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004

「どこも変じゃないかしら?」

 白銀の髪を高く結い上げ、青く煌めくサファイアとアメジストを細かく砕いて散りばめた髪飾りを付け、首元には同じ宝石をあしらったチョーカー。肩出しの銀色のドレスはほっそりとした身体のラインを浮き上がらせる、いつもよりぐっと大人びたデザインだ。二の腕までの長いレースの手袋をして、レオノーラはそわそわと鏡の前で何度もくるくると回って髪型やドレスの裾の襞具合などを確認している。

「とてもよくお似合いですよ」

 着付けをしてくれた侍女たちが微笑ましそうに目を細める。

 実際、主家の姫君であるという身内贔屓を差し引いても、レオノーラは素晴らしく美しい令嬢だった。

 今日は三つ年上の婚約者であるエルバート王子の十五歳の誕生日だ。

 二人の婚約は、レオノーラが五歳の時に決められた。初めて顔を合わせた時、レオノーラは緊張して、一言も喋れなかった。けれどエルバート王子は、そんなレオノーラに可愛らしい花束を差し出して、にっこりと微笑んで言ってくれたのだ。

『初めまして、レオノーラ姫。可愛い僕の婚約者。仲良くしようね』

 レオノーラは真っ赤になって、こくりと小さく頷いた。その様子は大変微笑ましく、周囲の大人たちはこの可愛らしいカップルの未来は明るいと信じて疑わなかったのだった。


 まだ十二歳のレオノーラは、社交界にデビューしていない。けれど今日は王子の成人の祝いの日だ。婚約者として特別に夜会に参加することが認められていた。

 王子が十三歳になり、この頃創設されたばかりの貴族の子女たちを集めた学院に入学して以来、レオノーラはなかなか王子に会えなくなっていた。最後に会ったのは、二年前。だからこの日、レオノーラは久しぶりに王子に会えることが嬉しくて楽しみで仕方がなかった。

 両親と共に馬車で王城へと向かう。車中でのレオノーラの緊張と高揚感は初々しく、両親は目を細めて愛娘を見守っていた。

 夜会への出席が認められたとはいえ、レオノーラはまだ十二歳だ。最初のダンスと王子の誕生を祝う言葉を贈ったら、すぐに引き上げることになっている。それでも初めての夜会はわくわくするものだった。

 王城には何度も来ているけれど、夜間の煌々と燈される蝋燭の光や松明の光で、いつもとは全く異なる雰囲気に、レオノーラはドキドキした。

 控室に通され、直に王子が来ることが伝えられた。両親は他の貴族たちと挨拶をしてくるからと、別室へ行ってしまい、レオノーラは侍女と二人で王子を待つことになった。

 ドキドキして落ち着かない。逢いたい、けれど緊張する。レオノーラはそわそわと室内を行ったり来たりする。侍女はお茶を淹れましょうか、と言ってくれたけれど、今は何も喉を通りそうにない。ふるふると首を振る。

 緊張のあまり、心臓が壊れてしまいそうになっていたけれど、王子は中々やって来なかった。もうすぐ夜会が始まってしまう。逆に焦りが湧いてくる。

(殿下はどうしたのかしら…)

 その時、従僕が状況を説明に来た。

「申し訳ございません、レオノーラさま。殿下は少し体調を崩されて、今はお会いになれないとのことでございます」

 レオノーラは表情を曇らせた。こんなことは初めてだった。会えないほど体調が悪いなら、今夜の夜会は中止だろうか。けれど従僕は少し焦ったように、夜会には出るだろうと告げた。

 レオノーラは、エルバートの部屋へ行ってみようかと考え付いた。もう何度も行ったことのある場所なので、道は分かる。

 従僕が部屋を出た後、侍女にはすぐ戻ると伝えて、レオノーラは窓からそっと庭へと降りた。扉の外には従僕が張り付いて、出るなと威圧しているような気がしたためこっそりと庭から行くことにしたのだ。そこからぐるっと建物を回って、王子の居住棟へと向かう。

 いくつかの角を曲がり、階段を上る。途中には見張りの衛兵がいたが、彼らはレオノーラの顔と立場を知っていたため、笑顔で通してくれた。

 そうしてレオノーラは難なく王子の居室の前まで辿り着いてしまった。

 扉は少し開いていた。ノックをしようとした手が寸前で止まる。

「…いいの?こんなところにいて。婚約者が待っているのでしょう?」

「…婚約は解消する」

 心臓が止まるかと思った。それは紛れもなく、エルバート王子の声だった。それと、知らない女の人の声。

 レオノーラの胸がずきずきと嫌な音を立てる。そっと扉の隙間から中を窺う。

「愛している、ブリジット」

 王子が紅い髪の、美しい女性の腰を抱き、口付けを交わしている。

 レオノーラは何が起こっているのか、分からなかった。けれど、無意識に後ずさり、踵を返した。



***


「――――!!」

 悲鳴を上げて、飛び起きた。

 全身から冷や汗が滴り、心臓が不規則な鼓動を刻む。

「どうした、アディ!?」

 パタパタと軽やかな二つの足音が部屋に飛び込んできた。兄のジェラルドとセドリックだ。

(あぁ、夢だ…)

 そこで漸く思い出した。自分はアデレイドだと。

「怖い夢、見た…」

 泣きそうな顔で呟く妹に、二人の兄は心を痛めた。時々、この小さな妹は悪夢に魘される。ぎゅっと抱きしめて、背中を優しく撫でると、次第に呼吸が落ち着いてきた。

「一緒に寝れば大丈夫だよ」

「手、握っててやるから」

 二人の兄はアデレイドの両側に横たわると、小さな手を握った。そうされると、守られているような安心感に包まれる。アデレイドはふわっと笑った。

「兄さまたち、大好き」

 兄たちは、妹の髪を撫でた。

「お休み、アディ。いい夢を」


 アデレイドに前世の記憶が蘇った五歳から六歳にかけて、暫くは夢で魘される日々が続いた。けれど、優しい両親と兄たち、幼馴染に愛されて、甘やかされて、大切にされているうちに、その傷も次第に癒えていくのだった。


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