076
「なぁ、ジャレッド。平民だけの集まりがあるんだけどさ、興味あるか?」
授業を終えて帰り支度をしていたジャレッドに同じ授業を取っていた青年が声をかけてきた。
「集まり……?」
「やー、つまり、……女の子も何人か来るぜ?」
「はぁ……」
「なんだよ、気の抜けた返事だなー」
実際、気が抜けてしまったので言い返せない。
(なんだか平和だな……)
「平民は平民同士、和気あいあいなんだよ。おまえ、殆ど参加したことないだろ?」
「まぁそうだけど」
精神的にそれどころではない。王女の動向を注視する毎日に加えてアデレイドの存在を隠す日々。ローランドとアデレイドの甘々なやり取りにある意味精神がゴリゴリ削られてもいる。
「俺今はちょっと……」
はは、と乾いた笑いを浮かべて断ろうとするジャレッドに青年は食い下がる。
「まぁまぁ、たまには遊ぼうぜ」
がしっと肩に腕を回してジャレッドを逃がさない。
「あ、ついでにそこのおまえ!おまえもどうだ?」
偶然通りがかったボサボサ頭の瓶底眼鏡青年――アベルはぎょっとしたように身を竦める。
「は、え?俺?」
「そーそー、おまえも哀しい独り身だろ?行こうぜ!」
「ちょ、あの――」
結局二人とも青年に強引に連れさられた。
「パット……これは犯罪だぞ!?」
「堅いこと言うなって、俺とおまえの仲だろ?」
「顔見知り程度の仲だ!」
「まーまー。ローランド様には連絡してあるからさ」
「ローランド様への連絡が事後で人伝なんてあり得ない………」
真っ蒼になってしくしくと泣き出すジャレッドにパットは若干引いた。
「おいおい……おまえ本当に噂通りローランド様と恋仲なのか?」
「口を慎め!ローランド様に失礼だぞ!」
「わかったわかった……。で、アベルだったか?おまえ、生活費とかは困ってないの?」
「……大丈夫」
「そか。なんかあれば言えよ?」
「………………」
アベルは戸惑ったように沈黙したが、小さく頷くとパットはにかっと笑ってバシッとアベルの背を叩いた。
「ィたっ」
「はは、まぁ飲めよ」
二人が連れて来られたのは街中にある庶民の学生御用達の安価な酒場だった。樽がテーブルの代わりに並べられ、殆どの客は立ち飲みだ。酒はカウンターで注文し、自分で運ぶ。
そこには既に出来上がっている学生たちが何人もいた。
「よぉ、パットー!遅ぇよ」
「新入りかぁ?」
「ここでなら飲み代足りなくても少し給仕手伝えば大丈夫だから」
吹き抜けの二階席は少し上客向けできちんとしたテーブルと椅子があり、学生給仕は三時間程二階席へ料理を運ぶと五杯分の酒が飲める。
「パット~来たよ~」
暫くすると数人の女生徒が現れた。皆、何となく見たことがある顔ばかりだ。
「あ、ジャレッドくんだ!」
「わぁ!パット、本当に連れて来た」
「綺麗な顔よね~。ずるい」
「髪の色、綺麗ね」
女子に囲まれてジャレッドは固まった。
(な、何が起きている!?)
「ねぇ、ジャレッドくんって今彼女いるの?」
「え、いや」
「やったぁ~!じゃあさ、私と付き合わない?」
「!?」
前世は曲がりなりにも貴族の端くれだったため、庶民との交流はほぼ皆無だった。ましてや女子とは殆ど接点がなかった。
「つ、付き合うなど…初対面の相手に軽々しく言うな!」
「えー同級生じゃない。初対面じゃないし」
「今まで話したこともないだろう!」
「これから知っていけばいいのよ」
少女はジャレッドの腕に抱き付いてきた。
ジャレッドは眩暈がした。女子がぐいぐい来る。はっきり言って怖い。
(ちょっと破廉恥すぎないか!?庶民は女子が積極的なのが普通なのか!?)
彼は中身が三百年前仕様なので、少々現代の価値観には付いて行けない部分があった。救いを求めて周りを見回すと、同じく女子に迫られて固まっている同士を発見した。
「アベル、ちょっと来い、給仕の時間だ!」
ぐいっとアベルの腕を掴んでカウンターへと向かう。
給仕でもやって女子の攻撃を躱すことにしたのだ。
「ジャレッド……」
「ん、なんだよ、おまえは女子と遊んでたかったのか?」
「い、いやそんな……」
アベルはぶんぶんと頭を振った。
「おう、兄ちゃんたち、給仕するんならこれ、二番テーブルな!」
喋っている間にカウンターに大皿がどんと載せられ、木製のジョッキが並べられる。
その量に二人は頬を引き攣らせたが、背に腹は代えられない。腕まくりして、料理と酒を二階へと運ぶのだった。
**
……しかしジャレッドはうっかり失念していた。
アベルが超弩級のドジっ子だということを。
ガラガラドガシャーン!と派手な音を立ててアベルが階段から転がり落ちた。
……幸いといってはなんだが、運んでいたのは空になった皿だったのでそれ程被害はなかった。皿も木製なので割れることもない。
「おい、大丈夫か!」
「アベルくん怪我ない?」
「あ、はい……」
「あははー、ウケる~!喜劇みたいな落ち方だったわ」
「おまえ、体張り過ぎだろ」
アベルも転び慣れている(?)為か、音の割には怪我もなく、直ぐに立ち上がることが出来た。
級友たちも酒が入っているため、対応が軽い。しかし多少は彼を心配する気持もあったのか、どこからか椅子代わりの木箱を運んできてアベルを座らせると彼の前に酒の入った木製のカップを置いた。
「まぁ、飲め」
「給仕は少し休憩しろ。あとは俺がやっといてやるから」
「ジャレッドもそろそろ戻れよ」
パットに腕を引かれて木箱に腰を下ろす。
「俺はそろそろ帰……」
「ジャレッド~!!湿気たこと言うなよ、これからだろぉー?」
すっかり出来上がっている焦げ茶色の髪の陽気な男がぐいっとカップをジャレッドの鼻先に突きつけてきた。
「飲めよぉ」
「あーあー、ポール、絡むなよ。けど、1杯くらい飲めよ、今日は俺らの驕りだからさ」
「いや…」
「お近付きのシルシってやつ」
カコンとカップ同士をぶつけて、パットはにかっと笑った。
ジャレッドは邪気のないその笑顔に毒気を抜かれて、渋々カップに口を付けた。
「ねぇジャレッドくんて、貴族の血が入ってたりしないのー?」
「ほんと、綺麗な顔よね。なんか上品だし」
女子たちが好き勝手にジャレッドの髪を弄る。
「さ、触るな」
「可愛い~照れてる?」
一方、アベルも女子たちに興味津々で迫られていた。
「ねぇ、アベル君て眼鏡取ったらすっごいイケメンとか?」
「気になる~」
「うわ、ちょ、あ」
「「…………………」」
「……なんか、ごめん」
「……………………」
取られた眼鏡をそっと戻されて、複雑な気持ちになるアベルだった。
「ま、まぁまぁ、飲めよ!」
ポールがバシバシとアベルの肩を叩いて慰める。
……女子、ひでえ、とやり取りを目の端に捉えていた男子たちは心の中で滂沱の涙を流すのであった。




