073
アデレイドがエリスティアへ戻ることにしたと聞いた直後にヴィンセントはエリスティア聖堂院に異動願いを提出していた。
以前からエリスティア聖堂院へ来ないかと打診されていたのだが、まだレオノーラの生まれ変わりが見つかっておらず、エルバートの生まれ変わりと思われるオズワルドの近くに行くことを躊躇っていたのだ。
少し距離を置いた方が見えるものもある。
オズワルドがエリスティア王家に生まれた以上、いずれ魔女もレオノーラの生まれ変わりも現れるだろう。動くのならその時だ。
ヴィンセントの読み通り、『魔女』も『レオノーラ』も現れた。
魔女はそれまで全く存在を表さず、まさに忽然と現れたという感じだった。そして対をなすように『レオノーラ』も唐突に現れた。
ヴィンセントはアデレイドとの出逢いを思い出し、僅かに口元を緩めた。
それは全くの偶然だった。ずっと探していた相手が予期せぬ場所に何の前触れもなくあっさりと現れたことに呆然としてしまった。探しているときには見つからないのに、気を抜いた瞬間に向こうから飛び込んで来たのだ。
思い返す度に可笑しさがこみ上げてくる。
アデレイドはレオノーラとは全く違う印象の少女だった。
まず男装だ。清楚で可憐、深窓の令嬢だったレオノーラとは真逆の溌剌として元気いっぱいのアデレイドに一瞬少年として生まれ変わったのかと思ったほどだ。
ただ、不思議と一目でアデレイドがレオノーラの生まれ変わりだと分かった。別に少年でもよかった。彼女の魂が欠けることなく健やかであれば。
(……いや、でもやはり彼女が女性で良かった)
精霊節での精霊姿のアデレイドを思い浮かべる。
薄桃色の衣裳を纏ったアデレイドはまさに春の精霊そのものだった。
思い出してしまい、目元が朱く染まる。
ヴィンセントは口元を覆って蹲った。
(……何を、私は……)
今生のヴィンセントは五歳で聖堂院に入り、清貧に過ごしてきた。美貌も意識して隠してきたため色恋に縁がなかった。
(だからって……少々情けなさ過ぎる……)
まるで初恋を覚えたばかりの少年のよう。
(いや、違う。そんな浮ついた気持ちなど)
「~~~~~~~」
ヴィンセントは想いを振り切るようにぐしゃぐしゃと髪を搔き乱した。
これから魔女に対峙する。
隙を見せてはならない。気持ちを揺らしてはならない。
恋だとか愛だとか、そんな甘い感情ではない。
……ただ、守りたいだけ。
――貴女は、特別。
ヴィンセントにとってもメイナードにとっても、それは心の中の一番柔らかい部分に住み着いた素直でまっさらな気持ち。
決して告げることの無い、誰にも知られたくない大切なもの。
ヴィンセントはふぅと息を吐いて、大切なものをそっと宝物をしまうように胸の奥深くに沈めた。




