58歩目「肉は肉屋」
「しかし大変だな」
ラドリオを眼で見送ってからぼそりとつぶやいたマルスに少将は怪訝な顔をする。
「大変とは?」
「見知らぬ土地で、見知らぬ鉱物を掘らなければならない帝国の監察官殿が不憫でならないって話だよ」
マルスのわざとらしいため息に少将は目を細める。
「見知らぬ鉱物ですか?」
「ああ、何でもここらにしかない光る鉱石が取れるらしい……まあ関係のない話だがな」
さらにワザとらしく肩をすくめるマルスに少将は苛立ちを覚える。
「マルス殿でしたか? そのような物があるのならばぜひ回収したい。そちらの小鬼に話をつけていただけるかな?」
内心、なぜこんな子供に頼まなければならないのか。そんな気持ちを隠そうともせず少将はマルスを睨みつける。
「言うまでもなく、この交渉前にも打診したし、交渉後にも全霊を持って打診しよう。このマルス・ウル・ゲヘナの名にかけてな。だがそれでも帝国とは無縁の話だと思うがね」
「……何が言いたい?小僧」
なりふり構っていられなくなったのか、ワザとらしい演技にイラついたのか。ついに少将が地を出してきた。
「俺の世界にはこんな話がある」
マルスはにやりと笑う、交渉で何よりも大切なのは冷静さだと彼は考えている。
つまり少将は少しづつマルスのペースに引き込まれつつあるのだ。
「とある街に見た目はボロいが上手いステーキを出す店があった。ある日お忍びでやってきた王様がその店をたいそう気に入り、店を改装して店主を王の推薦する人物に変えて、さらに上等な肉と香辛料を用意するようにした」
少将は怪訝な顔でマルスの話を聞いているようだ。邪魔されない所を見るに益々マルスのペースに引き込まれている。
「後日王様はそこにステーキを食べに行くと……特に美味しくなかったそうだ、いつも食べなれている味だとな」
「……それで?」
「魚を捌くのは魚屋、肉を捌くなら肉屋。要は無理に形を変えるよりも慣れている奴らに任せた方がいいって有りがちな教訓話だ」
マルスはここで大きく身を乗り出す。
「帝国の技術が高いのは間違いない、だが果たしてそれは手慣れているゴブリース達を超えるのか。超えるにしても慣れるまで何年かかるのか。そもそも見分けがつくのか。飼うリスクを考えるよりも適度なお付き合いの方がいいと思うんだがね」
唖然とした表情で少将はマルスを見つめる。
交渉のやり方や興味の引き方、リスクの示し方などとても見た目通りの子供には思えない。
自身の敬愛する皇帝の前にいるような錯覚すら覚えたのだ。
いつもお読みいただきありがとうございます。
凄い交渉術!という演出なのですが、あまり凄そうには見えませんね。




