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もう、恋なんてしない  作者: 桐島ヒスイ
第一部

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044



 じっと翡翠色の双眸がジェラルドを凝視している。

 ジェラルドは少々居心地の悪さを感じていたが、ここで逃げるわけにはいかないと肚を決めると、挑戦的にアルフレッドを見返して微笑んだ。その、数泊後。

「……姉上をどうかよろしくお願いいたします」

「……。……」

 参りましたとばかりに少年が頭を下げた。

(早!)

 唖然として少年を見下ろすと、頭を上げたアルフレッドはにやりと少し意地の悪そうな笑みを閃かせた。

「…ふふ、実はずっと、超ブラコンでめんどくさい姉上を貰ってくれる奇特な方を探していたのです。よもやこれほど正統派の好青年を射止めるとは思いもよりませんでした。これ以上ない良縁かと。父上のことは心配いりませんよ。僕が言いくるめます。では早速ご紹介しましょう」

 ジェラルドの腕を取り、意気揚々とウィンストン伯爵の元へと引っ張って行こうとするアルフレッドに、ジェラルドは思考が追いつけないでいた。

(…えーと)

「酷いわ、アルちゃん!めんどくさいだなんて!」

「だからその呼び方やめてくださいと何度も言っているじゃないですか!僕は姉上の恋を応援すると言っているんです。姉想いのなんて素晴らしい弟!ほら、父上のところへ行きますよ」

「な!こ、恋だなんて!別にわたくしは…!」

「はいはい、めんどくさいですね!なんでもいいです。困っているところを助けて下さった恩人でしたね。それは是非とも父上にお知らせしないと」

「そ、そうね!」

 利害の一致した姉弟に両脇を挟まれて連行される形でジェラルドはウィンストン伯爵の前に立たされた。

(……ってちょっと待て)

 目の前には四十代半ばと思われる貫禄のある強面の男性がいる。ウィンストン伯爵だ。ジェラルドは内心冷汗をかいた。

「父上、ご紹介したい方がいます」

 そんな怖そうな伯爵に、アルフレッドは無邪気に話しかける。クリスティーナはつんと横を向いているがその頬は紅い。伯爵は二人のこどもを見やり、じろりとジェラルドを一瞥すると、一つ頷いた。

「……では、遊戯室へ行こうか」


 遊戯室でジェラルドは伯爵とチェス、ダーツ、ビリヤードで対戦し、現在はクリスティーナとアルフレッドを交えてのカードゲーム中である。

(……なんだろう、この連続ゲーム攻撃は……)

 チェスとダーツでは勝ったが、ビリヤードは負けた。チェスに勝てたのは子供の頃からやたらと強いローランドと対戦するうちにいつの間にか自分も強くなっていたからだ。

(何か試されているんだろうなぁ)

 チェスに勝った時、伯爵の瞳に「おや」とジェラルドに対する好奇心が浮かんだことは恐らく気のせいではない。ビリヤードに負けた時は心なしか伯爵の顔が勝ち誇った気がするのも。

 カードゲームではアルフレッドが強敵だった。彼はこどものくせに全く表情を変えることなく完璧なポーカーフェイスを身に付けている。ジェラルドもぼんやりと考え事に耽っているのでその表情は無に等しい。伯爵も露骨に顔に出したりはしないので三人の勝負は拮抗していた。クリスティーナはすぐに顔に出るので論外だ。

 運が見方をしたのはジェラルドだった。

(勝った…)

 すると、伯爵は悔しそうにしながらも頷いた。

「いいだろう。……君を認めよう」

 ジェラルドは目を見開いた。

「それは……」

「姉上の婚約者にということですよね」

 アルフレッドがにこやかに言う。

(え)

 伯爵は不本意そうに横を向いた。しかしちらりとジェラルドに目をやると、念を押すように言う。

「無論、君がクリスティーナを泣かせるようなことをしたら私は君を破滅させる」

(怖!)

 ジェラルドの頬が引きつった。しかしこんなゲームで勝っただけで認めて貰っていいのだろうか。ジェラルドの戸惑いに気付いたのか、アルフレッドがにこりと微笑んだ。

「父上は遊戯に付き合ってくれる息子が欲しかったのです。それなりに強い相手がね」

 誘われるままにゲームに付き合い、勝つ。それだけで伯爵にとっては合格だったらしい。

「………………………」

(いいのかそれで)

「クリスティーナとアルフレッドが気に入った相手なら十分だ」

 拍子抜けしているジェラルドに対し伯爵は重々しく言った。勿論伯爵は事前にジェラルドのことを具に調べ上げていた。ジェラルドの人となりから能力、家族構成、友人関係。子爵家であることが少々難点ではあったが、財政面に問題はなく、デシレー家は領民から慕われている。嫡子であることからクリスティーナを嫁がせることに問題はない。最後の砦はアルフレッドだった。伯爵は息子の直感を信じていた。アルフレッドがジェラルドを連れてきた時点で伯爵は殆ど認めていたのだった。

「それから時々は私と勝負をするように」

 伯爵はにやりと悪童のように笑った。

 ジェラルドは思わず笑った。なかなか楽しい人物だと思った。

 そんなこんなでジェラルドとクリスティーナは晴れて伯爵公認の恋人となったのだった。



 セドリックはアデレイドと同じ年の妹のいる令嬢または青年を探していた。間違っても「弟」がいる相手ではない。青年は「妹」と十歳以上離れた者に限る。

(いや、サイラスさまの例もあるから歳の離れた兄といえども危険か…。姉に限る方が安全か)

 アデレイドに余計な虫を付けないために。そんなことを考えながら令嬢たちの噂話を拾ったところ、マクミラン侯爵家のエリザベス嬢が有力候補にあがった。

 アデレイドの友人にというよりは、オズワルドの妃候補に、だが。もともとマクミラン侯爵家は親王派だ。次男のハワードはオズワルドの側近候補でもある。

(筆頭公爵のグランヴィル家には姫がいない。高位の貴族で王子妃になれそうな姫は案外少ない)

 オズワルドにしっかりとした婚約者がいれば、アデレイドが見つかったとしても婚約者がオズワルドの我儘を許さないだろう。

(エリザベス嬢には是非とも頑張って頂きたい)

 令嬢たちの間では、どうやら勝手に「第3王子と侯爵令嬢の恋を応援する会」が密かに活動中らしい。

 外堀から埋められてしまえば王子といえども逃げられないだろう。セドリックはにやりと悪い笑みを浮かべた。







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