4歩目「人と英雄の見分け方」
巡回部隊B班班長は特に怪しいと思って声をかけたわけではない。普通の感覚ならば少女と子供の組み合わせを怪しいなどとは思わないものだ。しかし部隊長からお尋ね者の英雄を話を耳にしていたならば話は別だ。あいにく男女のペアで年が若いとしか聞かされていないため目の前の二人がそのお尋ね者だとはまだ断定できないが、二人が英雄であるならば取り押えて事情を聴くべきだろう。
見たことない英雄にこの町をあまりうろうろされたくはない、お尋ね者でなくとも隣国のスパイである可能性もある。英雄と一般人は見た目で見分けることはほぼ不可能だか、この町は仮想敵国に近い関係上それを見分ける方法くらい用意されている。
「(いいか、しゃべるなよ?)ええ、お姉ちゃんと二人でいとこに会いに。もうすぐ誕生日なのでびっくりさせたくて」
咄嗟に木乃美にうかつに喋らない様に警告しながらマルスは一歩前に出る。恐らく相手もまだこちらがお尋ね者だとは思っていないだろう、もしそう思っていたなら声をかける前に武器を構えて二人を取り囲んでいたはずだ。だかもしこちらがうかつな行動をとれば拘束位はされるかもしれない。マルスたちというよりも英雄同士でも見た目だけで相手を英雄と看破するのは、特異な外見をしていない限り難しい。できれば運び屋と合流する前に余計な面倒は避けたかった。
「そうか……従妹と言うのはどこにいるのかね?」
「それはちょっと、僕たち今日は泊まって明日会いに行こうと思っているんですけど兵隊さんたちの口から従妹に話がばれちゃったら台無しになっちゃいますから」
「それもそうか」
名前を出し渋るのは少々怪しいが言っていることを考えれば分からなくもない。不審者として拘束したりするのは難しいだろう。無理矢理彼らを連れて行ってもいいが、その場合町で『何の理由もなく子供を連れ去ったクズ兵士』と罵られても文句が言えなくなる。自分は兎も角部下たちがその噂のせいで酒場で飲めなくなるのは可哀想だ。ここで隊長は一人の兵士の背中を押す、背中を押された兵士はうなずいて横から会話へ混ざった。
「従妹は酒場か何かで働いているのかな?おっと勘ぐるのは良くないね」
自然に話の流れに入ってきたもう一人の兵士に対してマルスは首をかしげて見せた。
「おいおいどうした?いきなりだんまりだと拘束して事情を聴くぞ?」
やや語気を荒げて詰める兵士に対してマルスは曖昧に首を振るにとどめる。するとその様子を確認した隊長らしき男が二人の兵士の肩を叩く。
「その辺でいいだろう、邪魔したな。キャニオリアの町を楽しんでくれ」
兵士たちから十分離れた後、木乃美が周囲を気にしながら小声でマルスに声をかける。
「どうしてさっき二人目の兵隊さんと喋らなかったの?下手したら捕まってたよ?」
「……奴らは英雄の特性を利用して俺たちが英雄かどうか判別しようとしていたんだよ」
いまいちわかっていない様な木乃美にマルスは説明を続ける。
「英雄の能力に言語が分かるってのがあるだろうが、二人目が喋っていたのは恐らくこの辺の言語じゃないな、俺らの耳には同じように聞こえたが口の動きは違った。俺らが流暢に二人目に返事をしたらほぼ英雄で間違いないって訳だ」
マルスの読み通り、二人目に話したのはファンティリア王国南部に伝わる旧言語だ。王国民でこの言葉を話せるものはわずか3%しかいない。英雄は多言語をその能力で聞いたり話したりできてしまうためその能力を突いた見分け方だ。
「気のせいでしたね、隊長」
「いや、念のためあの二人の動向を見張るよう人員を用意してもらう……どこか妙だ、姉の方が喋らなかったのも気になるが弟の方がな……どこかこっちを観察しているようにも見えたんだ」
自由に話せる弊害がこんなところに。