32歩目「選手控室」
強者の試練の内容が決まってすぐに、木乃美とマルスは神殿に隣接している円形の施設『闘技場』の控室へと連れてこられた。
控室と言っても何もない。
温い水の詰まった大壺に藁を敷いただけの粗末なベッド、ギシギシと音を立てる木製の椅子くらいしかない。
「選手の控室というよりかは牢獄か奴隷の部屋だな」
「いやあ小鬼の聖地には闘技場があるって噂は本当だったんだなぁ。こりゃ情報だけで一儲けできるぞ? 儲けはどうする?3:7でどうだ?」
「勿論俺たちが7だろうな? もし生きてここを出られればの話だが」
怪我人の搬送が終わったのか、ほぼ同時にラドリオもここに放り込まれた。
この部屋の出口は一か所だけで、武器を持った小鬼がこちらを油断なく見張っている。 他に出口はなく、あるのは空気を通す小さな窓だけ。
「武器もない防具もない……おまけに出口のあいつらは近づけば殺すと言わんばかりのあの目つき……こりゃ選手の待遇じゃないな、精々生贄だろうよ」
「まあ大半は木乃美ちゃんの強さを知らないからね」
木乃美の、正確に言えば黒ともう一人の戦闘を実際に見ていたのは、怪我をした者とわずかに生き残って彼らを連行してきた者だけだ。
怪我した者たちはラドリオが診療所のような場所に預けてきたので闘技場には来ていないだろうし、連行してきた者たちは居たとしても観客席だろう。
彼らにとってこれは茶番、木乃美たちは恐らく民の鬱憤を晴らすための生贄の予定なのだろう。
少なくとも今見張りをしている彼らにとってはそういう認識なのだ。
彼らが見張っているのは外からやって来る不届き者ではない、部屋の中に居るマルスたちなのだ。
「後は彼女を警戒しているんだろうね、何せ僕らにとっては『また』だけど、彼らにとっては初めてだろうからね」
ラドリオが視線を向けた先には少女が一人、胡坐をかいて座っている。
木乃美ではない、両手に盾を付けた赤い髪の少女、赤だ。
この場についた途端何時もの様に世界がぶれて彼女が現れた、その後ずっと一言もしゃべらずに迷走をしているのだ。
「……勝算は?」
「話を聞いただけでは何とも……でも一つ分かるのは今までの僕の戦法じゃたぶん勝てない。持久戦になったら僕の方が間違いなく不利だ」
ここまで来る途中に小鬼たちから聞いた話によれば、対戦相手の大鬼オグリアスの逸話は数知れない。
その中に巨大な魔物と一ヵ月戦い続けたと言う者があったのだ。
逸話というのは大抵盛られた話だが、それでも相手が人間以上の持久力を持っているのは間違いない。
そして聡明な戦士ならば、赤の待ちの戦法は通用しないだろう。
だから彼女は先程からずっとイメージトレーニングをしているのだ。
自分から攻めるためのイメージトレーニングを。
いつもお読みいただきありがとうございます。
戦闘まで数日かかりそうな雰囲気。




