6歩目「厄介事はどこからともなく」
モグラの穴は綺麗な土壁と木造の一般的な宿屋だ。さすがに最高級宿だった『桃色の蜂蜜亭』に比べると見劣りしてしまうがそれでも十分綺麗な宿だろう。あえて問題点を上げるとすれば客層がガラの悪そうな連中ばかりなことだろうか。店主と思われる屈強な男性がカウンターでグラスを磨いているのが見えるがこれは昼間から酒を飲んでいるガラの悪い連中に対するけん制を兼ねているのかもしれない。
「食事だけしたいんだけどいいですか?」
「……構わん。ただ『商売』をしたいのならきちんと宿代も払ってくれよ」
あいにく何かを売り買いするつもりはない、少々引っかかる言い方だったがマルスは気にせず木乃美と共に席につく。厄介事を避けるためには他の客とは離れた方が良さそうだが、合言葉を聞かせるためにはある程度近いことが望ましい。パッと見どいつもこいつも怪しそうで誰がマハリの用意した運び屋なのかはさっぱりわからないが、一先ず腹ごしらえも兼ねて注文を取りに来た女性にオーダーを告げる。
「今日のオススメは?」
「はい、良い香草が手に入ったので鶏肉の香草焼きがオススメですよ」
あまり大きくない宿なのでこの子は店主の家族なのかもしれないが、あまり似てないから違うのかもなとどうでもいいことを考えながらマルスは注文を続ける。
「それじゃあオススメを二つ。あとこの辺りでお菓子が買えるお店ってありますか?」
「はい、オススメ二つ。お菓子でしたら向かいの商店がオススメですよ、少々お待ちください」
営業スマイルを崩さず一礼して去って行く女性を見送りつつ、木乃美を突いて二人で周囲の反応を探る。すると近くに座っていた数人の武装した男たちがなれなれしそうに寄ってきた。なんとなくどこかで見たことがあるような態度にマルスは嫌な予感を感じた。
「よう姉ちゃん、いくらだ?」
「え?」
「とぼけなくていいって。店の親父の態度からこの辺の子じゃない。居るかどうかも分からない観光客がこんな宿の食堂を利用するとは思えない。要するに姉ちゃんは俺たちをベッドの上で癒してくれる夜の天使って訳だ」
ああ思い出した、桃色の蜂蜜亭の一階で宿の娘に対して言い寄ってくる男たちだ。あれと完全に一緒だ。しかし無難な町娘の服を木乃美は選んできたはずなのだが、王都で売られているような服だとこの辺では商売女に見えてしまうのだろうか。木乃美もどう反論していいのか分からないようで困った顔をしている。そういう顔はこの手の男たちには逆効果だとマルスですら思うのだが。
「もしかして宿代がないとか?それくらい出してやるさその分サービスしてくれればな?」
「こっちのガキはどうする?こいつにゃ大人の付き合いはちょっと早いだろ」
「いやいやもしかしたら男娼ってやつかもよ?意外とかわいい顔してるし」
なんだか話がややこしくなってきたがここで待ち合わせをしている以上逃げる訳にもいかない。三人が諦めてくれれば御の字なのだが、下手に木乃美を刺激して一悶着を起こすのだけは避けたい。
「お前そっちの趣味かよ」
「ばっか教会騎士団のお偉いさんだって言ってたぞ?若い男児は神聖だって。それに意外とこういう子の方がテクがいいんだよ。同じもん持ってるからツボが分かるらしいぜ?」
「で結局いくらなんだ?俺ら警備の仕事で金持ってるからさ」
「その……そういうのじゃないので困ります」
だからそういう顔は逆効果だとマルスは心の中で突っ込む。もし男たちが実力行使に出て木乃美が、木乃美の中の奴らが反撃した場合騒ぎになるのは間違いない。下手をすればここの守備兵に拘束されお尋ね者であることがばれるかもしれない。しかし完全にそっちの商売をしている二人組だと思われている現象上手い回避方法が思いつかない。
「あの……お姉ちゃんは実は先約があるので……」
いい方法が思いつかないのでマルスは一先ず誤解させたまま時間稼ぎをすることにした。
三下の会話が思わず弾んでしまう。