003
アデレイドは、男の子になると宣言したその日から、本当にドレスを脱ぎ捨ててしまった。髪も短いままだ。
母親も父親も、二人の兄も嘆いたが、アデレイドは意に介さなかった。兄たちの後を追いかけて走り回り、木に登ったり乗馬をしたり。二人の兄は、アデレイドよりも少し年が離れていたため、末の妹が可愛くてしょうがなかった。ちょこちょことくっついて来る妹が可愛くて、邪険にしたりはせず、よく面倒をみているうち、多少アデレイドがお転婆でも、まあいいかと受け入れてしまった。
「兄さま――!!見て――」
元気よく笑って、木の上からジャンプする妹に、兄たちは慌てる。
「アディ―――!!待て、危な――」
「うあああ、アディ――!!」
「きゃ――――」
「アディ!?」
ローランドも、青くなって兄たちと一緒に落っこちて来たアデレイドを受け止めた。全員でごろんと転がって、草まみれになる。兄たちの腕に抱きしめられたまま、アデレイドはきゃははと笑い声を上げた。楽しくて仕方ない。その声を聴いて、兄たちは毒気を抜かれた。叱ろうとしていたのに、つられて一緒に笑ってしまう。
「まったく…しょうがない子だな」
「楽しかったんだね、アディ」
「でも心臓に悪いです…」
アデレイドの小さな背中をぽんぽんと撫でて、呆れたように笑うのは長兄のジェラルド。アデレイドと同じ白銀色の髪に、明るい空色の瞳が切れ長の、理知的な少年だ。よしよしと、アデレイドの髪を撫でるのは次兄、セドリック。淡い金色の髪に、アデレイドと同じ紫紺の瞳の優しげな印象の少年だ。アデレイドに怪我がないのを見て、ローランドは安堵の吐息を吐いた。ジェラルドの腕の中から、くりっとした瞳でこちらを見つめるアディは最高に可愛かった。ローランドは思わず両手を広げてアデレイドを誘った。
「アディ、おいで」
アデレイドはにこっと破顔して、いそいそとジェラルドの腕の下から這い出して来る。それを見たジェラルドはぎゅっとアデレイドを抱きしめて舌を出した。
「おまえにはやらん」
「あ、兄さん、ずるい」
「意地悪しないでよ…ジェル」
情けない顔でしょんぼりするローランドに、ジェラルドは思わず吹き出した。セドリックもくすくすと笑う。
「仕方ない、少しだけだぞ」
そう言ってジェラルドはアデレイドの両脇を持ち上げてローランドに差し出した。ローランドは嬉しそうに微笑んで、ぎゅっとアデレイドを抱きしめた。
ローランドもまだ少年なのだが、小さなアデレイドの身体はすっぽりと埋まってしまう。ぎゅっとされると、なんだか安心する。アデレイドは、前世では一人っ子だったため、兄弟に憧れていた。
(兄さまって、こんなに素敵な存在なんだ…)
ローランドも、アデレイドにとっては兄の一人だ。ずっとこのまま、子供でいたい。
男の子として、兄たちと一緒に遊ぶのも、楽しくて仕方がなかった。前世では深窓の令嬢として、大切に大切に育てられたのだ。
(ちょっと箱入り過ぎたのよね)
失恋ぐらいであっさりと生きることに執着を失ってしまったか弱い令嬢。
(それではダメだ)
「そろそろ僕の番だよ」
セドリックがローランドからアデレイドを奪う。アディは三人の兄たちのおもちゃだ。
「アディ?…眠くなっちゃったかな?」
セドリックの腕の中で、いつの間にかアデレイドは意識を手放していた。
「ふふ…、幸せそうな顔」
少年たちは顔を見合わせて、微笑む。
「こんな顔見ると、無条件でなんでもしてあげたくなるんだよな…」
ジェラルドの言葉に、ローランドも頷く。
ジェラルドとセドリックは、ローランドのことも、弟のように思っていた。ローランドなら、アデレイドを任せられる。二人はこっそりと目配せをすると、ローランドの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
「可愛いなー、ローランドは」
「な、なにジェル…?」
「でもまだアディは僕たちのお姫様だからね」
セドリックにもわしゃわしゃと撫でまわされて、ローランドの頭は鳥巣のようになってしまった。
「ひどいです…」
ぷくっと脹れるローランドに、二人は笑った。
「このくらいは許せ」
「そうだよ、ローランドは幸せ者なんだから」
二人の視線がアディに注がれるのを見て、ローランドははっとした。
「…うん」
こくりと頷いて、寝ているアデレイドの髪をそっと撫でる。
「んん…」
くすぐったかったのか、小さな声がアデレイドの口から零れ落ちる。
ローランドの顔に自然と柔らかな笑みが浮かぶのを、二人の兄は微笑ましく見守った。
突然男の子になる、などと言い出しはしたものの、アデレイドは二人にとって宝物だ。
可愛い妹が、いつまでも幸せでありますように。
願いを込めて、二人の兄はアデレイドの頬に両側からキスを落とした。
ローランドが羨ましそうに見ていたから、二人は笑ってローランドにもキスをしてやった。