表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/65

1-29 願いⅡ

 身体が燃えるように熱い。


 真っ赤に熱した鉄の棒を芯に通したような、熱感と激痛。


 血潮は沸騰し、隅々まで流れている血管の存在を主張してくる。


 そして沸き上がる激情。


 持ち合わせている感情に当てはめるとしたら、怒りだろうか。


 自分のものではない感情で満たされていくのは、ひどく不愉快だった。


 ただ、力が漲ってくるのは分かった。


 今まで経験したことのないほどの魔力(マナ)の充溢。


 自分の存在の果てすらも把握できない。



あぁ、お兄ちゃんはずっとこんなのに──。


でも、これで同じになったのかな。


これからは、護ってもらうだけじゃなく、護ってあげることが出来るんだろうか。


もし、本当にそうなら、身体を這いまわる不快感にも耐えられる。



 明滅する思考の隙間に、ふと、黒い髪の青年が浮かんだ。


 顔はぼやけて定かではない。


 でも、身体を走る熱とは別の感覚で、確かな温度を感じた。



あれ……。


誰だっけ。



 青年に思いを馳せた時、視界が切り替わる。


 そこは見渡す限りの荒野だった。


 曇天の灰色と、大地の褐色。


 この二色で、景色が構成されていた。


 死を連想させる見覚えのない光景の眼下では、沢山の人間が群れを成していた。



 遠目ながら、土埃の激しさから戦っているのが分かる。


 外側を囲むように、さらに陣が組まれていた。


 絶え間なく炎や様々な色の閃光が踊り、荒寥たる大地に僅かではあるが、色彩を加えていた。



「魔術師……なの?」



 姿形は疑いようもなく人間であるが、今のシェイラには得体の知れないモノに映った。


 やがて、大きな人のうねりや魔術が、一方へ向いていることに気が付いた。



 どうやら、何かと戦っているらしい。


 少なくとも、見たことが無いほどの大規模な戦闘だ。


 一体、何と……。



 シェイラが目を凝らそうとした時、がくんと視界が揺れた。



 地面が急速に近づいてくる。


 急降下を始めたようだ。


 目指す先は、戦闘が行われている真っ只中、一人の男だった。


 灰色の髪を振り乱しながら、一心不乱に剣を振るっている。


 男はその場を動かず、ただ襲い来る攻撃を受け流し、襲撃者を斬り伏せるのみだった。


 戦闘力は圧倒的で負傷している様子はなく、囲みを斬り破って逃げるくらい、わけは無さそうに見えた。


 距離が近づいてくると、その理由が分かった。


 男の陰に、女が一人倒れている。


 そのまま男の後方、死角から襲い掛かったが、次の瞬間、視界が回転し、目の前で渇いた砂に、角ばった石ころが埋まっていた。


 視界の主は、あの男を襲ったが、あえなく這いつくばらされたようだ。


 男は一瞬、確認をするように、こちらに視線を流した。



 それで確信した。


 髪は灰色に、双眸は紅く染まり、疲労感が目立つ殺気立った顔だったが、見間違えようがない。


 見間違える訳がない。



だって、シノ・グウェンは、あたしの初恋なんだから。



 胴体から引きちぎれそうなほどの強い力で手を引かれたが、シェイラは抵抗することなく身を預けた。






「おい、生きてるか?」


「もうちょっと優しく出来ないの? 腕が千切れるかと思ったわよ。それに抱き方も雑。心地が悪いったらないわ」


 シノの右腕に抱えられたシェイラが、身じろぎをした。


 文句を言いながらも、降りようとはしない。


「……元気そうで何よりだ。オドリオソラの文句が、こんなにも嬉しく思える日がくるとは」


「ねぇ、あたし、あんたに言わないといけない事が──」


「後で聞く。先に、あっちの処理をしないとな」


「え……」


 シェイラは声を詰まらせた。



 目の前に立っているのは、自分だった。


 虚ろな顔で、立ち尽くしている。


「っ……!」


 口元に手をやり、こみ上げてきた吐き気をやり過ごす。



「お前はもう休め。疲れてるだろ? 大丈夫、次に目を開けた時には、全部終わってるから」


 シノがシェイラを寝かせ、右手を彼女の額に当てた。


 シェイラが目を見開く。


 目を開けてからずっと、顔ばかり見ていたから気付かなかったが、シノの左肩から先、そこにあるべきものが無かった。


「ちょっと待って、あんた──」


 途中で言葉を放り出して、シェイラの意識が落ちる。



「って事だ、王女さん。俺の目的は果たせた。後はオドリオソラをここから連れ出すだけだ」


「まさか、このまま逃げ出そうとでも言うんですか?」


「そうだ、金髪。ただ、逃げるのはお前と王女さんだが」


「……囮になるつもりか?」


 メルヴィナが口を開く前に、静かにユリアーネが問いかけた。



 シェイラは取り戻したが、敵は依然として健在だ。


 抜け殻のように立ち尽くすもう一人のシェイラ・オドリオソラの魔力(マナ)にも、衰える気配はない。



「そういう言い方は好きじゃないな。時間を稼ぐ、それだけだ。ついでに倒してやってもいい」


 シノは、目を閉じたシェイラを大事そうに抱え直し、メルヴィナへと引き渡した。


「お、同じ事じゃないですか! 絶対に承服できません!」


 力の抜けたシェイラの身体を受け取りながらも、メルヴィナは頑として譲らない。



「さっきは任せたが、今は──」


「頼むよ」


 そう言って、シノはただ笑った。



 満ち足りた笑顔だった。


 片腕を喪い、打開策は見つからず、間違いなく窮地だというのに、抜けるような笑顔だった。


 ユリアーネには、それがとても神聖で、不可侵なモノのように感じられた。


 魅入られたのだ。



──人は、こんなにも透き通った笑みを浮かべられるものか。



 ユリアーネは、続く説得の言葉を見失った。


「……あぁ、分かった」


「リアン様っ!」


 メルヴィナがユリアーネを非難したのは、これが初めてだった。



 ユリアーネの言葉は、シノへの信頼から出た言葉ではない。


 恐らくは、シノは生き延びられない。


 そう分かった上で、彼女はシノの頼みを聞き入れたのだ。



「俺は別にお前らなんてどうでもいいんだぜ? そいつをここから出すのに足がいる、それだけの話だ」


「嘘です。私も残ります」


「王女さんが人間一人抱えて逃げる羽目になるが? 騎士道精神とやらで、全員を危険に晒すのか?」


「それは……」


「お前がオドリオソラを連れて、王女さんが露払い、俺はここで足止め。これが最善手だ。それともお前、あのじじいと戦えるのか?」


 また屁理屈を、とは言えなかった。


「……分かりました」


 渋々、メルヴィナが首を縦に振る。


「頼んだぞ、メルヴィナ・ウォールズ」


「名前、憶えていたんですね」


「記憶力は良い方だ。ここ、笑う所な」


 メルヴィナがくるりと背を向ける。


「……ご武運を」


 そして、一目散に走りだした。



「死ぬなよ。勝手に死んだら、命令違反で処刑してやる」


「分かった。最後に一つだけ。王女さんは、俺を知っていたのか?」


「あぁ、知っていた、というよりは聞いていた。確信したのは、ツィスカ・ザカリアスと決闘していた時だ。後で話してやる」


 ユリアーネは、最後という言葉の意図には触れない。


「それは……気になるな」



 実際の所、それほど関心があるわけではなかった。


 もはや、意味のない事となった。


 ただ、ユリアーネの気遣いは嬉しかったのだ。



「だから、絶対に生き延びろ! 外に出たら、すぐにナツィオを招集する」


「努力しよう」


 ユリアーネとシノの視線が一瞬、絡まりあう。


 振り切るようにユリアーネは視線を切って、メルヴィナに続いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ