プロローグ
『魔女』は嗤った。
――やっと、この国へ戻って来た。
手に入れ損ねた国。手に入れ損なった王子。
だが、もう要らない。粉々に壊してやろう。今度は奪ってやる。おまえの大事な物を。
***
隣国プローシャの第三王女が学院に留学してきた。
学院の理事長室で出迎えたオズワルドは凍り付いたように固まった。
「お初に御目文字仕ります。プローシャが第三王女、レオノーラに御座います」
王女は綺麗に礼をして、にっこりと微笑んだ。
「レオ、ノーラ…?」
オズワルドは思わず王女の名を呟いていた。戦慄くように、不自然に途切れ途切れに。その無礼に、姫の後ろに控えていた侍従がぴくりと眉を動かしたが、特に言葉は発さなかった。
当の姫は、おっとりと微笑んでいる。
オズワルドは眩暈がした。
姫は真紅の髪に、紅蓮の瞳の、美しい女性だった。
…三百年前にエルバートを虜にした、美しい魔女と瓜二つ。それなのに名前が「レオノーラ」。何の嫌がらせなのかと思わずにはいられない。それもかなり悪質だ。
オズワルドが思わず王女を睨むと、王女は軽く首を傾げた。
「オズワルド殿下…?」
オズワルドははっとした。例え王女の正体が何であろうと彼女は大事な賓客だ。粗相があってはならない。
「…失礼しました。貴女のこの学院で過ごされる時間が、有意義なものとなるよう、願っています」
レオノーラ王女はたおやかに微笑んだ。
***
『魔女』は探していた。
(――『レオノーラ』が、いない…?)
おかしい。彼女は蘇ったはずだ。この世界のどこかに、『王子』と同じ年頃で。グランヴィル公爵家にはいなかった。だが学院へ来れば会えると思っていた。だから油断していた。
(何かが運命を捻じ曲げている…?)
『魔女』はじっと空を見つめた。運命の糸がどこへ繋がっているのかを見極めようとでもいうように。




