68歩目「深夜の密会2」
周囲には人っ子一人いない、それどころか大きな動物すらいない。
そのことはバリー隊長は、錬金馬車に備え付けの探査魔法で、少将はレーダーで確認済みだ。
それでも二人は声を潜めて会話を続ける。
超遠距離から二人の会話を盗聴する方法もなくはないのだ。
彼らにとって幸いにもそのような面倒な手を使う存在も周囲には存在しなかった。
彼らを見つめているのは空からの星の輝きのみである。
「回りくどいお話は抜きにしましょう、吾輩を呼び出した要件は何かね?」
「……明日我々は十字谷に進行する、その際手を出さないでいただきたい」
少将は僅かに眉をあげて小さくため息をつくと、手持ちのしシガーケースから一本の葉巻に火をつける。
空に揺らめく紫煙を静かに眺めると、改めて少将は口を開いた。
「王国には既にあの血の亜人との契約……いや同盟についての書類をお送りしたと思うが?」
「届いている、科学技術とやらは驚かされるよ。それと皇帝陛下やその文官殿の仕事の速さにもね」
「無論、皇帝陛下は吾輩のような小物では想像もつかないほどの知己と手腕に富んでおられる。兵科に見初められた事務方もしかり」
「王国の文官にも見習ってほしい話だ。おっと愚痴を言いに来たわけじゃない」
再び葉巻を加え紫煙を吐き出す少将を眺めてから、バリーは姿勢を正す。
「同盟については重々承知だ、我々の狙いは小鬼共ではなく、そこにある資源でもない。奴らが抱え込んでいるある人間だ」
「……」
少将は何も言わないが、彼の頭の中には幾人かの顔が思い浮かぶ。
自身と交渉した少年や、見た目は古めかしいなのにも関わらず、帝国の兵器以上の速さを出す機械を操る青年、そして王国の英雄を足止めしていたという黒髪の少女だ。
少女の顔を思い出した時思わず頬が緩んだところをバリーに見られ、少将は慌てて咽たふりをして表情を正す。
「彼らは王国内で許されない犯罪を犯した、それは王国で裁かれねばならない。しかしそちらの不可侵条約のせいで我々は小鬼共に守られている奴らを捕らえることができない」
「それでこちらの意向を無視すると? それは宣戦布告ととらえられても可笑しくありませんぞ?」
少将の瞳が鋭くなる、バリーはトンデモナイという様に首を横に振った。
「まさか! 条約は守りますとも小鬼には手を出しません。しかし彼らを誘い出すためには軍を進める必要があるのです」
「それを黙認しろという訳か」
「只とは言いません」
バリーが懐から取り出した封筒を少将はその場で開封し、小さな明かり、ペンライトで内容を軽く確認する。
「……このような情報を流しても良いのですかな?」
「何、お互い多少弱みを握っているくらいが抑止にはちょうど良いのです」
バリーが渡したものは、今回こっそりと国境を抜ける時に使用した『防衛網の抜け穴』だ。
抜け穴と言っても人が二人並んで通れる程度の小さな隙間で、軍を進めるには向かない。
精々密偵をしのばせる程度だろう。
「……承知しました。そちらの軍を察知してもこちらは警告だけで手を出さないことを約束いたしましょう。ただし谷よりこちら側へ進んだ場合はその限りではありません」
「……感謝します少将殿」
敵国の司令官に頭を下げながらもバリーはにやりと笑う。
これで御膳立ては整った、やっと証明できる。
バリーがあの少女よりも銃使いとして優れているということを。




