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もう、恋なんてしない  作者: 桐島ヒスイ
第三部

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89/98

【番外編】ハロウィンif



 エリスティア王国に魔女が現れたのは三百年前の話。

 王子に恋をしたが拒絶され、嫉妬に狂った魔女は王国に呪いをかけた。


 ――毎年その日一日、王国中の未婚の女性は黒猫の姿に変わってしまう。


 何故、未婚の女性限定なのか、黒猫なのかは定かではないが、恋に破れた魔女が世の幸せな女性を妬み、自身の使い魔に貶めて虐げるためというのが定説である。



 三百年が経って呪いの効力が落ちてきたのか、最近は完全な猫姿になる女性は稀で、殆どが猫耳と尻尾のみという中途半端な呪いと化していた。

 その日の深夜を跨ぐと同時に呪いは解け、元の姿に戻る為、近年では害もないためそれは最早祭りと化していた。





 ローランドは毎年この日が来るのを楽しみにしていた。

 猫耳のアデレイドは半端なく可愛いのだ。


 幼い頃のアデレイドは兄やローランドの側に寄って来て、ころんとその膝の上で丸まって日がな一日うとうとしていた。

 呪いのせいで身体に負荷がかかる為か、はたまた猫の習性故か酷く眠くなるのだという。

 完全な猫の姿でなくとも、猫の習性が発動して夜行性になるようだ。




****



 成長するにつれて呪いに慣れてゆくためか、それとも体力が付いたが故かは不明だが、「猫の呪いの日」に猫化しても、一日中眠っていることは少なくなっていった。


 それでもその日は女子生徒が全員半猫化するため、学院は休講となる。


 ローランドが学院に入学してからは年二回の長期休み以外は故郷に帰れないため、この呪いの日をアデレイドと共に過ごすことはなかった。

 そのため、アデレイドの猫耳姿を見るのは四年振りである。




 呪いは夜半過ぎから始まり、次の日の深夜を過ぎると終わる。

 その日の朝、ローランドは甘い香りに意識を覚醒され、瞼を上げた。

「………ッ!!」

 途端に目に飛び込んできた光景に息を飲んで固まった。

 耳と尻尾を生やしたアデレイドが、ローランドの傍らに丸まって眠っていたのだ。


 ローランドが身動ぎした拍子に毛布がずれてアデレイドが寒そうに震えた。

 ローランドははっとして毛布をそっとアデレイドに掛けようと腕を伸ばした、その懐に、アデレイドがするりと入り込んで来た。

「ア、ディ」

「んん……」

 頭の上の耳がぴくりと動く。今のアデレイドは黒髪だ。そのため黒猫の耳が違和感なくフィットしている。

 

 硬直しているローランドの腕の中でアデレイドの瞼がゆっくりとあがり、紫紺色の瞳が現れた。

「……ろーらんど……?」

 寝惚けているのか少し舌足らずな口調で自分の名を口にするアデレイドが可愛くてローランドは口元を押さえて呻いた。

 アデレイドはそんなローランドにはお構いなしに遠慮なく胸元に近寄ってすりすりと頬ずりして来た。

「ろーらんどの匂い……すき」

「!!??」

 ローランドの顔が真っ赤に染まる。ローランドの胸元にひっついていたアデレイドはほんの少し顔を上げて、ぺろり、とローランドの首元を舐めた。

「――――――!?」

 ぶわっとローランドの全身の体温が上がった。同時にローランドの理性がぶつりと焼き切れた。

 アデレイドを抱き寄せて隙間もないくらい抱きしめて、その小さな唇に喰らいつくような口付けをした、直後。アデレイドの身体はその輪郭を失い――黒猫に、なった。



「…………は………?」



「にゃーん?」

「……………………………」


 黒猫アデレイドは円らな瞳でローランドを見つめると、すり、と鼻と鼻をすり合わせた後、幸せそうに眠った。





「ローランド…アディに不埒な真似をしたな?」

 眠る黒猫を膝の上に乗せたローランドの向かい側にはセドリックがジトリとした目でローランドを睨みつけている。

 黒猫になったアデレイドを前に呆然とするローランドが正気に戻ったのはこのアデレイドのシスコン兄が妹の猫耳姿見たさに早朝にローランドの部屋を突撃した為である。


「えっ……」

「この呪いは、主に十三歳~十八歳の少女に恋する男が触れようとすると猫化するといわれている」

「え!?」

「嫉妬に狂った魔女による嫌がらせだそうだ」

「……………じゃあ僕は今日一日、アディに近寄れないってこと……?」

 ローランドが絶望的な表情を浮かべるとセドリックはしれっと頷いた・

「そういうことだ。だから今日は俺がアディを預かる」


 がっくりと項垂れるローランドを放置してセドリックはローランドの膝の上から黒猫をさっと抱き上げると、上着に包んでさっさと退室してしまった。



 セドリックは自身の研究室の長椅子に座ると、黒猫の背をそっと撫でた。

 魔法が解けるように黒猫が少女の形に変化する。それと同時に少女は目覚めた。

「あれ、兄さま……?」

「アディ、今日はここにいなさい。猫耳の可愛いアディにローランドの理性が飛んで危険だったから」

「え!?」

「あぁ、黒髪のアディに黒猫の耳、似合う……可愛い」

 セドリックが妹を文字通り猫かわいがりしていると、研究室の扉が乱暴にあけられてローランドが飛び込んで来た。

「一日中アディと離れ離れなんて嫌だ!触れられなくてもいいから側にいたい」

「ローランド……」

 ローランドを見たアデレイドの頬が嬉しそうに緩む。と、同時にローランドの顔が真っ赤に染まった。

「あ、アディ、服!!」

「あ」

 アデレイドは人型に戻ったばかりで、セドリックの上着を肩から羽織っただけの状態だった。長い髪が胸元を隠していたのでそれ程露出はしていないが白い足が太腿の真ん中まで丸見えだ。

 ローランドはくるりと反転して目を瞑る。

 セドリックが素早くひざ掛けをアデレイドに被せ、上着の前釦を止める。

 アデレイドも首まで真っ赤になって縮こまった。セドリックの上着はアデレイドが着ると太腿の中ほどまで隠れるが、淑女としてはあり得ない短さだ。ひざ掛けをしっかりと腰に巻き付ける。

「……ローランド、……見た?」

「み、見てない」

「嘘!」

 大きな瞳に涙を溜めて真っ赤な顔で睨み付けられてローランドはたじろいだ。

「アディ――」

 その時、研究室の扉がノックされた。

「デシレー教官、少し良いだろうか」

「!!」

 それはオズワルドの声だった。





「どうされましたか、オズワルド殿下」

 セドリックが扉を開けると、オズワルドは申し訳なさそうに切り出した。

「休日にすみません。課題のことで少し質問が……」

「あぁ、構いませんよ。中へどうぞ」

 セドリックは屈託なく微笑んでオズワルドに入室を促した。

 オズワルドはそこで初めて室内に先客が居ることに気付いた。

「あ…君は」

「僕はこれで失礼します」

 ローランドは腕にひざ掛けに包んだ子猫を抱えていた。

 子猫は眠っているのか、目を閉じている。

「すまない、邪魔をしただろうか」

「いえ、もう帰るところでしたから」

 すれ違う時、オズワルドに声をかけられてローランドは内心緊張していたが、それを全く感じさせることなく穏やかな笑みを浮かべて軽く礼をすると、素早く扉から出て行った。

「あ……」

「オズワルド殿下?どうぞお掛け下さい」

 セドリックに促されてオズワルドははっとして意識を戻した。

 奇妙にローランドに抱かれていた黒猫が気になっていた。

(あの子猫は……)

 オズワルドは何故か酷く子猫の瞳の色が気になった。

「殿下?」

「いや、なんでもない」

 再度セドリックに促されてオズワルドは一度頭を振ると、彼の向かいに腰を下ろした。




 寮へ戻ったローランドはそっと腕に抱いた子猫姿のアデレイドを寝台におろした。

 アデレイドは円らな瞳でローランドを見上げると、すりすりとローランドの掌に頭をすりつけた。

 ローランドは猫のアデレイドも可愛いと思ってしまった。


(さっきはちょっと、緊張した……)

 扉がノックされた時、ローランドは涙目のアデレイドを抱きしめていた。涙目のアデレイドが可愛くて。でも泣かせたくなくて。

 オズワルドの訪問を告げる声が響くのと、アデレイドが猫姿に変化したのは同時だった。

 まさかオズワルドが来るとは思わなかった。間一髪でアデレイドが猫になったため、事無きを得たが危なかった。

 アデレイドはあられもない姿だった。あんな姿を他の男に、しかも彼女を付け狙う相手に見せるわけにはいかなかった。

「さっきばかりは呪いに感謝かな……」

 ローランドはおろしたばかりのアデレイドをもう一度抱き上げると、子猫の口にちゅっと口付けた。






***



 アデレイドは気が付いたらまた猫の姿で、ローランドに抱えられて彼の寮の部屋に戻ってきたところだった。

 猫になると眠くなって前後の記憶が曖昧になる。

(兄さまの研究室に誰か訪ねてきたような……)

 でも猫の姿になると難しいことは考えられなくなる。ただ好きな人の側に居たい。

 ローランドに寝台の上におろされてしまったが、抱っこして貰いたい。

 彼の掌に頭を擦り付けると、もう一度抱き上げられて口付けてくれた。

 アデレイドは嬉しくなって「にゃーん」と鳴くと、ぺろりとローランドの唇を舐めた。

 ローランドは硬直して、アデレイドを抱きしめたままぱたりと寝台に倒れ込んでしまった。


 二人はそのまま、うとうとと微睡んだ。



 その後、オズワルドがローランドの部屋を訪れたが、二人は眠っていた為気付かず、オズワルドも留守だと思い引き返した。




 オズワルドを帰した後、セドリックは長椅子にぐったりと凭れかかった。

 危なかった。

 ローランドが追いかけて来てくれて助かった。

 ローランドがいなければ、オズワルドにアデレイドの正体が露見していたかもしれない。


「……本当は『少女が恋する男が少女に触れようとすると呪いが発動する』だからな……」

 つまりこの世でアデレイドを猫にすることが出来るのはローランドだけ、ということだ。

 悔しいのでセドリックはそのことはローランドには教えないと決めたのだった。











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