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もう、恋なんてしない  作者: 桐島ヒスイ
第二部

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 リオ・グラントの新作は男装の少女の物語だった。

 エリスティア王国は勿論のこと、ヴェネトでも少女たちを中心に話題を呼んだ。


 物語を読んだサイラスは肝を冷やした。同時に今アデレイドが留学中で心底よかったと安堵する。

(アディ…。これは危険過ぎます。『レオノーラ』が男装少女だと見破られたらどうするのですか)

 登場人物の容姿は涼やかな中性的な少女で、アデレイドを彷彿とさせるような描写はない。けれど書いた人物が「リオ・グラント」であるため、レオノーラとの繋がりを血眼になって探っている人物がどう反応するか分からない。油断は禁物だ。

 危惧は抱きつつも、サイラスは恐らくはアデレイドの留学先での出会いが彼女に新たな物語の筆を執らせたのだろうと思い、その留学生活が楽しいものであることを察して微笑みを浮かべずにはいられなかった。

(良い出会いがあったのですね、アディ)



 一方、アデレイドとセレスティアは学院中から注目を集めていた。

 今話題の男装少女を地で行く二人は流行の最先端にいるといえる。

(しまったわ…。こんなに注目されるとは思わなかった)

 アデレイドは内心やってしまったと頭を抱えた。

 セレスティアと話したその日からアデレイドのヴェネトでの留学生活は劇的に楽しくなった。それに伴いむくむくとアデレイドの中で物語が生まれ、膨らみ、さくさくと筆が進み、あっという間に一冊分書き上げてしまったのだ。それを読んだアマンダはすぐさまこっそりと原稿を出版社へ送り、気が付いたらいつの間にか本となって販売されていた。

(まさかヴェネトでも販売されるなんて!しかも前作まで出版されてる!)

 筆名をリオ・グラントにしておいて本当に良かったとアデレイドは胸を撫でおろした。作者がアデレイドだと露見していたらもっと大変な事態になっていたことだろう。


 しかし一人だけ、誤魔化せない人物がいた。

 物語の主人公のモデルであるセレスティアだ。

「この男装少女……すっごく私に似ている気がする」

 青灰色の切れ長の瞳がじっとアデレイドを捕えている。アデレイドは内心冷汗を浮かべながらも素知らぬ顔で紅茶に口を付ける。

「リオ・グラントの前作の主人公はアデレイドに似ているよね」

「え、セレスティア、前作も読んだの?」

「ヴェネトで発売されるよりも前にね。アデレイドの婚約者ってギルバートみたいな人?」

「…っちがうわ、ぜんっぜん!」

 アデレイドは思わず紅茶を吹き出しそうになった。

「ふぅん…?私はてっきりリオ・グラントの正体はアデレイドかなと推理したんだけど」

「え!?な、なんで!?」

「結構辻褄は合うよね。まず作者はエリスティア人だ。そして現在はヴェネトに滞在している。男装少女の話はヴェネトが舞台ぽいし。そんなヴェネトでも実は女の子が男装することを好意的に思っている人は少なかったんだよ。それを見事に肯定してみせたのは男装少女本人以外にないだろう」

(うぐ)

 ちらりとセレスティアが試すような視線を向けてくる。アデレイドは目が泳ぎそうになるのを必死に堪えた。

「じゃなければアマンダ女史かな。でも彼女、完全にアデレイドのファン、て感じなんだよな」

「……………………………………」

 まずい。完全に見破られている。アデレイドがどうやって誤魔化そうかと頭を悩ませていると、つい、とセレスティアの細くて長い指がアデレイドの顎を上向かせた。

「アディ?私に話してはくれないの?」

 悩まし気に見つめる青灰色の瞳は破壊力があり過ぎた。



 アデレイドはリオ・グラントが自分であることを白状させられた。

 勿論他の人には内緒だと念を押したが。前世の記憶があることは流石に話せなかったが、クローディアとギルバートの物語は史実を元に脚色したのだと告白した。

「そっか……。実はリオ・グラントのファンだったんだ。作者に会えてすごく嬉しいよ」

 セレスティアは目元をほんのり紅く染めてはにかんだ。凛々しい顔立ちが途端に華やかで可愛らしくなり、アデレイドはきゅんとした。

(セレス…乙女だわ)

「でも私はクローディアはギルバートとは別れるべきだったと思う‼こんな優柔不断な男よりクローディアに相応しい男はいっぱいいるはずだ‼」

 セレスティアがファンと言ったのは社交辞令ではなく紛れもなく本心だったらしい。その後、小一時間程、登場人物について熱く語られた。

「私もそう思うわ」

 アデレイドはくすっと笑った。レオノーラの想いを昇華するために紡いだ物語だけれど、結末が事実とは異なることがやはりどこかで綻びを呼ぶのだろう。

 勿論この結末でよかった、二人が結ばれてよかったと言ってくれた読者も多い。

 アデレイドも書いた直後は放心して、満足した。

 でも、今ならありのままを書いてもいいかもしれないと思えた。

 その物語は恐らく誰の目にも触れずにひっそりと戸棚の奥に仕舞われるだろうけれど。









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