げた。


「まぁ、いいさ。ボクとしてはまだキミと戦いたくはないネ。目的も同じようだし、ここで終わりにするというのはどうだい?」


「構わない。だが、そこの女はやる気らしい」


 軽く頷いたヴォルフラムが短剣を取り出して柄を握ると、紅い宝石が(ほの)かに光を放った。


 ツィスカが魔術師に向けていた敵意を、今度はヴォルフラムに向けるが、意に介した様子はない。


「ツィスカ・ザカリアス、この場における一切の戦闘行為を禁ずる。……これでいいかナ?」


 ツィスカの魔力(マナ)が弱まり、敵意だけが残った。


 それを確認して、黒いローブの魔術師はツィスカの拘束を解いた。


「ご明察の通り、ボクたちは彼を見ていた。この子がどうしてもと言うものだからネェ。父親としては、可愛い娘のわがままは叶えてやりたいのだヨ」


 未だ敵意を剥き出しにして、睨みつけるツィスカの頭に、ポンと手を乗せた。


 その手をツィスカは荒々しく払い除けた。


 間髪入れずに足元から上がった火柱を、ヴォルフラムはその肥えた身体に見合わず、軽快に身を翻して躱す。


「命令、効いていないのではないのか」


「こんなのは親子喧嘩サ。難しい年頃の娘を持つと父は苦労するのだヨ。でもいいんだ。面白かったからネ。ホント、彼は見てて飽きない。正直に言って、失ってしまった彼に関する記憶が惜しくて仕方がない。今度の『大災厄』ではどういう運命を辿るのか、とても興味深い。当分、退屈とは無縁でいられそうだ」


 「……黙れ」


 痛いほどの殺気が込められていたが、ヴォルフラムは笑みをより深くする。


「気に障ったかい? どうせだからついでにもう一つ。わざわざ手を出さなくても、彼はキミの望む通りにしたサ。だってそうだろう? アレはそういうモノなんだから、ネ?」


「黙れッ!」


 瞬時に形成された不可視の刃が正確にヴォルフラムを狙ったが、その姿は消失し、刃は目的を果たすことなく(くう)を裂いてやがて消えた。


「美しい! 実に美しいッ! どうにもならないと理解しているコトをどうにかしようと足掻く様は、とてもとても尊いものダ。願わくば、それが叶わんことを」


 調子の外れた、耳に障る哄笑を残して、二人は姿を消した。


「あいつらと同じ失敗をするものか……」


 黒い外套の下で、魔術師はきつく唇を噛みしめた。

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