053
青年はアデレイドたちを近くの聖堂院へと誘った。
現在の聖堂院は人々の信頼も高く、聖導師は尊敬される存在だ。それ故にハロルドとアマンダは見知らぬ青年に着いて行くことに同意した。尤も、青年を見知らぬのはアマンダだけで、ハロルドはその青年をよく知っていたが、知っているが故にむしろ信用できないと思っていた。
だが、メイナードの生まれ変わりを放置することも躊躇われ、結局話を聞くために青年の導くままに同道したのだった。
青年はアデレイドに顔を見せたあと、素早く前髪と眼鏡でその美貌を隠してしまったため、現在は地味な聖導師にしか見えない。
青年が聖堂院に入ると、彼に気付いた聖導師たちは青年に対して丁寧に頭を下げた。
青年は近くにいた見習い聖導師の少年に声をかけてお茶を持ってくるように頼んだ。そして聖堂院の奥の部屋にアデレイドたちを案内した。
そこは質素だけれど広くて居心地のよい部屋だった。
「もしかして聖導師長室…?」
アデレイドの呟きに青年が振り返った。
「ええ。今の私は一応ここの長です」
青年は眼鏡を外すと微笑んだ。アデレイドは驚いて青年を見つめた。
まだ若いが落ち着いた物腰と他の聖導師たちから慕われていた様子から、それが事実なのだと理解する。
(メイナード・ビショップとは別人ね…)
軽薄で女性との噂が絶えず、その美貌を最大限利用していたメイナード。
コンコンとノックの音がして、先ほど青年がお茶を頼んだ少年が入って来た。青年は素早く眼鏡をかけなおすと少年に礼を言い、聖堂へアマンダを案内するように言った。
「え?私ですか?」
アマンダは驚いたが、青年は穏やかな笑みを浮かべたまま頷いた。
「ここの聖堂は観光の目玉にもなっているのですよ。青い花を何色もの色ガラスを用いて描いた飾り窓が見事でね。是非ご覧になってください」
自分だけ追い出されることに戸惑ったが、アデレイドが済まなそうに目配せをし、ハロルドも頷いたので、アマンダは大人しく席を立った。
人目のある聖堂院の中で、少年が案内をしてくれるのならば警戒の必要はないだろう。
「…ではお言葉に甘えて。お願いします」
少年に挨拶すると少年ははにかんで「こちらへ」とアマンダを促した。
二人が退室したのち。
青年は改めて眼鏡を外すと前髪をかき上げた。途端に際立つ美貌が現れ、アデレイドはその落差に驚く。
「…今の私はヴィンセントと申します。…レオノーラさま、バラクロフ殿」
「別に眼鏡を外す必要はないのでは」
ハロルドが若干迷惑そうに言うと、ヴィンセントは軽く笑った。ただほんの少し笑っただけなのに、妙に色っぽい。
「…外した方がメイナードだと解かりやすいかと思ったが、迷惑そうだな。…君やレオノーラさまには効かないと思っていたが」
アデレイドは瞬いた。何が効かないのだろう。
その疑問がわかったのか、ヴィンセントは軽く微笑んだ。
「…自分で言うのもなんですが、大抵の者は私の顔を見ると媚薬を飲んだようにふらふらと惹かれてしまうようなのですよ。男女問わずね。面倒なので普段はこの顔を隠しているのです」
アデレイドは驚いたが納得して頷いた。それは賢明な措置だろう。
「大変なのですね。メイナードさまもそうだったのですか?」
アデレイドが思わず素朴な疑問を投げかけると、ヴィンセントは軽く目を瞠って、次いで吹き出した。
「…やはり、貴女には効かないようだ。…少し残念な気もしますね」
流し目で切なそうに言うと、途轍もなく色気が滲む。アデレイドはほんの少し眉根を寄せた。
「…相変わらず冗談がお好きですね、悪趣味です」
ヴィンセントはふっと口の端に笑みを刷いた。冗談を言ったつもりはなかったが、敢えて否定はしなかった。
「…今の貴女のお名前をお伺いしても?」
穏やかに問われて、アデレイドはヴィンセントを見つめた。
メイナードとは良好な関係とは言えなかった。けれどそれはとうに過ぎ去った前世でのことだ。
今はお互い生まれ変わって新たな人生を歩んでいる。
今の彼はとても穏やかに見える。無闇に人を誘惑しようとする気配がない。
彼は先ほど名乗ってくれた。ならばアデレイドも蟠りを持つべきではないだろう。そうは思っても、まだそこまで割り切ることは出来なかった。だが名前を教えたくないとまでは思わなかった。
「…アデレイド・デシレーです」
アデレイドが躊躇いがちに名乗ると、ヴィンセントは眩しそうに目を細めた。
そしてどこか泣きそうな表情で微笑んだ。そこには皮肉気なところも作り物めいたところも一切ない、切なくなるほど美しい笑顔だった。
「…アデレイドさま。貴女は今幸せですか?」
アデレイドはメイナードの優しい顔を初めて見た気がした。
(今はヴィンセントさまだから正確にはメイナードさまではないけれど、でも)
アデレイドは微笑んだ。メイナードであるヴィンセントに対してほんの少しだけ構えていたものが解けて、心からの笑顔だった。
「…はい、とても。…ヴィンセントさまも、幸せですか?」
ヴィンセントは笑んだ。とても嬉しそうに。
「貴女が幸せなら」
貴女は今度こそ幸せになるために生まれ変わったのですから、とヴィンセントは感慨深げに続けた。




