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もう、恋なんてしない  作者: 桐島ヒスイ
第三部

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「うふふ。リズ様、最近殿下と仲良しですわね?」

「な、ナタリア!変なこと言わないで」

 学院のカフェにて、ナタリアは久しぶりにエリザベスとお茶をしていた。

 最近はエリザベスとオズワルドが週に1回は昼食を共にするので、エリザベスと会う頻度は減っていたのだ。

 エリザベスはからかわれて動揺し、怒ったように眉根を寄せるがほんのりと色付く頬と僅かに口角の上がった口元が嬉しさを伝えており、大変可愛らしい。

 あんまりニヤニヤすると本気で嫌われそうだからナタリアは自重した。


「……オズ兄さまは、お疲れみたい」

 こほんと咳払いして、エリザベスは表情を改めた。今度は心配そうに眉尻が下がる。

「あまり眠れていらっしゃらなかったようなの」

「それは心配ですわね……」

「で、ハワードお兄さまが運動が足りないからだと言って剣術の鍛錬を命令して」

「命令ですか……」

(ハワード様最強ですわねー)

「朝晩みっちり絞られて、疲れきって熟睡できるようにはなったらしいのですけれど」

「ふむふむ。今度はお怪我をされないか心配だ、と」

 無意識にニヤニヤしていたらしく、エリザベスが柳眉を逆立てた。

「それより!ナタリアこそどうなのです!?セドリックさまとは」

「は?セドリック?」

 うーん、と目を閉じて思い出すセドリックは常に素っ気なく、淡泊だ。

(……あ、でも)

「そういえば、セドリックに可愛らしい侍女が付いていました」

「は!?」

「もう、すごい溺愛で。恐らく、あの子は……」

「どういうことですの!?セドリックさまに身分違いのこ、恋人!?」

「あ、リズ様、ごめんなさい、このことは内密に」

(って拙いですわ、セドリックに他言無用と言われていたのに)


「…っ、わ、わかりましたわ…………。でも、その」

「え?」

「い、いえ、なんでも」

 ナタリアはエリザベスがセドリックに秘密の身分違いの恋人がいたことでナタリアがショックを受けているのではないかと心配している――などとは露程も気付かないのであった。


**



 ナタリアはセドリックの研究室で会った男装の従者少女のことが気になっていた。

(……本当に可っっ愛い方でしたわ~~何者なのでしょう。可愛い女の子の男装……恐らく貴族子女なのに従者姿……一粒で2度おいしい……滾りますわ……!!)

 ……ナタリアの新たな扉が開かれようとしていた。



 ナタリアは気になるなら聞いてしまえ、と思い立ちセドリックの研究室へと向かっていた。その途中、見知った人物を発見した。

(おや、あれは)

「アルフレッドくん~」

 親友・クリスティーナの弟のアルフレッドだった。

「あ、ナタリアさま……」

「元気ないですわね?どうしたのです若者」

「……。ナタリアさまはいつでもお元気そうで何よりです……」

 アルフレッドは物憂げに睫毛を伏せ、ふぅと溜息を吐いた。

(あらあら……いつの間にかお年頃ってわけですわね~)

 クリスティーナとは学院に入学してから知り合ったが、すぐに意気投合して互いの領地にも遊びに行っている仲だ。そのためアルフレッドのことも彼が十歳の頃から付き合いがあり弟のように思っている。

 そのアルフレッドが何やら物憂げで、そこはかとなく色気を纏っている。


「何をお悩みかしら?青少年。先生に話してみては?」

 一応非常勤講師なので、たまには先生らしく振る舞ってみる。

「……遠慮します」

 しかしアルフレッドは何故か余計に疲れたような表情を浮かべて首を横に振った。

 ……解せぬ。

「遠慮はいらないですわよ、さぁ行きましょう」

「ってどこに!?」

 ぐいっとアルフレッドの手首を掴んで、目的地へと突き進む。


「セドリックの研究室です!近いですから」

 勝手に人の研究室を青少年お悩み相談室に決めて、相談者を引っ張り込むナタリアであった。

「いや、なんでセドリック殿の!っていうか、相談なんてしませんから」

「それじゃ、私の相談に乗ってください。実はこの間見かけた可愛い女の子のことが忘れられなくて……」

「女の子?って、それは……」

 えぇ!?と内心慌てふためくアルフレッドにはお構いなしにナタリアはうっとりと反芻する。そうこうするうちにいつの間にか目的地にたどり着いていた。





「セドリック、ちょっとお部屋をお借りしますわね」

 ナタリアはノックもせずにノブに手を掛けた――が。ガチャと音を立ててドアノブが途中で止まる。

「あら」

「ちょっと、ナタリアさま!いきなり開けようとしないでください」

「だって、セドリックはノックしても開けて下さらないのです」

「え……それって」

 避けられているのでは――と喉元まで出かかったがアルフレッドは堪えた。

「ともかく、僕は次の授業がありますので失礼します」

「残念ですわ、相談はいつでも乗りますわよ」

「結構です」



***



 アデレイドはセドリックの研究室でいつものように課題を終えて寛いでいた。

 昼食を取った後だったので少し眠くなり、長椅子に横になっていた、セドリックの膝を枕にして。

 セドリックは嬉々として片手でアデレイドの頭を優しく撫でながら、片手で本を読んでいた。

 そこへ、外から話し声が聞こえてきたのだった。


「――この間……た可愛い女の子のことが忘れられなくて……」

 所々聞こえない部分はあるものの、室内はとても静かだったので声は良く通った。


(――この声って……ナタリアさま!?)

 がばりと起き上がると、セドリックにそっと抱き寄せられて唇に指を置かれた。

 声を出すなということだろう。

 ガチャと音がして扉が開かれそうになるが、施錠してあったため、ガチャガチャと音がするだけだ。


「……ナタリアさま!いきなり開けようとしないで……」

 ナタリアとは別の男性の声がする。


「アルフレッドか」

「え?クリスティーナお姉さまの弟さん?」

「ああ」

(知ってる人にこの格好を見られるのは不味いよね。一応不法侵入だし)

 アデレイドとセドリックはひそひそと言葉を交わす。

「扉の前で粘られたら厄介だな」

 嘆息するセドリックにアデレイドは反対側の窓から抜け出すのはどうだろうかと提案した。

「しかし……」

 研究室棟は瀟洒な二階建ての建物で、セドリックの研究室は二階にある。

 窓はバルコニーになっており、建物の裏に当たる。周りは林でバルコニーを覆うように枝を伸ばす大木がある。

「あの枝を伝えば」

「ダメだ、危ない」

 当然ながらセドリックは反対するが、アデレイドはそっと窓を開けて下を見下ろした。

(やっぱりいた)

 案の定、大木の影にハロルドの姿があった。彼は密かにアデレイドの周辺を見回り、護衛してくれている。

 アデレイドが軽く手を振ると、ハロルドは小さく頷いた。

「お・り・る・よ」

 声に出さずに口だけを動かす。ハロルドはこくりと首を縦に振った。

「兄さま、大丈夫」

 アデレイドは振り返ってセドリックに小声で囁き、木陰を指さす。

 ハロルドの姿を認めてセドリックは仕方なさそうに溜息を吐いた。

「わかった、十分気を付けるんだぞ」

 セドリックはアデレイドの瞳をじっと見て念を押すと、観念したように微笑んで額に口付けを落とした。

 アデレイドは笑顔で頷いて、するすると枝を伝い、器用に幹に足を掛けて地面に着地した。

 ハロルドもいつでもアデレイドを受け止められるように待機していたが、最後に少しだけ高めの枝から降りる時に抱き留めただけだ。

 おり立ったアデレイドはセドリックに軽く手を振ると、ハロルドと共に林の中へ消えた。



**



 エリザベスはセドリックの秘密の恋人の存在を知ってから、心ここに在らずだった。

(あのセドリックさまに身分違いの恋人……。一体どんな方なのかしら)

 気にはなるものの、ナタリアのことも心配だ。

(だってナタリアはきっとセドリックさまのことを……)

 思い悩みながら歩いていたら無意識にセドリックの研究室棟に来てしまっていた。

(って、来てどうしますの!わたくしはセドリックさまとは何の面識もありませんのに)

 エリザベスが一方的にセドリックを知っているだけだ。既に卒業してしまっていないデシレー家の長兄ジェラルドと共にデシレー兄弟は密かに学院の女生徒に人気だったのだ。


 エリザベスは引き返そうとして、前方にナタリアともう一人青年がこちらへ向かってくることに気付き、慌てて近くの木立に身を隠した。

(あれは……確かウィンストン伯爵家の)

 殆ど喋ったことはないが、同級生だ。顔と名前くらいは知っている。

(そうか、彼はクリスティーナの弟君だからナタリアとも)

 なんとなくセドリックの研究室前にいることをナタリアには知られたくなかった。

 二人は喋りながら歩いていたのでエリザベスには気付かなかったようだ。

 エリザベスは林の中をそっと移動して建物の裏手に回った。

 そして、バルコニーから一人の少年が木の枝を伝って林の中へ消えて行くのを目撃したのだった。

(え!?バルコニーからって……曲者!?)

 咄嗟に怪しい者だと断じたが、バルコニーには少年を見送るセドリックの姿があった。

「…………………………?」

 ちらっとしか見えなかったが、あれは男だ。細身の少年だった。たぶん。

 逆光だからか、あるいは少年が黒髪に黒い服装だからか、影のようにしか見えなかったが間違いなくズボンを穿いていた。

 エリザベスの常識ではズボンを穿く女性はいない。あんなに身軽に枝を伝うことも出来ない。

 どゆこと?

 エリザベスの頭の中は「?」マークでいっぱいだった。

 何故少年がバルコニーから出てくるのか。彼は何者なのか。

 しかしその問いは誰にも聞けない答えの出ない謎だった。



(あれはエリザベス・マクミラン侯爵令嬢……)

 視界の端で建物の影から現れた少女の姿を捉えていたが、ハロルドはアデレイドに意識を集中させた。

 アデレイドは既に枝の途中まで来ていて、今騒げば落下しかねない。それに令嬢との距離はそれ程近くない。彼女からはこちらは影になって顔の判別は出来ないだろう。

 よって大した脅威ではないと判断した。彼女の動向は今後注視する必要はあるが。


 ハロルドはアデレイドが地面に無事着地すると、素早く彼女を促して林の中へと分け入ったのだった。












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