16歩目「渓谷越え」
「良い場所ってどんな場所だ!」
「十字谷って言ってな!簡単に言えばデカい渓谷だ!」
「逃げ込むの?」
「飛び越えるのさ!」
馬鹿なことを言うラドリオにマルスは頭を押さえる。隣で魔法を必死に制御している緑もやや顔が引きつっているところを見ると同じ感想のようだ。
「「(そんな無茶な)」」
確かにジャンプすることのできる馬とまっすぐ進むことしかできない錬金馬車ならば、馬の方が有利ではあるだろう。しかしそれは十分にスピードが付いていればの話だ。
この馬車は一頭で引いているし幌付きの荷台はそれなりに重量もある、渓谷というからにはそれなりに広い幅があるはずで、小さな小川程度なら兎も角この馬車にそこまで飛ぶポテンシャルがあるとは思えない。
「冗談はやめろ! 自殺なら他所でやれ、こんな馬車と馬で飛び越えられるわけないだろうが!」
「本気さ! とはいえその反応もご尤もだ。まあ俺たちを信じてくれ、俺とジェニファーをさ」
この状況でもラドリオの声は明るい、状況が読めない馬鹿なのかあるいは本当に起死回生の秘策があるのかマルスには分からなくなってきた。ちなみにジェニファーとはこの馬車を引っ張る馬の名前である。
「ねえ! 何時いつとぶの!? 緑たちは前が見えないから余計怖いんだけど!」
「あっとそうか、えっとな……あと5だ」
あと五分程度ということだろうか、緑はやや辛そうだがまだ彼女の魔力は持ちそうだ。いざとなれ支える程度はしてやろうかとマルスは身構える
「3、2、1」
「秒だと!?」
「ジェニファー! 光学擬態解除、ブーストオン!」
慌てて緑のの体を馬車に押し付ける様に、先ほどの逆でマルスが覆いかぶさる形で伏せさせた瞬間に馬車が急加速する。まるで空中で何かに押し出されたかのような急激な衝撃と何かが勢いよく噴き出す音と熱、わずかな浮遊感を感じた次の瞬間にが着地の衝撃で馬車が大きく揺れる。
渓谷の向こうでやっと煙幕を追い払った錬金馬車が間一髪渓谷前で停車しているのが見えた。
・・・・・・
「まさか帝国の機械の馬だったとは……してやられたな」
「バリー殿怪我はありませんか?」
「ない……直接捕獲できれば楽だったんだけどな」
急停車した錬金馬車の中は酷い有様だ。容器に入れていたものは大半が零れ、毛布や着替えがあちこちに引っかかり、武具が散乱している、それらの荷物を押しのけようやく外に出た時にはすでに機械の馬に引かれた馬車は渓谷の向こうで米粒のような大きさになっていた。
「しかし馬のことを差し置いても我々の完敗でしたな」
「なに相手の方が地理で一枚上手だったというだけだ。情報は疎いようだったがね」
今頃馬車の中では大はしゃぎをしているだろう、精々一時の勝利を楽しむがいいとバリーは笑う。
「あの先では今頃帝国が子鬼狩りの真っ最中だ、木製の馬車じゃひとたまりもないだろうな」
次回いよいよ帝国兵登場そしてモンスターも




