ライブの妖精
霜月透子さん主催「ピュアキュン企画」参加作品です。
ハッキリ云って、こんな風じゃないと思ってた。
だって、共学の高校だよ?
男子と女子の比率がほぼ半々の、理想的な学校だよ?
恋愛の一つや二つくらい、校庭の花壇とか体育館の裏とか教室の隅とか、あちこちに転がっていると思うのが、普通でしょ!
でもね――
高校生活も半分以上過ぎちゃって、密かに期待してた2回目の秋の学園祭もそれは見事に何事もなく、読んで字の如く平穏無事に終わってしまった今だから、わかるんだ。
そんな考えは、初めから甘かったってことが。
現実は、漫画のように上手くはできてはいないんだ。
そう、高校生活なんて甘い幻想、そのものさ。
どのくらいの甘さかと云えば、そうだなあ――ウチのオフクロが手を滑らせ、誤って新品の白砂糖を一袋全部入れてしまった、あのときの「肉じゃが」くらいだ。
そんな目が飛び出るほどの甘さが、10代男子にとって、厳しい現実なんだ。
「Too sweet!」
容赦なく海から吹き付ける強風の中、沿岸道路を愛用の白いママチャリで飛ばしながら、白波荒れ狂う冬の太平洋に向かって、俺は叫んだ。
嵐は、すぐ近くまで来ているらしい。
――そんな、真冬の夕暮れ時。
自転車通学の俺は、放課後、海沿いのライブハウス「SPARKLE」へと向かっている。
何故かといえば、そこが今夜出演する予定の、ライブ会場だからだ。
出演するのは、俺がリードギターとして参加しているバンド、「レモン・スカッシュ」。
まだパッとしたオリジナル曲はないが、いつか必ず、メジャーデビューしてみせる。
だから、こんな肌を刺す冷たさの逆風なんぞに、へこたれるはずもない。
愛用のギター、「白いストラトキャスター」の入った革のケースと、ステージ衣装の入った黒いリュックのショルダーベルトを学ランの肩に食いこませ、俺はトップギヤに入れた自転車のペダルを、とにかく必死に漕ぎ倒した。
――だけど。
俺の両足が、ほんの少しの不安に怯え、動きを止めそうになる。
最近、本当にちょびっとだけど、気になっている問題があるからだ。
それは――進路のことだった。
確かに、もうすぐ三年生になる時期。
それもあって、「もうそろそろ進学のことを考えてもいい頃だぞ」って、耳がタコになるくらい、担任の佐藤がわめき出したのだ。
そんなこと、気にも留めるつもりはなかったが、やっぱり、気になってしまう。
だが。
今の俺には、そんなことを考えている暇はない。
理由?
そんなの、この相棒のギターとともにBIGになるからに決まってるだろ。それが俺の青春の総てなんだから。
当然ながら、彼女がいるとかいないとか、そんな些細なことなど気にしない!
もうこうなったら、滅茶苦茶カワイイ子が現れて「彼氏になって欲しい」とか云っても、絶対に彼氏になんかなってやらないからな!!
「お、お、女の馬鹿野郎ぉぉ!!!」
ハアハア……。
つい、息が荒くなってしまった。何故だろう、不思議だ。
と、とにかく今日は、メジャーデビューのための、一つのステップ。
絶対に、絶対に、目立ってやるッ!
――そうして必死にペダルを漕ぐこと、数十分。
ライブハウス「SPARKLE」に到着した俺は自転車を停め、えっちらほっちらと荷物を抱えながら、裏口から入った。
と、ヒゲ面の調子のいい中年男が、明るく俺に声を掛けてくる。
「おう! ケンジか、遅かったな。もうみんな、お待ちかねだぞ!」
「遅れちゃってすみません、マスター。すぐに、準備します!」
こんな、声の掛け合いが、小気味良い。
気の知れた、仲間たちだ。
――やっぱり、ここが俺の居場所なんだ。
俺は、この世界で生きていこうと、心に決めた。
☆☆☆
午後6時半。遂にライブが、始まった。
赤や緑に黄色に白――
派手で安っぽいスポットライトの光が、俺たち「レモン・スカッシュ」を照らし出す。
Bass兼MainVocalのタケヒトも、Dramのサトシも、Keyboardのヤストも、今日は調子がいいようだ。まさに、ノリノリ。
勿論、俺の「ストラト」も心地よい唸り声をあげている。
狭いライブハウスを埋め尽くした30人ほどの高校生たちが、俺たちと一体化しているのがわかった。
――これだ。もう迷わない。俺は、この世界の住人なんだ!
そんな快感を全身で感じながら、演奏していた時だ。
いつもは男臭さの充満するライブハウスに、数人の女の子がいることに気付く。
――うわお、珍しいな。
俺の胸が、高鳴った。
おかしい。俺はさっき、音楽の世界の住人だと決めたばかりだというのに。
しかも――しかもだ。
その中の一人、くりくり目のとびきり可愛い女子が、その大きな瞳で食い入るように、俺を見詰めているではないか!
――きゅきゅきゅきゅ、きゅーん!
ま、間違いないよな。やっぱり、俺だよな。
そんなつぶらな瞳で俺を見詰めないでくれよ……。
いや、待て。ここは、千載一遇のチャンス!
これまでに培った我がギター・テクニック、今こそ惜しげもなく、披露するときなのだぁぁぁ!
恋の潤滑油をたっぷり注入された俺の左手指は、まるで魂を得たかのように滑らかに動き、そして躍動した。
叫べ、ギター! 呼べよ、嵐!
間違いない。
今夜の演奏は、俺の人生で最高の出来だ。
こうして俺たちのライブは、熱気渦巻く雰囲気の中、フィナーレを迎えたのだった。
☆☆☆
ライブが終わって、20分。
だいぶ時間が経っても、ドキドキの止まらない、俺。
のんびりといつまでもライブの余韻を貪る仲間を後に残し、震える手で着替えを済ました俺は、ライブハウスの楽屋から外へ出た。
――やっぱり、いる!
予想したとおりだった。
ライブハウス裏口付近にたむろする、3人ほどの女子高生グループ。
これが、噂の出待ちというものらしい。
しかも、今日は……この「俺目的」であることは間違いないのだッ!
益々早く、そして強くなる、胸の鼓動。
と、瞳くりくり女子が、三人の中から一人だけ歩き出し、つかつかと俺に近寄った。
――来たあぁぁ。
ハート爆発寸前の俺の目前に、一通の手紙を差し出す、彼女。
「これ、お願いします!」
「ハ、ハイッ」
――これぞ青春!
完全に、俺のハートは爆発状態。
可愛い絵柄の付いた封筒を受け取った俺は、身も心もコントロールを失って、ぴたり、身動きができなくなった。
そんな俺を残し、彼女は細い背中を見せながら、恥ずかし気に去って行く。
「オイ、見ろよ! 珍しいこともあるもんだな。ケンジがラブレターを貰ってる!」
いつの間にか、ライブハウスの外に出てきたバンドメンバーが、騒ぎ出す。
ヒューヒュー! ギャハハ! ウヒャヒャヒャ……。
やたらと茶化す、アホな奴ら。
「うるせえな。俺は音楽に青春をかけてるんだぜ。こんなの、関係ねえよ」
なるべく、顔の筋肉を動かさないようにして、奴らに噛みつく。
言葉とは裏腹、俺は学ランの胸ポケットに、しっかりとその手紙を収めた。
妙なテンションで盛り上がる奴らをほっぽって、俺は一人、自宅に向かって自転車を漕ぎ始めた。
自宅に戻った、早々。
「帰る時間が遅い」と玄関で怒鳴るオフクロを無視して、自分の部屋に籠る。
と、直ぐに胸ポケットの封筒を掴み、ハサミを使って、綺麗に開封。
――ドキドキ。
震える手で、角の円いピンクの便箋を広げる。
『突然のお手紙、すみません。私、ノリコっていいます。
実は、私の彼氏――バンドを一緒にやってます――が、いつまでたっても、ギターが上達しません。それで、ギターが上手いケンジさんに、お願いが。
私の彼氏――マサキ君。背も高いし、けっこうイケてるんだよ!――に直接、ギターを教えてあげてくれませんか?
OKなら、明日の放課後に……』
まだまだ続くらしい、文面。
が、それは俺の頭には入ってこない。嵐は、過ぎ去ったのだ。
手紙を、窓から投げ捨てる。
――今日を限りにバンドを辞め、明日から受験勉強に邁進しよう。
そう固く決意した、俺だった。
―Fin―
この物語はすべてフィクションです。