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1-14 王女の依頼Ⅱ

 手狭な寮の部屋で、床に座り込んだ男女四人が、膝を突き合わせていた。


 華やかな絵面ではあったが、そこにいる人間に笑顔は一つもない。


 シュミート指定のローブを着ている銀髪の女生徒と、しかめっ面の金髪の少女が、雰囲気を険悪なものにしていた。


「グウェンさん、殿下の御言葉を伝えに来ました」


 シェイラの無言の圧力にも臆する事なく、メルヴィナが膝を進め、話を切り出す。


「話って何?」


 しかし、シノが口を開く前に答えたのはシェイラだった。


 メルヴィナの言葉尻に被せるように投げつけられた返答には、威嚇しているような響きがある。


「殿下の御言葉を、()()()のあなたに言う必要があるのですか? 遠慮するようにと、婉曲に伝えたつもりでしたが、分かりませんでしたか?」


 不機嫌そうな表情を物語る、ぶっきらぼうな口調だった。


 仮にも侯爵家の娘と話している筈だが、滲み出ている不敬さは全く隠されていない。


 『王女の槍』と称され、若くして王女の側に在るとはいえ、メルヴィナは男爵家の出である。


 本来であれば、メルヴィナも相応の礼節をもって相手をするが、ユリアーネを蔑ろにされた事より、身分差による敬意は帳消しになってしまっていた。



 ツィスカはシノの隣に陣取り、我関せずとキョロキョロと部屋を見回し、観察に勤しんでいる。


 その手はずっと、シノの腕を掴んだままだった。


「へぇ。言わないつもりなのね。たかだか編入生1人の為に、殿下が直々にお越しになるなんて、おかしいと思っていたわ。一体、何が目的? どうせロクなことじゃないんでしょうけど」


「それこそ、オドリオソラさんに言う必要はないかと。どうしても知りたいのならば、ご自分でお聞きになれば宜しいのではないでしょうか?」


「まだ、指導の途中なんだけど」


「殿下の御用とは、比べるべくもありません。それに、そもそも必要のない事です。もう試験は終わっている筈ですが?」


 流れるようなメルヴィナの反論。


 言っている事は至極正しいのだ。



 シェイラとメルヴィナが言葉の応酬をする中、話の当事者であるシノは、2人の間で小さくなり、熱心に床についた傷の数など数えている。


「ちょっと、あんたはどうなのよ?」


 シェイラが、俯いているシノへ水を向ける。


「王女の命令だ、どうせ断れねぇだろ」


 本人が向こうの肩を持つのなら仕方がない。


 シェイラは唇を尖らせた。


「命令ではありません」


 即座にメルヴィナが訂正を入れる。


 王ではないユリアーネに、首都イシュバーンに於いて強制力を持つ王令を下す権限はない。


 周囲の人間に、ユリアーネが無理矢理従わせた、という認識を持たれるのは都合が悪かった。


「そ。じゃ、あたしは出ていけばいいわけね?」


 部屋に二人が入ってから、シェイラの機嫌は悪くなる一方だった。


「そうして頂けると助かります」


 澄ました顔で、メルヴィナが丁寧に頭を下げる。


 恭しい態度が、シェイラの神経を逆撫でした。


「バカっ!」


 シノへの罵声を置き土産に、シェイラは部屋を飛び出していった。



「あの……ザカリアスさんにもご遠慮願えないでしょうか?」


 メルヴィナは幾分、遠慮がちだった。


「や」


 ツィスカはメルヴィナの顔を見もしないが、短く、明確な拒否の意を示した。



 シェイラとは違い、この赤髪の少女は、既に軍に於いて地位を確立し、『焔の魔術師』という笑ってしまいそうな二つ名まで頂戴している。


 呆けたような顔と脱力感溢れる雰囲気に騙されてはいけない。


 その由来となった実力は、とても笑えるようなものではないのだから。


 まともに戦えば、メルヴィナ自身に勝つ未来は見えなかった。



 あまり強くは出られないのだ。


「では、用件を先に済ませてください」



 ユリアーネの威光を盾に、退出してもらう事も可能だったが、将来ほぼ確実に同僚となる相手に遺恨を残すようなやり方はうまくない。



 目的を果たし、満足して帰ってもらうのが最善だとメルヴィナは判断した。


「用件……。お見舞い?」


「分かりました。思う存分、見舞ってください」


「うん……」


 コクリと頷いたものの、何をすればいいのか考えあぐねている様子だった。


「うーん……こう?」


 苦心したツィスカが出した答えは、シノの背中を摩る、というものだった。


「あ、あぁ……ありがとう」


「痛いの、なくなった?」


「楽になったよ」


 痛みはもう退いていたのだが、ツィスカの無邪気な様子を見ていると、シノもそう答えるしかなかった。


「うんっ!」


 直後のツィスカの笑顔を見て、言葉の選択は間違っていなかったことを悟る。




「それじゃ、ボクらもお暇しようカ」


 不意に室内から、底抜けに明るい調子の外れた声がした。


 ここに居るはずはない人間の声だった。


 シュミートの教員にして、ツィスカの父、ヴォルフラム・ザカリアスがベッドに腰掛けていた。


「いつから……」


「『げっ…』『何ですかその声は?』辺りからかナッ」


 ヴォルフラムが、茶化すようにウィンクを飛ばす。


「その変な甲高い声は、私の真似でしょうか……?」


 メルヴィナのこめかみがピクピクと小さく痙攣している。


「娘が、男の部屋に……。親として見過ごせないっ! とは思わないカ? それに、栄えあるシュミートの教育者としてもネェ」


「えっ……?」


 驚いたメルヴィナが、確認するようにシノを見る。


 不本意ながら、シノが頷いた。


「失礼しました。しかし……良くない魔術の使い方だと思います」


 メルヴィナは面食らっていた。


「ボクもそー思うヨ。でも、仕方ないじゃあないカ。一つの部屋に男1人、女が3人。覗き……じゃなくて、教員として、見守っておかなくちゃあネ」


 メルヴィナの苦言をヴォルフラムは、明るく笑い飛ばした。


 ツィスカが立ち上がる。



「ツィスカ、ちゃんと渡せたかい?」


「……あ」


 ツィスカがゴソゴソとローブのポケットに手を突っ込んだ。


 自分で改造したのか、やたらとポケットの数が多い。


 ツィスカがポケットを探る度、入っているものが零れ落ちた。


「何ですかこれ……?」


 メルヴィナが自分の膝の上に落ちてきたものを摘み上げ、そして絶句した。


 鶏の頭だった。


生物(なまもの)をポケットに詰め込むのはやめなさいと言っているのニ……。仕方のない子ダナ」


 ヴォルフラムが両手を広げ、ため息をついた。


「あった」


 ようやく目当てのものを探し当てたツィスカが、小さな鉢植えをシノの目の前に置いた。


「どぞ」


 茎が少し折れてしまってはいるが、白く可愛らしい花が一輪、遠慮気味に咲いている。


「あ……ありがとう」


「んっ」


 満足げに頷き、ステップを踏むようにツィスカがドアの方へ歩いていく。


「お大事!」


 最後に、一声掛けて、ツィスカはドアを閉めた。


「先生もーー。……先生?」


 メルヴィナがヴォルフラムに声を掛けようとしたが、既に姿はない。


 部屋にいるのは、シノとメルヴィナだけだった。


「消えたな」


 シノが感じたままを言った。



 魔術師が魔術を行使すれば、必ず何らかの痕跡や予兆があるものだ。


 痕跡は後から時間を掛ければ、ほぼ完全に消す事はできる。


 しかし、自分がその場から消えてしまう魔術では、魔力の残滓を消しようがない。


 しかし、ヴォルフラムにはそれが無かった。


 文字通り消えたのだ。



空間制御術式(テレポーテーション)でしょうか…。なら、私に分からない筈はないのですが……」


 メルヴィナが首をひねった。


「あの人の場合、考えても仕方がない気がするな。で、用はなんだ?」


「そうでした。リアン様がグウェンさんに頼みたいことがあるそうです。一緒に来てください」


「もうすぐ門限だし、明日にしてくれないか?」


 シノが欠伸をかみ殺す。


 久しぶりの登校で疲れていた。


「どうしても今日、会いたいそうです。どうか、お願いします」


 申し訳なさそうにしながらも、メルヴィナは頑として引き下がらない。


「移動には、空間転移術式(テレポーテーション)が刻まれたスクロールを使います。勿論、帰りもここまで送り届けます。ご足労はお掛けしません」


 メルヴィナが懐から、大切そうに羊皮紙を取り出した。


 複雑な紋様と古代語がびっしりと記されている。


 作った魔術師の手間が偲ばれた。


「……分かったよ。どうすればいいんだ? 俺は魔術を使えないぞ」


 必死な様子にシノが折れた。


「リアン様は、ちゃんと心得ています。だからこその、裂くだけで起動するスクロールです。一緒に持って、同時に破ってください」


 言われた通り、シノが端を摘んだ。


 メルヴィナがそれを引っ張る。


 羊皮紙が破れる叫び声のような音を残して、羊皮紙が2つに裂かれ、二人の姿が消えた。

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