023
サイラスの前にはオズワルドが落ち着かなげに座っている。
サイラスは相手を凍り付かせられるのではないかという程冷たい微笑を浮かべている。
「……殿下」
低い声に、オズワルドは震えた。
「な、なんだ」
「…いけませんね。この私との面会をすっぽかされるとは。……一体どれ程重要な用件がおありだったのですか」
「………」
オズワルドは押し黙った。彼は昔からサイラスには逆らえない。こめかみに冷や汗が浮かぶ。
「わ、悪かった。ちゃんと行くつもりだったのだ」
「そのような言い訳を、私が受け入れるとでも?」
「………………」
「……近頃、デシレー子爵家の兄弟を追いかけ回しておられるようですね」
「!!」
オズワルドの顔が蒼白になった。
「どういうおつもりですか、殿下」
サイラスがにっこりと微笑む。ただし目は全く笑っていない。
「そ、それは、単に上級生に、学院での過ごし方を」
「それはクロフォード伯爵家のご嫡男や、マクミラン侯爵家のご次男に伺えばよろしいのでは?」
「………………」
取り巻きの名を出され、オズワルドは言葉を失う。
サイラスが笑みを消した。鋭く射抜くような眼差しを向ける。
「……誓約をお忘れか」
「……!!」
オズワルドは息を飲んだ。サイラスは殺気すら漂うほどの冷たい目を王子に向ける。
「……デシレー家は子爵です。その令嬢を、グランヴィル公爵家は殿下の妃には認めません」
「わ、かっている……」
オズワルドは顔を伏せた。眉間には深い皺が寄っている。苦しそうに息を吐き、拳を握りしめる。
遠い昔、王家はグランヴィル公爵家に誓約をした。
一つ、素性の知れない娘を妃にしないこと。
一つ、王子の婚姻にはグランヴィル公爵の同意を得ること。
これを破った場合は、王権をグランヴィル公爵家に譲ること。
グランヴィル公爵家は王家の監視者として、また、王権をいつでも受け取れるよう、家督を絶やさぬこと。
それは魔女の色香に血迷い、レオノーラを失ったエルバートが自ら贖罪と断罪を兼ねて、公爵家に申し入れた誓約だった。
この誓約は正式に聖堂院の聖堂院長を仲介に頼んで、ただし誓約が破られるまでは表沙汰にはしないという約束の元、取り交わされた。
代々のグランヴィル公爵はこの誓約を受け継いできたが、これまで王族の婚姻に口出しをしたことはない。
ほとんどの当主は、王家から王子の婚姻について異議はあるかとの問いに、慣例通りいいえ、と答えるのみだった。
だがサイラスとオズワルドの場合は違った。誓約は有効だ。サイラスがジュリアンであり、オズワルドがエルバートである以上は。
サイラスはジュリアンの記憶が覚醒してから二年後、十三歳の時に五歳になったばかりのオズワルドと対面した。オズワルドの容姿を見た瞬間、吐き気がした。ジュリアンが最も憎むエルバートとそっくりだったからだ。
オズワルドはこの時はまだ覚醒前で、無邪気な幼子に過ぎなかった。だから彼は大好きな肖像画の少女に少し似ているサイラスに何の下心もなく懐いた。小さな手でサイラスの服の裾をぎゅっと掴んで纏わりつく。サイラスは眩暈がした。これはどんな運命の悪戯なのか。
オズワルドが八歳になり、覚醒した後。サイラスと対面した彼は蒼褪めた。それは今までになかった反応で、サイラスはオズワルドが覚醒したことを悟った。
(やはり、エルバートの生まれ変わりか…)
それからサイラスは今まで以上に注意深くオズワルドの動向を監視した。
漆黒に銀の星屑を撒いたような、神秘的な瞳。それは魔に魅入られやすいと言ったのは誰だったか。
エルバートは魔女に魅入られた。ならばオズワルドもそういう星の持ち主なのだろう。王家に生まれた以上、お好きにどうぞというわけにはいかない。国を巻き込んだ破滅へと繋がる恐れがあるからだ。
幸い、エルバートの教訓から、グランヴィル公爵家は王家の監視者という立場を手に入れた。オズワルドの暴走を抑える手綱を握っている。
その上オズワルドは負い目のあるジュリアンにそっくりなサイラスに逆らえない。
サイラスはジュリアンが自暴自棄にならず、誓約のためにグランヴィル公爵家の血筋を守ったことを誇りに思った。その過去があるから、今、アデレイドを守る力がある。
(今度こそ、アディを守る)
サイラスは何としてもオズワルドからアデレイドの存在を隠そうと思った。
オズワルドは破滅の王子だ。絶対にアデレイドを巻き込ませない。
「殿下。今後デシレー子爵家に近付くことは一切禁止です。よろしいですね?」
にっこりと微笑んで念を押すと、オズワルドは蒼褪めながらも諦めたように頷いた。
「……誓う」
サイラスは満足そうに微笑んだ。




